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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第七章 運命の赤い糸
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第百二十四話 九月四日(火)放課後 徹子の悩み 3

「えっ? あの……」

「わたしね、先週土曜日の休み時間に、あなたのクラスの委員長を見かけてるのよ。二年生の教室で」

 指で眼鏡をなおし、委員長がめずらしく厳しい表情をつくった。おそらく、徹子ちゃんに苦言を呈するつもりなのだろう。僕は、黙ってそれを見守ることにした。

「彼、わたしの知りあいに話しかけてたわ。まえの年に、一年四組の学級委員をしてた子なんだけど……。去年の四組が、文化祭でなにをやったか覚えてる?」

 徹子ちゃんは、ひどく不安そうにしていた。どうやら、委員長の質問の答えもわからないようで、なにもいわず、ただ相手を見つめているだけである。

「お化け屋敷よ。どういう段取りで、どんなことをしたら効果的か。質問をしながら、メモをとったりしてたわ。聞かれた子が、あとでわたしに愚痴をこぼしたほどよ。細かいところをあれこれと突っこまれて、休み時間がつぶれちゃったって。……あなた、そういうことをちゃんと調べて、それでもまにあわないって思ったの?」

「それは、その」

 うつむいて、徹子ちゃんは口のなかで、なにかもごもごと言ったようだった。委員長から、いつになく容赦のない追及をうけたせいで、彼女はなかばパニックを起こしているといった様子である。

 しかし、あえて、僕は助け舟を出さなかった。徹子ちゃんは、考え違いをしている。いまここで、きちんとそれを伝えるのが、彼女自身のためなのだ。

「調べてないのね。……そういうのって、なんていうかわかる? 思いつきっていうのよ」

 委員長が、ため息をついた。

「こんなこと、言いたくはないんだけど……。わたし、思いつきで他人をこきおろすのって、すごく無責任だと思う。まして、副委員なんでしょ? なったばかりで、勝手はわからないだろうけど、それならなおさら、謙虚な態度で仕事をするのが大事なんじゃないかしら」

「お、思いつき……。そんな、わたし、そんなつもりじゃ」

 しぼりだすような声だった。徹子ちゃんが、肩を落としてうなだれている。

 今回の件には、徹子ちゃんのよくない部分が、はっきりと現れていると思った。

 もちろん、彼女が文化祭について、真剣に考えていただろうことは、まちがいのないことである。見ていれば、気合がはいっていたのはよくわかるし、わざわざ早出をしてきたのも、その証左といえる。

 ただ、まわりが見えていなかったのだ。自分だけががんばっていると勘違いして、ほかの人間に考えを押しつけようとした。

 もともと、徹子ちゃんは頑なで、対人関係においてトラブルを引きおこしやすい性格をしている。けっして悪い子ではないのだが、融通が利かないのである。

 最近は、いくらかおとなびて、丸くなってきたようにも感じていたのだが、やはり人間、短時間でおおきな成長を遂げるのはむずかしいのかもしれない。

「あなたはなにか、お友だちに裏切られたように感じたのかもしれないけど……。そもそも根拠もない提案に、早起きして協力してくれたのよ? 感謝こそすれ、腹を立てるなんて筋違いもいいところだわ。相手の子だって、せっかく早出してきたのに、だれもいないなんてことになったら、愚痴りたくもなるわよ。それを、まるで陰口でも叩かれたみたいな言いかたをして」

「はい……。はい、うう」

 立て板を流れる水のように、委員長のお説教がつづいている。徹子ちゃんは、まさに青菜に塩といった感じでしおれていた。

 ……おや?

 ふと、僕はみょうな違和感をおぼえた。

 お説教に、いつもの委員長らしさが感じられないのである。理詰めの諭しかたが少々くどく、逃げ道がいっさいない。また、言い回しに、微妙な嫌味っぽさがあった。

 はて、今日の彼女は虫の居所でも悪いのだろうか? さすがに、これでは徹子ちゃんがかわいそうだぞ。

 そろそろ、フォローを入れることを考えておいたほうがいいのかもしれないな。そう思い、僕はひとまず、話の流れを変えるために、口を挟んでみることにした。

「ねえ、徹子ちゃん、もしかして、もうひとりの委員とうまくいってないの?」

 すると、彼女は弾かれたように顔をあげ、こちらを見つめてきた。目をおおきく見開いて、いかにも驚いているといったふうである。

「さっきからの徹子ちゃんの口ぶりだと、なんだか、もうひとりの委員に敵愾心をいだいているというか、対抗意識があるようにも聞えるんだ。どうかな?」

「うまくは、……いってないです。最近は、喧嘩してばかりですし」

 あ、あれ? なんだ、ほんとうにそうだったのか。委員長が『よくわかりましたね』とでも言いたげな視線を送ってきている。いや、すみません。話のきっかけにするつもりだっただけで、ただの当てずっぽうです。

 ふうむ……。違うと答えたら、自分だけでやろうとしないで、仲間と協力しあったほうがいいとでもアドバイスするつもりだったのだがな。これは、もうすこしくわしい話を聞いてみる必要がありそうだぞ。

 それから、徹子ちゃんはぽつぽつと事情を語りはじめた。

「もともと、わたしとすずちゃん……えっと、転校した元副委員の子とは、中等部のころからの友だちだったんです」

「たしか、安倍さんに、マリアっていうニックネームをつけた子だったよね?」

 こくりとうなずいて、徹子ちゃんは言葉をつづけた。

「年度はじめの学級委員選挙で、すずちゃんが副委員に決まりました。で、もうひとり、善郎が委員長になりまして、そこまではよかったんですけど、ええっと……。その、なんていいますか」

 なぜか、徹子ちゃんが口ごもった。

「言いにくいようなこと?」

「いえ、そういうわけでも……。おほん、しばらくするうちに、すずちゃんの様子がおかしくなってきました。なにか悩みがあるのかなと思って、どうしたのか聞いてみたんです。そしたら」

 話が、予想外の方向にむかいつつあった。

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