第十三話 四月九日(月)午前 2
ボランティア本部は、昇降口を抜けてすぐの場所に設置されていたはずだった。
ところが、昼寝をしたせいでだいぶ時間が遅くなったため、僕たちが到着するころには完全に撤収がすんでおり、すでに跡形もないというような状態になっていた。
参加した学生たちも、ほとんどは帰路についてしまったらしく、ほんの数人ばかりがそこかしこでまばらに談笑しあっているだけである。そして、居残ったもののなかに、僕たちを待っていてくれたと思しきゴーと徹子ちゃんの姿もあった。
「いよう、コウ。まあ、ちょっと来たまえ」
こちらの肩をたたくや否や、ゴーはまたしても僕の腕を引っぱってきた。あれよというまに幸からはなされ、物陰へと連れこまれた。
「撤収作業をさぼって幸ちゃんに膝枕してもらうたあ、いい身分だな、コウ」
ゴーの口もとが、白い歯をのぞかせている。日焼けした肌とコントラストが効いていて、じつにさわやかそうな表情にも見える。ただし、目だけがまったく笑っていなかった。
「正直にいえよ、コウ。けさのあれは冗談で、ほんとうは幸ちゃんとつきあってるんだろ? な?」
「たのむから、あわれな敗者に追い討ちをかけないでくれ……」
ふられたのが冗談だったら、どんなにいいかと僕も思う。しかし、残念ながら、それは曲げようもない事実なのだ。
「なあ、マジにつきあってないのか? 照れ隠しとかはナシだぜ?」
「昨日、告白したときに、きっぱりいわれたんだよ。ごめん、つきあえないって。……そりゃ、むこうがいままでと変わらずに接してくれるから、こっちも勘違いしそうになるところはあるけどさ」
ふうむとうなり声をあげ、つかのまゴーは、なにか考えている様子だった。腕ぐみをしながら、ちらりとどこかを盗み見たりしている。
つられて、僕もそちらをうかがうと、すこしはなれた場所で、幸と徹子ちゃんが、なにごとかしゃべっているのが目にはいった。
「……体のことを、気にしてるのかな」
「さすがに、僕もそれは聞いたよ、ゴー。でも、ちがうって」
紫外線に弱いという例の体質をぬきにしても、幸の体は他人とくらべて、ひどく虚弱かつ不安定だった。ここ二年ほどは、まだしも悪くない状態がつづいているが、長期の入院も、いくどとなく経験している。
病弱な肉体が原因で精神が萎縮し、恋愛ができないと思いこんでいるというのは、一般論としてなら、あながちおかしな話でもない。
もっとも、そのことに僕が触れたとき、彼女はかぶりをふって否定の意思をしめし、さらに咎めるような視線をおくってきた。また、あの幸にかぎっては、そういう萎縮とは無関係であるような気もする。
「そうか……。だがな、コウ。おまえと幸ちゃんがつきあってないのは、やっぱ不自然だと思うぞ。あんなに仲がいいのにさ」
顎のあたりを手でなでながら、ゴーがいった。
「けさもちょっと触れたが、そもそも、ふつうは幼なじみってだけじゃキスなんかしないんだぜ? おまえさ、そのへん、まじめにどう考えてるんだ?」
たしかに、それについてはゴーのいうとおりだと思う。いくら仲がよくても、幼なじみというだけでキスする人間など、そうはいない。
とはいえ、なにごとにも例外というものはあるし、幸はわりとそういうことを平気で……うん? キス?
キスだって?
その瞬間、脳裏にさきほどの、眠りにおちる寸前の記憶が鮮明によみがえった。右隣に腰かける幸。日傘の影。そして、がんばったご褒美。
僕は狼狽した。
「んなっ! ゴー、おまえ見てたのか?」
思わず、そんなことを口走ってしまった。しかし、ゴーはといえば、きょとんとしたような表情をうかべているだけである。
あれ? もしかして、早とちり? うわ、しまった。またやっちゃったかな……。
「なんのことだ? おれが見たのは、おまえが膝枕されて気持ちよさそうに眠っていたところだけだったが……。おい、まさかさっき、そんなまねを」
こいつめなどといいながら、ゴーがヘッドロックを極めてきた。僕はアホか。自爆だ。壮絶な自爆だった。