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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第七章 運命の赤い糸
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第百二十五話 九月四日(火)放課後 徹子の悩み 4

 彼女の説明によると、どうやら、すずちゃんという徹子ちゃんの友人は、善郎というもうひとりの委員に恋をしてしまったらしい。

 僕は、彼女のクラスの委員ふたりの姿を思いうかべてみた。すずちゃんは、痩せ型で歯並びを矯正する器具をつけていた子だ。そして、善郎は、……ええと、あいつでよかったかな。

「ごめん、ちょっとまって。ヨシローって、名前だよね? 苗字は?」

「あっ、す、すみません。えっと、朝生です」

 やっぱりそうか。なんだか、当然のような顔でファーストネームを呼んでいるから、まちがっていたかと思ったぞ。

 善郎は、女の子のような風貌をした小柄な男子である。身長は、へたをすると、百六十センチないかもしれない。

 とにかく、顔が男とは思えないほどかわいいというので、生徒会役員選挙の折には、おもに二年生の女子たちが黄色い声をあげていたのを覚えている。

 もっとも、当人の言葉遣いなどはいたって男らしく、また性格も、すこし話をしてみたかぎりにおいては、それなりに気が強そうなところが垣間見られた。すくなくとも、女子からちやほやされるのを、あまり喜んではいなかったように思える。

 こちらが、善郎について思い出しているあいだにも、徹子ちゃんは話をつづけた。

「最初の席替えのときに、たまたま善郎のとなりの席になりまして、むこうから声をかけてきたんです。わたしとすずちゃんが友だちなのかと。それで、彼女と話をしようとしても、避けられたり逃げられたりするばかりで困っているんだけど、なにか心当たりはないかというようなことを聞かれました」

「それって……?」

 遠くを見るような顔で、徹子ちゃんはうなずいた。

「はい、つまり、すずちゃんは善郎のまえだと、恥ずかしくてろくにしゃべれないというような状態だったんです」

「ほう」

 事情をしった徹子ちゃんは、友人の恋の手助けとなるべく、善郎と積極的に関わりをもつことに決めたのだという。趣味などを聞き出して伝えてみたり、合コンのようなことを企画して誘ってみたりと、いろいろなことをやったのだそうだ。

 もっとも、すずちゃんは男には晩生だったようで、なかなか告白できずにいたらしい。

「あのころは、楽しかったな……。すずちゃんって、わたしと兄のあいだのことを知ってる数少ない友だちのひとりなんです。なんとか、縁を結んであげたかったんですけど」

 しかし、一学期のおわりが近づいたある日、すずちゃんはついに告白する決心を固め、徹子ちゃんをつうじて善郎を呼び出した。場所は、例の花壇わきのベンチだった。

「ふたりが、そこでどんな話をしたのかは、わかりません。でも、その日の夜に、すずちゃんから『ふられちゃった』というメールが届いて……。わたし、はっきりいって、信じられませんでした! あんな、あんないい子をふるだなんて!」

「いや、それは。ちょっと落ちついて、徹子ちゃん。声がおおきいよ」

 あわてて注意をうながすと、徹子ちゃんははっとした様子で口を押さえた。念のため、僕は立ちあがって周囲を確認してみたが、近くに人影はなさそうだった。

 徹子ちゃんは、数回、深呼吸をして気持ちをしずめたあと、声のトーンをおとして話をつづけた。

「そのご、すぐに夏休みになって、引越しと転校の話を聞かされて……。二学期からは、すずちゃんの熱心な引継ぎ指名で、副委員をわたしがつとめることになりました。なのに、どうしても、善郎とふつうに接することができないんです。あの子のことを考えると……」

 なるほど。僕は、片手のこぶしで、自分の顎の先端をこんこんと軽くこづいた。

 これはむずかしい問題だと思った。

 恋愛感情は、他人に強制されるようなものではない。そんなことは、徹子ちゃんもわかっているはずである。ただ、大切な友だちがふられてしまったという一点に、彼女はこだわってしまっているのだろう。

 だれが悪いというような話でもないし、それこそ時間が解決するのを待つしかないのかもしれない。

「じつは、ふたりの仲をとりもつ過程で、わたし自身、兄への気持ちに整理をつけることができたっていう面があったんです。だから、なおさら……いえ、だけど、委員の仕事に私情を持ちこむなんて、ダメダメですね。みんなから相手にされなかったのも、しかたありませんでした」

