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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第七章 運命の赤い糸
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第百十三話 九月四日(火)早朝 1

 あやうく、寝坊するところだった。

 このところ、いろいろと考えることが多く、夜に眠れないので困る。それでなくとも、勉強と文化祭の両立に忙しいのに、これではほんとうに体を壊してしまいそうだ。

 うるさく鳴り響く目覚ましを止め、ひとつあくびをした。それから、いそいで身支度をはじめた。気持ちはふさいでいるが、時間は待ってはくれない。今日も早出である。

 食欲はなかったが、なんとか朝食を胃におさめ、すぐに家を出た。待ちあわせ場所のコンビニにつくと、すでにいつものメンバーがそろっていた。

「やあ、おはよう、みんな」

「おはよ、公平。……にしても、今日も顔色が悪いねぇ。ほんとに、なんか悩みでもあんじゃないの?」

 悩みはある。そして、そのことを隠すつもりが、いまの僕にはなかった。

「じつは……。こころのことでね」

「なに、ココがどうしたのん?」

 歩きながら、全員が僕に注目してきた。

「昨日の夜、用事がすんだあとで、商店街に遊びに行ったんだけどさ。軽くそのあたりを散歩してたら、ちょうどこころも近くに来てたんだよ。直前まで、幸や委員長といっしょだったって聞いたけど」

「ああ、たしかに三人で商店街に行ったよ。ってことは、あのあとの話?」

 昨夜、こころは幸たちと寄り道をしていた。家の方向が正反対なので、ふだんは、事前に約束でもしていないかぎりは、そのふたりと帰路をともにすることはないのだが、昨日はたまたまそういうことになったのだという。

 きっかけは、こころが土曜の朝に委員長から借りていた本を、うっかり返し忘れていたことだったようだ。彼女は下校の途中でそのことに気づき、あわてて来た道を引き返したのである。相手に追いついたのが、学校を出て数分ぐらいの位置で、そこにはちょうど幸もいた。

 なにごともなければ、本を返してそのままもとの道に戻っていたのだろうが、軽く立ち話をしているうちに、みんなでカフェ・ジョルノに行こうという流れになった。

 なんでも、ジョルノは駅ふたつ離れた街に二号店をオープンさせたとかで、おとといから店員の大部分が入れ替わっているらしい。店長も、オーナーの年若い息子と交代しているそうで、せっかくの機会だからと、夕食をかねて、料理の味見に繰り出すことになったのである。

 三人は、ジョルノでのんびりと食事や会話を楽しんでから解散した。こころはひとりでマンションに帰ることになり、その途中、公園を通りかかったところで、僕とあすかがいっしょにいる現場に遭遇してしまったというわけだ。

「たんに知りあいの女の子と話をしていただけだったのに、浮気とまちがえられちゃってさ」

「ふうん……?」

 知りあいの女の子がだれかという部分をぼかしながら話したので、すこし不自然な説明になってしまった。そのせいか、幸が怪訝そうな顔をしている。ゴーと徹子ちゃんは、それぞれきょとんとしたように小首をかしげていた。

「誤解だってわかったんだろ? だったら、べつにたいしたことないじゃんか」

 ゴーがいった。

「いや、それがなんていうか……。こころがすごく取り乱しちゃったんだよ」

 あすかがいなくなったあと、こころはひどく混乱していた。それも、目のまえの人間がいきなり消えうせたことに衝撃を受けたからというだけではなさそうだった。

 二ヶ月ほどまえにも、こころはいちど、僕とあすかが会っている現場を目撃している。例の噂の原因になったできごとだ。

 当時、僕はあすかに求められるまま、抱きあうようにして話をすることがよくあった。具体的に、こころが見たときにどうだったかまではわからないが、おそらくはベタベタと、それこそ仲睦まじいカップルのようにくっついた状態だったろうことは、想像にかたくない。

 結局、噂自体は人違いということで落ちついた。しかし、こころはそのときの僕とあすかの様子を忘れていなかったのである。

 こちらがふたりでベンチに腰かけているのを見て、こころはかつての『仲睦まじいカップル』のうちの片方が僕だったと確信した。そして、そのときに聞いた話と、現実の光景との矛盾から、ほとんど反射的に『騙された、恋人をほかの女にとられる』と思いこんでしまったのだそうだ。

 そこからさきは、一方的な糾弾だった。ほかにつきあっている女がいるのなら、なぜ好きだと言ったのかと、こころは僕を、執拗に責めたててきたのである。

 相手は幽霊であり、抱きしめていたのは恋愛感情ではなく親愛の感情からだ。しかも、こころと交際をはじめたあとは、それもしなくなっている。そう幾度もくりかえし説明したのに、彼女はなかなか納得してくれなかった。

「ほかにも、僕の女の子関係について、いろいろと思うところがあったみたいで、かなりぶちまけられてしまったわけ」

「……そういや、昨日、ジョルノでそんな感じの話、したっけなぁ」

 幸が、決まり悪そうに鼻の頭を掻いている。

 こころの追及は、止まらなかった。僕が幸としたしくすることへの疑問を口にし、委員長と会話が弾むことへの不満を並べたて、さらに徹子ちゃんと朝、ふたりで登校してきたことについての懸念を言い募ってきたのである。

 これには、僕も困ってしまった。幸は初恋のひとだし、委員長も、以前そういうことで噂になったことがあるので、そちらでなにか言われるのはまだわかる。しかし、ただの幼なじみである徹子ちゃんのことまで問題にされるとは、まったく予想もしていなかったのだ。

 あのときのこころの怒りかたは、ほんとうに無茶もいいところで、よほど感情的になっていたのだろうと思う。

「堤さんって、案外と嫉妬ぶかいんだな……」

 呆れたように、ゴーがつぶやいた。幸や徹子ちゃんも、困惑しているようだ。なるべく穏当な言いかたで説明したが、やはりふだんのこころのイメージとはかけ離れていたのだろう。

「まあ、嫉妬されるのはかまわないんだよ。それだけ僕を大切に思ってくれているってことだから。ただ、こころを悲しませちゃった自分が情けないんだ」

 実際、嫉妬されるだけならまだよかった。問題は、そのあとだったのである。

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