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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第八章前編 文化祭 メイドと執事と喫茶店
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第百三十三話 九月九日(日)朝 3

「お帰りなさいませ、お嬢さま」

 こころとふたりで声をそろえ、ならんで会釈をした。僕は顔にほほえみを貼りつけたまま、じっと相手の女子の目を見つめてみた。

 この服装で、この表情。おまえはどこのだれだと自分にツッコミをいれたくなる。冷静に考えるまでもなく、あまりにも恥ずかしい状況なわけだが、なんとか噴きだしたりはせずにすんだ。これでも、鏡を見ながら練習をかさねたのである。

「えっ、その……は、はい」

 お嬢さま――背格好からして高等部一年生か――は、真っ赤になってうつむいてしまった。やはり、されるほうも恥ずかしいようである。

 とはいえ、今日はお祭りである。おなじく恥ずかしいなら、踊ったほうが楽しいのだ。開き直った気分で、僕は執事らしさを演出するようつとめた。

「お荷物は、わたくしめがお持ちいたしますね、お嬢さま」

 いって、こころが恭しく手をのばした。僕も、すぐさまテーブルへのエスコートを開始した。お嬢さまは、どこか呆然としたような表情で、されるがままになっていた。

 ただの喫茶店ではなく、メイドと執事が主人の帰宅の世話をするというコンセプトであるため、接客はつねにふたり一組である。幸も、もうひとりの執事とペアで、いまはカップルとおぼしき男女の客についている。

 ちなみに、メンバー同士の組みあわせは、すべての時間帯でおのおのきっちりと決められていた。例外は、一日ずっとペアで仕事をする僕とこころ、そして委員長だけである。

 委員長は、だれともペアを組まないという特別枠になっており、いわば遊軍のような位置にいた。ひとりなので、客の案内こそしないが、それ以外の、たとえばレジ応援やテーブルでの接客フォロー、さらにゴミのまとめのような細かい作業まで、なんでもやる役だった。

 閑話休題。僕たちのテーブルのお嬢さまであるが、彼女は椅子に腰かけたとたん、そわそわと落ちつかない様子で、あたりをうかがいはじめた。

「では、ご用がございましたら、いつなりとお申しつけくださいませ」

 そう僕が声をかけると、お嬢さまは一瞬びくりと体をふるわせ、それからおずおずといった様子でこちらを見上げてきた。

 瞳が、うるんでいた。ほとんど、泣かんばかりの表情である。

 はて、いくらなんでも、そこまで恥ずかしいものなのだろうか? メニューを手渡しながら、僕は内心ですこしとまどいをおぼえていた。

 もしかしたら、彼女はこの空間の異質な雰囲気にあてられて、酔ったような気持ちになってくれたのかもしれない。そうだとしたら、狙いどおりだった。

 基本的に、女子には男子が、男子には女子がメインで接客し、もう片方がフォローにまわることになっている。いまの場合なら、僕がメニューを手渡して注文をとり、こころが荷物をもって椅子を引くというぐあいである。

 こういう場では、異性の接待役がついたほうが、客はよろこぶものだ。それに、ふたり一組なら、よりきめの細かい作業が可能だろう。

 しょせんは学校の模擬店で、テーブルも、机にシーツをかけただけのチャチなもの。客をその気にさせるには、サービスの質の向上しかないのである。シフト調整は大変だったが、なかなかいいやり方であると自賛したいところだった。

 お菓子と飲み物をはこび、合間にはすこし会話もした。といっても、内容は、ほとんどがお嬢さまからの一方的な質問攻めだった。名前を聞かれるぐらいはかまわないが、恋人はいるかと尋ねられたのには閉口してしまった。

「はい、お付き合いさせていただいている女性はいます。……おほん、それで、お嬢さま。そういった現実についてのお話は、あまりなさらないほうが」

「あっ、す、すみません……」

 ふと気になって、ちらりとこころのほうに目をやったが、彼女はにこにこと笑っているだけだった。

 会計の直前には、相手の携帯で記念撮影をした。いわゆる、ツーショット写真コーナーである。お嬢さまは僕のとなりで、終始、上機嫌な様子だった。

 さて、そんなふうにして、さらに数組の客をこなしたころ、ぶらりという感じで黒田があらわれた。手伝いではなく、客として遊びにきたようである。

「旦那さま、お帰りなさいませ」

 例によって、こころとふたりして、ならんで挨拶をした。クラスメイト相手といえど、手はぬけない。ほかの客が見ているかもしれないので、雰囲気を壊せないからだ。

 黒田もそのあたりは心得ているようで、にやけた笑みはうかべつつも、無粋な発言はしなかった。

「……このBGM、いい曲だな」

 テーブルにつくと、黒田が小声で話しかけてきた。まあ、このぐらいはいいか。そう思い、こちらも声をひそめて応答することにした。

「ああ、これは委員長の選曲だよ。小説を書くときに使ってるCDを、持ってきてくれたんだってさ」

 いま店内に流れているのは、おだやかな雰囲気のクラシック曲である。たしか、フランスの音楽家の作品だったっけか。ゆれるようなメロディラインが、じつに心地よかった。

「へえ……。そういえば、さ。委員長は?」

「あっち」

 目立たないように、そっと指さした。その方向を見て、いきなり黒田が固まった。

「びっくりしたか? ……どうした」

 聞いても返事がない。目が点になっているようだ。

「おい、黒田?」

「い、いや……。なんか、いつもと感じがちがうから、気がつかなかった。その、髪、といてたんだな」

 ちょうど、委員長は空いた席の紙皿や紙コップを回収しているところだった。

「だろ? しかも、今日は眼鏡、かけてないんだぜ」

「マジか! って、顔が見えないやん!」

 たしかに、彼女はいまはこちらに背中をむけている。

 眼鏡をかけていない委員長というのによほど興味があるのか、黒田はちらちらと相手のほうをうかがっていた。

「あの……。呼んできたほうがいいですか?」

 控えめな感じで、こころが挙手をした。一般的には『これから発言をします』という意味のジェスチャーになるが、彼女のおずおずとしたそれは、なぜか発言のすこしあとだった。

「は? ……あ、よかったら、お願いします。ちょっと話がしたいんで」

「かしこまりました。それでは、少々おまちくださいませ」

 すぐさま、こころは席をたつと、委員長を呼びにむかった。

 待っているあいだ、黒田はしきりと『メイドさんっていいなあ。すばらしいなあ』などとつぶやいていた。

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