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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第七章 運命の赤い糸
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第百二十六話 九月四日(火)放課後 徹子の悩み 5

「おま、徹子じゃねえか! 仕事サボって、こんなとこでなに油売ってんだ」

「う、うるさいわねっ! あんたの知ったことじゃないでしょ!」

 善郎は呆れたような口調で、徹子ちゃんは顔を真っ赤にかえて、ふたりして言いあいをはじめてしまった。僕と委員長は、すこしはなれた位置に移動し、遠巻きにふたりの様子を見物することにした。

 いちおう、どちらも声を抑える努力はしているようだが、このぶんだと、場所をかえたほうがいいかもしれない。正直なところ、グラウンドなり体育館なり、広いところで思う存分やってくれといった感じである。

「冗談じゃねえや。おまえが来ないから、俺がひとりで司会からなにから、ぜんぶやらなきゃならなかったんだぞ」

「べつに、それでいいじゃない。どうせ、あんたがみんな決めちゃうんだから。わ、わたしなんかいなくたって」

 どうやら、善郎も、僕や委員長とおなじく、文化祭実行委員に書類を提出しにきた帰りだったようだ。この口ぶりだと、徹子ちゃんは夕方のホームルームまえから、ずっと教室にもどっていなかったわけか。

 さきほど、彼女が生徒会室の近くで泣いていたのは、無意識でも、善郎と合流したいという気持ちがあったからなのかもしれない。なんとなく、僕はそう思った。

「あのなぁ、おまえ副委員なんだから、もっと自覚もてって。けさだって、かってに早出して来ただろ? つきあわされた山崎の身にもなれよ。徹子のことが放っておけないって、心配してたんだぞ」

「なっ……ななな、なによ、なによなによなによぉ! ああ、あんたにそんなこと」

 やれやれ。委員長にお説教をくらって、しょげ返っていたさっきまでの徹子ちゃんは、どこへ行ってしまったのやら。まったくもって、見事なまでの逆ギレっぷりである。

「廣井くん、あのふたりって、やっぱり……」

「たぶん……、ねえ」

 軽くにぎりこんだ拳で口元を隠し、委員長が含み笑いをもらしている。

 僕自身、男女の機微に精通しているわけではないが、ここまでに聞いたいくつかの情報と、現在、目のまえで展開されているこの状況を考えあわせれば『ある仮説』を思いつくのはそんなにむずかしいことではない。

 いまのところ、それはただの仮説にすぎないが、おそらくはこんご、ほんのすこしのきっかけがあるだけで、真実になりかわってしまうのだろう。

 ともあれ、いつまでも、こうしているわけにもいかないか。とりあえず、仲裁にはいることにしよう。

「やめやめ、ふたりとも」

「はい?」

 徹子ちゃんと善郎が、そろってこちらをむいてきた。まるで、呼吸をあわせたかのように同時である。僕は、つい苦笑してしまった。大昔のカートゥーンに出てきた眉毛の太い猫と、穴ボコチーズが大好きなねずみのコンビを思い出してしまったのである。

 ちなみに、猫はもちろん徹子ちゃんのほうだ。眉毛が太いという意味においても、押されてたじたじになっているという意味においても。

「今日のところは、喧嘩はやめて教室にもどりなよ。作業、のこってるんだろ? お化け屋敷だっけ?」

「あっ……。すみません、廣井先輩。ご迷惑をおかけしたようで。こいつ、うちのクラスのあたらしい委員なんすけど、すっげーわがままで困ってるんすよ」

 照れたように、善郎が笑った。まるで、妹を謙遜して紹介するかのような態度である。なんというか、こいつも案外わかりやすい男だな。

「しってるよ。彼女は僕の幼なじみだからね」

「……え?」

 見た感じ、善郎のほうは冷静そうなのでひとまず置いておくとして、僕は徹子ちゃんに向き直ることにした。彼女は自分のパートナーの様子を、決まり悪そうにちらちらとうかがっているところだった。

「ほら、徹子ちゃん。さっき、安倍さんにいわれたことを忘れたわけじゃないだろ? 早く教室にもどって、クラスのみんなに謝るんだ。もちろん、彼にもね」

「で、でも……いえ、その。わかりました」

 うつむいて、目をふせると、徹子ちゃんはちいさく呟くように『ごめんなさい』と言った。

 小声とはいえ、謝罪を受けたのがよほど意外だったらしい。善郎は、めずらしいものを見たというように、つかのま僕と徹子ちゃんの顔を見比べていた。

 だが、すぐに気を取りなおしたというように咳払いをすると、別れの挨拶をしてきた。

「おほん。……じゃあ、あの、廣井先輩、安倍先輩も、今日はこのへんで」

 すると、それにあわせたように、徹子ちゃんも頭をさげた。

「どうも、ありがとうございました」

 そうして、ふたりはごく自然な感じで、ならんで階段をくだっていった。

 つかのま、ぼんやりと彼らのうしろ姿を見送っていると、やがて、ちいさく『な、なあ。幼なじみってどういう』『公平さんは、兄の親友で』というような声が聞えてきた。

 仲直りというわけでもなさそうだが、どうやら、僕の存在が会話のきっかけになってくれたようである。なにか、善郎のほうが変な誤解をしていそうな感じもしたが、まあ、悪いことにはならないだろう。

 さて、いずれにしても、徹子ちゃんの問題は一段落ついたわけだ。ではそろそろ、こちらも教室にむかうとしようか。そう思い、僕は委員長に声をかけようと、となりに視線をおくってみた。

 しかし、そこにはだれもいなかった。

 あれ、委員長はどこだ? 

 相手を見失ってしまったことにあわててしまい、思わず、僕はあたりをきょろきょろと見回してしまった。

 ところが、なんのことはない、彼女は階段ののぼりの何段めか、すなわち、さきほど座っていたあたりに、ふたたび腰を落ちつけていただけだった。

 ただし、なぜかくつろいでいるという感じで、どう見ても、しばらくは立ちあがる気がなさそうな様子である。

「えっと、委員長?」

「ねえ、廣井くん。せっかくだから、すこしここでお話していかない?」

 いって、委員長はぱちりと軽く片目をとじた。

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