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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第七章 運命の赤い糸
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第百二十八話 九月四日(火)放課後 耀子との会話 2

 委員長の言うとおりかもしれないと思った。

 たとえば、朝、こころが弁当のはいった鞄をおとしたのは、こちらに、いきなり抱きついてきたのが原因である。あのときの彼女は、ほんとうに、熱にうかされたような目つきをしていたし、よこを下級生が通り抜けても、気に留めるそぶりすら見せなかったのだ。

 というより、下級生の存在に気づいていたかすら、疑わしいぐらいである。

 正直なところ、昨夜のことも考えあわせれば『まわりが見えていない』というのは、委員長だからこその控えめな表現であり、あすかあたりに言わせたなら、もっと直接的で嫌な単語をつかってきそうな気がするほどだった。

「同意、せざるをえないかな。恋人として、愛情をむけてもらえるのは嬉しいんだけど、すこし重たく感じなくもない。……あのさ、委員長、じつは、聞いてほしい話があるんだ」

「話?」

 けさ、ベンチで考えたこと――こころの性格や奇行についての分析――について、僕は委員長に、かいつまんで話してきかせることにした。

「決壊寸前のダム、ねえ……」

 自身の一本の三つ編みを指でもてあそびつつ、委員長が考えにしずんでいる。

「昼の弁当のことも、それで理解できないかな。自分でいうのもなんだけど、こころはゆうべから、僕のことで頭がいっぱいって感じだったみたいだし」

「だから、目のまえのわたしよりも、廣井くんのお弁当を優先しちゃったっていうの?」

 あきれたように、委員長がいった。

「そこは、申し訳ない。だけど、けっして含みがあって蔑ろにしたわけじゃないと思うし、できればあんまり怒らないでほしいんだ。……それと」

 つづけて、彼女にある質問をしようとして、しかし、僕は一瞬、言いよどんでしまった。委員長は、こちらの様子を不審に思ったのか、怪訝そうに小首をかしげた。

「廣井くん?」

「えっと、その……。こころの、背中なんだけどさ。火傷があるん……だよね?」

 意をけっして、僕がその言葉を口にしたとたん、委員長の顔色がかわった。

「やけ……ええっ」

 その反応だけで、僕は暗い穴に突き落とされたような気持ちになった。

 立花さんの言っていたことは、ほんとうだったのだ。こころの背中には、たしかに虐待の痕跡、それも、見ればすぐにわかるほどのものが、存在しているのである。

「まさか、そ、そんな」

 ……おや?

「で、でも……。そっか、そうだよね。あんなに仲がいいんだもんね」

 はて、どうしたのだろう。委員長の様子が、なにか変だぞ。顔面がものすごく紅潮しているうえに、涙目というか、瞳がうるんでいるように見える。さらに、ごにょごにょと、ひとりごとを言ったりもしている。

「あの、委員長?」

「えっ、あ、ううん、なんでもないよ。わたしも、その火傷のことはしってるわ。あれ、かわいそうだよね。……はあー。もう、そんなとこまで」

 うつむいて、委員長がため息をついた。仲がいいとか、そんなとこまでとか、いったいなんのことだ?

 相手が、ある種の誤解をしているということに気づいたのは、それからたっぷり五秒ちかくたったあとだった。

「ち、ちち、違うよ、委員長。はだ……いや、あの、直接、こころの背中を見たとかじゃなくて、まえに、こころの幼なじみのひとから教えてもらったんだ」

「は? ……や、やだ、わた、わたしったら変なことを」

 ふたりして、並んでもじもじしてしまった。ええい、僕はアホか。これから真剣な話をしようというときに、いったいなにをやっているのだ。

 ともあれ、気を取り直して話のつづきだ。僕は咳払いをすると、まじめな顔をつくりなおした。

「おほん。……じつは、その火傷なんだけど、ちいさなころに虐待を受けた痕跡なんじゃないかって言われて」

 虐待という単語に反応してか、委員長が顔をあげた。さすがに、表情が引き締まったものになっていた。

「くわしく、聞かせてもらえる?」

「じつは、立花さんっていうこころとは小学校の高学年ぐらいからの付き合いがある子がいるんだけど」

 僕は、花火大会の日に、立花さんと会ったときの模様を、委員長に話して聞かせた。

「おとなの男に、熱いものを押しつけられたらしいって」

「うーん……」

 腕ぐみをして、委員長はむずかしい顔をしている。

「わたしの口から、こういうことを言っていいのかはわからないけど……。ココちゃんの背中には、たしかにそういう感じのあとがあるわ。もっとも、とくに数が多いのは、どちらかというと腰とかお尻のほうになるかしらね」

 数が多いという言葉に、思わず心臓が跳ねた。

「こころは、……なんと?」

「そういうあとが、どうして自分の背中にあるのか、よく覚えてないみたい。はじめて見たときは、わたしも驚いたし、立花さん? その子がいうところの虐待を疑ってもみたんだけど……。でも、ココちゃんのご家族って、タバコも吸わないみたいなのよね」

 すくなくとも、こころは委員長が取材したとき、両親による虐待は否定したらしい。それも、そういったことの被害者にありがちな『加害者への恐怖で認められない』というような感じではなく、むしろ『自分の父母にそんな疑いをかけられること自体に強い不快感をもっている』というような雰囲気があったのだそうだ。

 しかし、委員長から話を聞く過程で、とくに、いくつかの『幼児に火傷を負わせるために使用される道具』の例を出されるにおよんで、僕は眩暈をおぼえるような気分におちいった。

 話題を出した時点で、覚悟はきめたつもりだったのである。それでも、具体的な情報が出てくるのは、ひどく痛い。全身から、冷たい汗が噴きだしてくるような気すらしてくる。

「だいじょうぶ?」

 いつのまにか、委員長が、心配そうに僕の顔をのぞきこんできていた。こちらの肩に、そっと手をそえてきている。

「震えて……」

「いや、へいき。それより、ほかには?」

 すぐに、僕は右手の拳で左手の掌を殴りつけ、そのまま押さえこむようにして力をこめた。体中に、気合をこめるイメージでそうすると、なんとか震えを止めることができた。

 すると、委員長はつかのま、どこか困惑したように目をふせていたものの、すぐに、こちらの肩から手を離して座りなおした。

「ほかは、そうね……。ココちゃんは、いちおう、聞けばなんでも答えてくれたけど、どこか他人ごとみたいな言いかただったわ。あんまり、その火傷のことを気にしていないっていうか……。見た目のインパクトはそれなりにあるけど、やっぱり、かなり昔のことだからかしら」

「わかった。……ありがとう、委員長」

 腹に力を入れ、僕はゆっくりと息を吐いていった。

 自分のなかに、なにか硬いものがあると思った。

 それは、決意という言葉を当てはめるのがふさわしいものなのかもしれない。こころを守りたい。だれにも傷つけさせたくない。もとから、漠然と感じていた気持ちが、いま、はっきりと形をとったような気がした。

「むり、か……」

「うん?」

 じっと、こちらを見つめ、委員長は薄くほほえんでいるようだった。だが、僕にはなぜか、その顔が、ひどくさびしげなものであるように見えた。

「ねえ、廣井くん。最後にひとつ、聞かせてもらってもいいかしら」

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