「錦織さん、ちょっといいかしら? いくつか、聞きたいことがあるんだけど」

 いままで、黙って話を聞いていた委員長が、ここに来て言葉をはさんできた。徹子ちゃんは、相手のほうに顔をむけることで、さきをうながした。

「どうして、朝生くんはあなたのお友だちの告白を断ったの?」

「さあ……。いちどだけ、すずちゃんに尋ねてみたんですが、善郎に聞いてみてほしいと言われました。でも」

 そこで、徹子ちゃんはふたたびうつむくと、ため息をこぼした。

「さっきもいいましたけど、最近、善郎とふつうに話すことができないんです。つい腹が立って、いつも口喧嘩みたいな感じになっちゃうっていうか」

「ふうん……」

 委員長は、やけに色っぽいポーズ――人差し指を、まるで咥えるようにしてくちびるに押しあてている――をとりつつ、なにごとか考えている様子である。

「もうひとつ、いいかしら。あなたのお友だちは、なぜ後任に錦織さんを指名したの?」

「は? ……ええっと、たぶん、したしくしていた友だちだったからだと思います。徹子だったらだいじょうぶ、みたいなことを言ってくれましたし」

 さらに、委員長は質問をかさねた。

「ほかには?」

「そういえば、善郎と仲よくがんばってほしいとも言われました。……わたし、なにやってるんだろう。べつに、あいつのことが嫌いなわけでもないのに」

 このやりとりを最後に、ふたりとも黙りこんでしまった。とくに、委員長は腕ぐみをして、なにやらむずかしい顔をしている。

 ふむ? 彼女のこの沈思黙考ぐあいからさっするに、いまのこの質問には、なんらかの重要な意味でも隠されていたのだろうか?

 あらためて、僕は委員長の質問と徹子ちゃんの答え、そして、そこから生じた疑問についての分析を試みることにした。

 第一の疑問。なぜ、善郎はすずちゃんをふったのか。

 第二の疑問。なぜ、すずちゃんはふられた理由を徹子ちゃんには教えず、善郎に聞けと答えたのか。

 第三の疑問。なぜ、すずちゃんは、善郎に憤慨する徹子ちゃんを、わざわざ後任に指名したのか。

 とりあえず『仲よくがんばってほしい』という最後のメッセージの存在があるので、第三の疑問にかんしては、答えを出すのが容易である。すなわち、すずちゃんは徹子ちゃんと善郎を仲直りさせたかったのだろう。

 ファーストネームで呼んでいる点や、みんなでよくいっしょに遊んでいたという点から考えて、徹子ちゃんと善郎は、もともと仲のいい友人同士だったはずだ。すずちゃんは、自分のために友だちが喧嘩をするのが忍びなかったのかもしれない。

 だけど、なにか引っかかるな。

 蛍子さんとの会合を、さんざん先延ばしした例からもわかるとおり、徹子ちゃんは、苦手な相手と表面上の付き合いをするのが得意ではない。ほんとうに合わない人間とは、適当に距離をとったり無視するなりして、関係をもたないようにする場合がほとんどである。

 つまり、彼女が日常的に言いあいをして、しかも対抗意識を燃やしてなにかやろうとしはじめるというなら、それはむしろ、よほど仲のいい喧嘩友だちであるということを意味する……うん?

 あれ、よくよく考えてみると、徹子ちゃんと頻繁に口喧嘩をする相手で、すぐに思いつくのはゴーになるわけだが……えっ、ということは、まさか?

 ――などと、みょうな連想が働きかけたところで、僕はふと、かすかな物音を聞いたような気がした。

 だれか、この近くまで来ているのかもしれない。そう思い、いったん僕は考えるのを中断して、もういちど立ちあがると、廊下に顔を出してみた。

 すると、こんどは十メートルほどむこうに、たしかにひとの姿があった。見覚えのある小柄な男子学生である。

「おや、君は……」

「やあ、廣井先輩じゃないっすか。ちわっす」

 片手をあげ、きらりと白い歯を光らせつつ、気さくな挨拶をしてきたのは、噂の人物、すなわち朝生善郎そのひとだった。

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