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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第七章 運命の赤い糸
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第百十八話 九月四日(火)早朝 ベンチでの語らい 3

 ぼんやりと、すぐそばの花壇を眺めてみた。

 花の名前はしらないが、赤、青、黄、白の色とりどりな様子は、まるであざやかな絨毯である。朝の光がやわらかく降りそそぎ、あたかもそれが、夢のなかの光景であるかのように思えるほどだ。

 視線を、となりに移した。

 こころが、僕に体をあずけて眠っている。それも、かなりの熟睡のようである。ためしに、すこし身じろぎしてみたが、目を覚ます気配はまったくなかった。いくらかおおきめの声をかけるか、あるいは強く肩をゆするかしなければ、ずっとこのままなのかもしれない。

 むりに、起こすつもりはなかった。

 腕時計を確認すると、この場所に腰を落ちつけてから、そろそろ三十分ほどたとうかという時間だった。ちょうど、七時半を回ったあたりである。

 園芸部員の朝の水遣りが、八時ぐらいからだったはずなので、あともう三十分は寝かせておいてあげられそうだ。

 眠ってしまったのは予想外だったが、こんなに安心したような表情を浮かべているところをみると、いいたいことは言ってくれたのだろう。僕は、ひそかに安堵の息をついた。わざわざ、文化祭準備をサボってまで、ここに来た甲斐があったと思えたからだ。

 そもそも、この場にこころを誘ったのは、僕なりの明確な理由があってのことである。

 昨日は、こころほどではないにせよ、僕も遅くまで眠れなかった。ベッドに横たわったまま、いろんなことを考えた。

 否、昨日だけではない。こころと交際をはじめてからというもの、考えなければならないこと、あるいは考えたいと思えることが多かったのである。そして、昨夜の一件をきっかけに、ようやく自分なりの答えが固まったのだ。

 ひとはだれしも、周囲の状況に不満があったり、それを解消することができなかったりすると、ふさいだり苛立ったりすることがある。そういう場合、ふつうは趣味に熱を入れるなり、家族や友人、恋人とのふれあいのなかで気持ちを晴らすものだ。

 僕であれば、読書に興じて知的好奇心を満たしてみたり、筋トレやジョギングなどで汗を流したりというのがそれにあたる。もちろん、友人たちと遊ぶとか、こころと交際をすることもそうだ。たいていのひとも、似たようなものなのではないかと思う。

 ところが、こころはそういう気持ちをうまく処理できないのではないだろうか。僕が見てきたこれまでの彼女の言動や、まわりのひとたちに聞いた話を総合すると、どうもそんな気がしてくるのである。

 つまり、どうしようもない気持ちを、彼女は笑顔でごまかすだけで、胸の奥に溜めこんでしまうのである。そうして溜まったものが、なにかをきっかけに、突然――これはこころの苗字『堤』から連想した比喩だが――あたかもダムが決壊するように、急激な行動となってあらわれてしまうのだ。

 たとえば、ゴスロリ服を着て始業式に参加してきたことや、クラスのみんなにいきなりクッキーを配ったことについて。これらは、あたらしい環境に、早く溶けこみたいという欲求が溜まった結果とはいえないだろうか。

 最近は、だいぶなじんできたように見えるが、彼女は転校生であり、当時は知りあいもすくなかった。幸や委員長をはじめとする数人の女子と仲よくしてはいたものの、いかんせん付き合いが短すぎたのだ。

 それと、僕との交際についてもそうである。

 あえて、自信をもって断言するが、現在、こころが僕に向けてくれている愛情については、一点の曇りも感じない。しかし、はじまりの状況にかぎっていえば、引っかかるところがあったのも事実である。

 というのは、こころがもともと男性を苦手としていたからだ。僕自身、そういう場面をなんどか目撃しているし、ひとづてに聞いたこともある。

 委員長に頼まれたこともあって、積極的に話しかけたりはしていたものの、よもや自分がクラスメイト以上の友だちになったり、まして恋人同士になれたりするなどとは、まったく想像もしていなかった。

 運命の歯車が回りだしたのは、七夕のすこしあとに、道で鉢あわせしたときだったと思う。あのときのこころは、ナンパされた直後で、かなり混乱していた。怖くて買い物ができないとまでいうので、とりあえずいっしょについていくことにしたのである。

 その帰り道、僕は翌日以降も食料品の買出しに付き添うことを提案してみた。もっとも、本気ではなく、冗談半分のお願いだった。

 例の噂にたいする幸の誤解や、徹子ちゃんとゴー、そして蛍子さんにかんする一連のできごと、さらに、僕の恋愛を応援してくれていたあすかの存在もあって、なかば気持ちに押されるように、口走ってしまっただけだったのである。

 なのに、こころはその提案を、いともあっさりと受けてくれた。しかも、翌日からとんとん拍子にしたしくなっていき、しまいには弁当まで作ってくれるようになった。

 クラスのみんなから不審がられもしたが、はっきりいって、僕が一番おどろいていたぐらいだった。

 いちおう、あとで『ぶつかったとき、抱きしめてくれたのが嬉しかった』とは聞いたものの、いくらなんでもあの時点で、彼女が僕に恋心をいだいていたとは、さすがに考えにくい。それで、なぜあんなに簡単に承諾してくれたのか、ずっとふしぎに思っていたのだ。

 しかし、いまならその理由がわかる気がする。

 すなわち、当時のこころは、男性にたいする苦手意識を克服したいというような気持ちが溜まっていたのではないだろうか。そしてそこに、僕がたまたま、男に慣れるのにはうってつけな申し出をしてきたのである。

 ふつうなら、そんな冗談半分の話に乗るはずがないのに、彼女はつい、自分の気持ちに押されてしまったというわけだ。

 こう考えれば、さきほどまでのこころの態度についても、理解が可能になる。

 ようするに、昨日のできごとのせいで、こころのなかに、僕と仲直りしたい、あるいは関係を正常化させたいというような欲求が、強く溜まってしまったのである。それが、熱に浮かされたような視線をこちらにむけてきたり、道端でいきなり抱きついてくるという激しい行動につながったのだ。

 これらのことを、僕が考えついたのは、昨夜の『爆発』とか『暴発』とか形容したくなるような、こころの激情を見てしまったからである。直接の理由は、あすかについての誤解だったが、根本的な原因は、もっとささいなことの積み重ねだった。

 なぜ、それまでに一言も不満をもらさなかったのか。なぜ、あんなにも突発的な反応をしめしてきたのか。これらの疑問への回答が、以前から不可解だと思っていたことについても、そのまま当てはまるような気がした。

 もちろん、仮定に推論を重ねているわけで、この考えがすぐに正解だというつもりはない。それでも、当たらずといえど遠からずぐらいは、言ってしまってもいいのではなかろうか。

 こんご、こころと交際していくにあたって、言いたいことを我慢させないというのは重要かもしれない。それだけでなく、なにか気持ちを溜めこんでいるようなら、こちらから気づいて、吐き出させてあげるというのも大切であるように思える。

 さきほどまで、彼女にいろいろと話をしてもらっていたのは、そういう考えがあったからだった。

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