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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第七章 運命の赤い糸
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第百二十三話 九月四日(火)放課後 徹子の悩み 2

 ちょうど、階段のそばだったこともあり、僕たちは、のぼりの三・四段めあたりに腰を落ちつけて話をすることにした。

 この時間帯なら、居残りの人間は教室で作業しているだろうから、ひとが来ることはまずないだろうという判断である。

 さきに、僕と委員長がひとりぶんぐらいの距離をあけて座り、うながされる形で、徹子ちゃんがまんなかに腰をおろした。彼女は、いちおう泣き止んではいたものの、うつむいた横顔はひどく悲しげだった。

「錦織さん、それで? 」

 目立たないように気を遣っているのか、委員長の声はひそやかなものだった。

「えっと……。うちのクラスは、出し物がお化け屋敷に決まったんですけど」

 はじめのほうこそ、声を出すことにすら逡巡を見せていた徹子ちゃんだったが、ひとたび口が動きはじめると、こんどは一転して饒舌になった。

 話は、月曜の早朝に各クラスでおこなわれた例の臨時ホームルームにまでさかのぼる。

 なんでも、彼女のクラスでのそれは、徹子ちゃんにいわせると、話しあいとは名ばかりで、学級委員長がひとりで決めたことを、そのまま追認するような感じだったらしい。

「せっかく、自分たちの文化祭なのに、こんなのっておかしいと思うんです。だからわたし、まだ代理だけど、副委員として、全員でもっと考えることを提案しました。それなのに」

 そこでいったん言葉を区切り、徹子ちゃんは悔しそうに下唇を噛んだ。

「みんな、決まったことなんだから、いまさら文句をつける必要はないっていうんです。なんだかもう、はじめからぜんぜんやる気が感じられなくて」

 彼女の顔に、はっきりとした怒りの感情がうかんでいた。

「でも、そこはまだいいんですよ。問題は、スケジュールなんです。あんなのじゃ、絶対にまにあいません!」

 語気荒く、徹子ちゃんが自分の膝のあたりをにぎり拳で叩いたりしている。声がおおきすぎるのではと心配になり、僕は思わず周囲を見回してしまった。

「まにあわないって、どういうこと?」

「うちのクラスの委員長が、毎朝の早出は必要ないって言うんです、マリア先輩。お化け屋敷なんて、作業だって多いのに、放課後だけでまにあうはずがないじゃないですか。それでもうわたし、これはダメだと思ったから、有志を募って自分たちだけでもうごこうと、みんなに働きかけてみたんです」

 ところが、事態は徹子ちゃんの思惑通りにはすすまなかった。けさ、意気揚々と登校してきた彼女は、だれもいない教室を見て愕然としたのだという。

 正確には、自ら頼んだ友人ひとりだけはいてくれたそうだが、いずれにしても、たったふたりだけでは作業にならない。結局、徹子ちゃんの早出は無駄足におわってしまったというわけだ。

 これだけでも、かなり手痛い経験だろうと思う。しかし、徹子ちゃんの話にはまだ続きがあった。

「さっき、その友だちが、わたしの噂をしているのを聞いちゃったんです。自分も早出なんて意味ないと思ったけど、してあげないとあの子がかわいそうだからって……。あ、哀れむぐらいなら、べつに来てくれなくてもよかったのに」

 ふたたび、徹子ちゃんが涙をこぼしはじめた。委員長がティッシュを取り出してそれを手渡すと、彼女はすみませんといって鼻をかんだ。

 ――さて、とりあえずの状況はわかった。つまり、徹子ちゃんはクラスから孤立し、友人から裏切られてしまったのを悲しんでいるわけか。彼女の言い分を、すべて鵜呑みにするのならという但し書きはつくが。

 やれやれ、なんと言ってあげたものかな。しらず、僕は腕ぐみをしていた。そうして、首をひねりつつ、考えをまとめていると、委員長がさきに口をひらいた。

「お友だちの子は、錦織さんが聞いているのをわかっていて、そういうことを言ったの?」

「いえ、わたしが教室に入ろうとしたら声が聞えてきたので……。むこうは、こっちには気づいてないと思います」

 徹子ちゃんの返事に、委員長が納得したという感じで、軽くうなずいた。僕には、彼女の質問の意図が、よく理解できた。

 相手が聞いているのがわかっていて、陰からこそこそ悪口をいうのは、正面きっての批判とちがい、いじめ、あるいは嫌がらせの部類に入る。

 しかし、今回のことは、徹子ちゃんが、たまたま愚痴をいわれている現場に居あわせてしまっただけだろう。すなわち、ことは彼女が思っているほど、深刻な問題ではないということだ。

 僕がそんなことを考えているあいだにも、委員長はべつの質問をはじめた。

「もうひとつ、聞いていいかしら。錦織さんは、なんで早出をしないとまにあわないと思ったの?」

「はい?」

 聞かれたことの意味がよくわからなかったのか、徹子ちゃんはきょとんとしたように小首をかしげた。

「それは……。ほかのクラス、たとえば公平さんやマリア先輩のところも早出してますし。あと、例年より準備期間が短いということも」

「いえ、そういうことじゃなくて……。あのね、わたしたちのクラスが早出をするのは、衣装がぜんぶ手作りで、ほかの細かいことをする時間がとれないからなの。あなたが、まにあわないと思った具体的根拠はなに? 作業ひとつあたりにどのぐらいの時間がかかるか、計算したり、経験者に聞いてみたりした?」

 委員長の声は、どこか冷ややかだった。

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