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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第一章 転校生と幽霊
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第十四話 四月九日(月)昼 1

 さしあたり、高等部の始業式がはじまる午後までは暇である。僕たちは四人で話しあい、近場の三ノ杜商店街へと繰りだすことにした。昼食をとるためである。

 移動すること――学校から歩いて二十分ほど――を計算にいれても、まだだいぶ時間は早かった。とはいえ、朝から活動的にすごしていたこともあり、すでに腹はへっていた。

 どうやら、ゴーはボランティア中おなじグループだった下級生たちのうち、女子ふたりといっしょに食事をして、親睦を深めたかったらしい。道すがら、僕と幸が遅れたせいで、あの子らが帰ってしまったと文句をつけてきた。

 さすがに、撤収作業をサボって昼寝をしていた手前、居直るわけにもいかない。僕はすなおに謝罪した。

「公平さん、あやまることはないですよ。だいたい、あの子たちは両方とも、ペアになった男子とつきあってるんですから。タケくんの期待しているようなことには、絶対になりません」

 わきから、徹子ちゃんが口をはさんできた。兄のことをタケくんと、君付けでよぶのはいつものことである。もっとも、ゴーはそのことを、とくに気にしてはいないようだった。

「なに、そうともかぎるまいよ。つきあっている男と見せかけて、じつは違うということも、充分にありえるぞ」

「いいえ、ありえません。だって、あのふたりはわたしの友だちですから。彼氏だって紹介もされてるのに、まちがえようがないです」

 ぴしゃりという感じで、徹子ちゃんが言いはなった。まいどのことながら、かなり強い口調である。

 もともと、徹子ちゃんは、生真面目で融通のきかない性格をしている。しかも、歯に衣を着せないので、どちらかといえばちゃらんぽらんなところのあるゴーとの会話は、しばしば口げんかに近いものになった。

「だがな、徹子。友だちだからって、なんでもわかるってものでもないんだぞ。とくに、男女の仲は複雑でな。おまえのような子供には理解できないのかもしれないが」

 ちょっと芝居がかった口調で、ゴーがへりくつをこねた。すると、みるみるうちに徹子ちゃんの顔面が紅潮した。おかっぱに切りそろえられた前髪のむこうで、太い眉毛が吊りあがった。

 じつにわかりやすい反応だった。徹子ちゃんは、幸ほどではないにせよ小柄なほうであり、そのためか、子供あつかいされるのをひどく嫌っているのである。それこそ、スイッチを押されたかのごとくに激昂してしまうのだ。

 もちろん、ゴーのほうも、そのことを知っていて、わざとからかっているのである。

「子供っていった! わたしを子供といいましたね、許せない!」

 徹子ちゃんが地団駄をふんだ。それから、兄がどれほど子供かについて、ふだんの生活のいろいろな場面での行動を例にあげて指摘しはじめた。

 かなりの早口で、ゴーはろくにいいかえすこともできず、苦笑めいた表情をうかべるばかりだった。

「兄妹げんかもいいけどさぁ。そろそろどこで食べるか決めないと」

 いつのまにか、商店街の入り口にさしかかっていたので、幸が注意をうながしてきた。

「わたし、パスタがいいです。ジョルノにいきませんか?」

 すこし息を弾ませながら、徹子ちゃんが答えた。

「おう、いい考えだな」

 ゴーがいともあっさりと、直前まで言いあらそっていた妹にあわせた。

 実際は、このふたりはとても仲のいい兄妹である。相性がいいと言いかえてもいい。どこまでも、まっすぐに突っ走るところのある徹子ちゃんを、ゴーはうまくいなし、さりげなく包みこんでいるのだ。

 反対意見もなく、僕たちはジョルノで昼食をとることに決まった。

 商店街をすすむこと約十分、道路をはさんで右手に見えてきたのが、ジョルノだった。落ちついた内装で、値段は手ごろなのに、料理のおいしい店である。カフェと名乗っているが、雰囲気はレストランに近かった。

 なかにはいると、ウェイトレスに、四人用のテーブルへと案内された。僕と幸、ゴーと徹子ちゃんという並びで、向かいあってすわった。

「ねえ、タケくん、なに食べる?」

 席につくころには、徹子ちゃんの機嫌はなおっていた。いまは、よこに座るゴーにメニューを見せ、料理を選ばせているところである。

 世話好きの姉が弟にするような態度だったが、どこかしら、ままごと遊びのようでもあった。背伸びをする子供を見ているようで、なんとなくほほえましい。

「どうしたぁ? ニヤニヤして」

 僕のとなりで、おなじようにメニューを見せ、料理を選ばせてくれていた幸が、怪訝そうな顔をした。

「ん? いや、べつに」

 やっぱり、こっちのほうがおとなっぽいよなあ。見た目は、徹子ちゃんよりもずっとちいさいのに。

 ちなみに、幸が僕に料理を選ばせてくれているのは、確固たる理由があってのことである。

 小柄な体格から想像できるとおり、幸は食がほそい。外食では量があわず、残してしまうことが多いのだ。

 しかし、そうかといって、そのまま下げるのも気がひける。となれば、家族以外では食事をともにする機会のもっともおおい僕が、幸の残りものを片づける係になったのも、理の当然といえるだろう。

 ところが、僕が残りもの係に就任したあたりから、幸は注文のたびに、こちらの希望を聞いてくるようになった。

 たぶん、気を遣ってくれてのことだったのだろうが、僕には母親のしつけのたまもので、食べものの好き嫌いがない。そこで、かわりに、こちらからもむこうの希望を聞いくようにしたのである。

 つまり、料理のとりかえっこをはじめたわけだ。

 以来、幸と外食をするたびにそうしているが、すくない注文でいろんな味が楽しめるので、なかなかいいやり方だと、僕は思っている。

 ……おや? 

 ふと気づくと、ゴーがこちらをじっと見つめていた。なにかいいたそうな顔をしている。はて、どうしたのだろう。

「なあ、徹子。おまえ、幸ちゃんのまねをしてるんだろ?」

 その言葉に、僕は視線を徹子ちゃんのほうへともどした。

 メューを手にしたまま、徹子ちゃんは固まっていた。ゴーのいっている意味がわからないのか、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をうかべている。

「いやさ、こいつ、最近いっしょに食べるときは、かならずとりかえっこをしたがるんだよ。それで、このまえ聞いたら、幸ちゃんとコウがいつもそうしているからって」

 音もなく、徹子ちゃんの顔が鮮やかな朱に染まった。これは、怒りではなく、恥ずかしさでだろうな。ほんとうに、こいつはデリカシーがなさすぎだ。

「えっと……。こういうのって、意外と楽しいからなぁ。注文も安くすませられるし、悪いもんじゃないと思うよ、タケちゃん」

「ああ、そうそう。ゴーと徹子ちゃんも、このさいだから、習慣にしちゃえよ」

 しかたないので、幸とふたりして、徹子ちゃんのフォローにまわることにした。

 そういえば、けさもいってたっけ。僕と幸の影響で、徹子ちゃんがゴーにキスするようになったとかなんとか。あれ、ただのごまかしじゃなくて、ほんとうにそういう理由だったのかな。

 やがて、ウェイトレスが注文をとりにきたので、僕たちは思いおもいに料理をたのんだ。

 結局、とりかえっこはしたものの、食事のあいだ、徹子ちゃんは口数がすくなかった。

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