第百二十九話 九月四日(火)放課後 耀子との会話 3
「なに?」
委員長が、階段から立ち上がった。それにあわせて、僕も腰をあげた。
「廣井くんは、ココちゃんのどんなところに惹かれたの?」
こころとつきあうようになってから、まわりになんどとなく聞かれ、そのたびに答えてきた質問だった。もちろん、委員長にも言ったことはあるはずだが……。
「だって、ほら。こころって、すごくかわいいし」
「だーめ! そんな答えで、納得できるわけないでしょ? だいたい、ココちゃんとうさっちって、外見も性格も正反対だし、なんで廣井くんが、よりによってあの子のほうにいったのか、すっごく疑問だったの」
納得ときたか。委員長は、ついさきほどのさびしげな笑みがウソだったかのように、好奇心いっぱいといった眼差しを、僕にむけてきている。
ふうむ、そうだな。納得はさせてあげたいけど、はたしてわかってもらえるかどうか……。
「赤い糸……」
「はい?」
ぴんと右手の小指を立てて、委員長の鼻先に近づけてみた。彼女は、こちらの行動の意図がつかめないようで、きょとんとしたように小首をかしげている。
「この指に、赤い糸が巻きついてるんだよ。委員長には見えないかな?」
「なにを……いってるの? 廣井くん」
おっと、どうやら、すこし引かれちゃったっぽいな。まあ、しかたないけど。これ以外に、綺麗に説明できる自信がないし。
いちおう、恋人を好きになった理由ぐらい、話そうと思えば、それこそいくらでも出てくるのだが、女の子相手に、あまり生々しいことを言うのも、はばかられてしまうのである。
「幸には、この糸が見えなかった。徹子ちゃんもそう。たぶん、僕の周りにいる女の子は全員おなじだと思う」
いって、僕は小指を折りたたみ、代わりに人差し指を立てて片目をとじてみた。
「だけどね、こころにだけは、それが見えたんだよ」
「見えたって……。糸が?」
あからさまに、委員長がとまどったような表情をうかべている。
「ああ。僕にしか見えないと思っていたものが、こころにも見えたんだ。ひとを好きになる理由としては、それだけでも充分じゃないかな」
「……けむに巻こうとしてるでしょ?」
むーっと、委員長がふくれ面をつくった。
「ようするに、それって運命って言ってるだけじゃない。答えになってないわ」
そうして、チャームポイントの厚ぼったいくちびるを尖らせつつ、文句をつけてきた。
「しかたないよ。実際、こころは僕の運命の相手なんだから」
軽く笑って、僕はおもむろに歩きはじめた。
「さあ、そろそろ行かないと、おくれた言い訳が通用しなくなっちゃうよ」
「ちょ、ちょっとまって、廣井くん」
あわてた様子で、委員長が僕のとなりにならんできた。結局、彼女はそれ以上は食いさがってこず、その話はそこまでということになった。