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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第一章 転校生と幽霊
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第十二話 四月九日(月)午前 1

 頬に、なにかがふれていた。

 すべすべとしていて、感触がくすぐったい。だれかの指先、あるいは掌だろうか。

 声がする。なにかをしゃべっている。おだやかな響きが、心地よかった。ずっとこうしていたいと思った。とてもやすらかな気持ちだった。

 こんな気持ちは、いつ以来だろう。ちいさな子供のころ、いや、わりと最近にもあったような……。

「こーへい。公平ってば」

 やさしい口調だった。だが、どうやら相手は、僕を起こそうとしてくれているらしい。

 ということは、わかった。このひとは、母さんだ。

 ごめん、母さん。あとすこしだけ寝かせて。もっと、このままでいたいんだ。

 やわらかいな。はなれたくないな。

「しょうがないなぁ。そんな眠かったん?」

 おや? この声は……ちがう、母さんじゃない。そうか、これは幸の声だ。

 なるほど、僕は幸に起こしてもらっているのか。

 うれしかった。ずっと、夢に見ていたのである。幸が僕のそばにいて、朝おこしてもらえる、そんな日を。

「いいかげんにしないと、もう初等部の子たちが登校してくるぞぉ?」

 そうか、そうか。初等部の子が。

 ……え? あれ? 初等部? ちょっとまて。ここはどこだ?

「こりゃ、保健室に連れてったほうがよかったかな?」

 そこで、僕はやっと、自分の状況を思いだし、まぶたをひらいた。目のまえに、幸の顔があった。

「あ、おきた。こんの寝ぼすけぇ」

 笑いながら、幸は手にもっていた文庫本で、僕の額をかるくたたいた。

 はて、おかしいな。僕はベンチの背にもたれてまどろんでいたはずだ。なぜ横たわっているのだろう。

 いや、それ以前に、なんだ、この後頭部のすてきなやわらかさは。なぜ、となりにいたはずの幸の顔が、僕の顔のまうえにあるのだ。

「ほぉら、目が覚めたんならのく! いつまで膝枕させてる気?」

 いわれて、僕はあわてて体を起こした。まだすこし頭がぼんやりしていた。

「あの、なんていうか……。ありがとう」

 とりあえず、お礼をいった。日傘からでると、すでに太陽の位置はたかくなっていた。

「僕、どのぐらい寝てた?」

「一時間……もうちょっとながいかな」

 幸が、携帯の時計を確認した。初等部の始業式が始まるすこしまえなら、たしかにそのぐらいの時間になる。

「もしかして、そのあいだずっと……してくれていたの?」

 頭がはっきりしていくにつれて、顔が熱くなってきた。うわ、なにそれ。僕は白昼堂々、幸の膝枕で眠りこけていたというのか? 

「ん。はじめっからってわけじゃないけどさ。いやー、いきなりアタシのほうに倒れこんでくるから、最初てっきり、目が覚めててわざとやってんのかと思ったよぉ。ま、昨日ねてないっていうのに、そんぐらいで起こすのもかわいそうだったし」

 いかにも、たいしたことではないというような言いかただった。こちらだけが赤面したり、どぎまぎしたりしているわけで、この温度差はどうしたものか。ほんとうに、男として見てもらえていないというのが、実感できるなあ。

「で、これからどうする? 保健室にいく? なら、はやくしないと」

「やめておくよ。だれか貧血を起こしたときに、ベッドが足りないと悪いし」

 こういう式典のさい、学生が倒れるのは、風物詩のようなものである。それもたいてい、学園長の長話のときだった。

 しかし、学園長は初等部・中等部・高等部と、一日三回は演説することになるのに、よく飽きないものだな。

「ちゃんと休んでおかないと、あんたのほうが倒れるんじゃない?」

 笑顔で、幸がいった。いつもとかわらない様子である。だが、僕は違和感をおぼえた。なにかがひっかかる。

「あれ、幸? その帽子」

 どうもおかしいと思ったら、幸がつば広帽子をかぶっていた。

 この帽子は、あの迷子の女の子に貸したままだったはずだ。いつのまに返してもらったのだろう。

「帽子? ああ、ついさっき、タケちゃんが」

 は? なに? なんだって?

 タケちゃんとは、ゴーのことだ。あいつはさきほど、あの女の子を講堂へと連れていってくれた。さてはそのときに、帽子に気づいて事情を察し、別れぎわにでも返却してもらったというわけか。さすがわが親友。気がきくなあ。

 それでなぜ、ずっと僕を膝枕してくれていたという幸が、その帽子をかぶっているのだ。

 まさか、来たのか。ゴーがここに来たのか。うわあ。見られちゃった。見られちゃったよ。僕が幸に膝枕してもらっているところを。

「なんだぁ? 顔が真っ赤だぞぉ? タケちゃんに寝顔を見られたのが、そんなに恥ずかしかったんかぁ?」

 からかうように、幸がいった。顔から火がでるとは、まさにこのことだった。

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