第百十七話 九月四日(火)早朝 ベンチでの語らい 2
ベッドのなかで、こころはいろんなことを考えたのだという。
ほとんどは、僕にかんすることだったらしい。とりわけ、あすかが消えた直後に説明したことについてである。
とりつくしまのないような態度だったにしては、こころはこちらの話した内容を、きちんと把握してくれていたようだ。
あすかのことについて。ほかの女の子たちのことについて。そして、なによりこころ自身のことについて。
彼女は思いつくままという感じで並べていった。
昨夜のような、取り乱した感情的な発言ではなかった。それでも、こころは静かに涙を流しているようだった。ときおり、鼻をすする音が聞えてくる。
「いくら、相手が宇佐美さんや安倍さんでも、こころ、こーへいしゃんがあんまり仲よくしてるのを見るのは嫌なの。ううん、それがわがままなのは、わかってるよ。でも、でもね……」
「うん……」
それは、切々と語られる愛の告白だった。そして同時に、恋人である僕をうしなう可能性への、漠然とした不安と恐怖の吐露でもあった。
これまで見たり聞いたりしてきたいくつかの姿から、こころがいつも楽しそうに笑っているだけの女の子ではないということは、わかっているつもりだった。それでも、彼女が笑顔の裏で、つねにこんな感情を胸にかかえていたのだと、あらためて再確認させられる思いだった。
正直なところ、情が深すぎると感じなくもない。聞いていて、辛くもある。だが、はぐらかしたり、なだめすかしたりしようとは思わなかった。
僕はこころの恋人なのだから、彼女の気持ちをまっすぐに受け止めなければならない。重たい愛は、むしろ望むところなのだ。
とりとめなく、こころの言葉がつづいていく。僕は相槌をうったり、頭を撫でてやったりして、それを聞いていた。
しばらくそうしていると、なにかふしぎな感じがしてきた。
学校、それも人気のベンチというふだんであればひとが多いはずの場所なのに、僕は恋人とふたりきりで、しかも、物語の主人公がするような会話をしているのである。
もしかしたら、世の中のどんなカップルであっても、恋人同士になれば、ときにはこういうことをするものなのかもしれない。それでも、僕はなんとなく運命めいたものを感じていた。
――世界中で、この場所だけが特別で、僕とこころは主役として選ばれてここにいる。
われながら、陳腐なことを考えたものである。しかし、苦笑する気にはなれなかった。僕にとって、彼女はまちがいなく特別な存在なのだ。
「……こころ? どうしたの?」
なぜか、こころが黙りこんでいる。
かすかに、彼女が呼吸する音が聞えてきた。すうすうと、穏やかで規則正しいそれは、まぎれもなく寝息だった。