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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第六章 動きだした未来
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第百十話 九月三日(月)黄昏 3

 しばらくのあいだ、文化祭関連のことについてあれこれ説明したあと、僕はおもむろに、用意していた話題をふってみた。

「学園恋愛小説?」

「うん。相談されてるんだけど、なかなかいい返事ができなくって」

 委員長の、新作小説の話題だった。あらすじを端的にいうなら、平凡な主人公と、いじめを受けたことのあるヒロインとの恋の物語である。

 ヒロインは現状、平穏な日常をすごしながらも、かつての辛い経験から精神的に不安定になっている部分があり、親が見ていない場所で、おかしな行動をとったりしている。そして、主人公は、恋人の過去の秘密をしり、どう接すればいいのかと、あれこれ苦悩してしまうという内容だった。

「ハッピーエンドをめざすためには、ヒロインの心の傷を癒してあげることが重要だけど、どんなふうに展開させたらいいのかが考えつかないみたい。あすかはどう思う?」

 さて、じつはこの話、まっかなウソだったりする。僕は、委員長からそういった相談は受けていない。

 これは、僕自身の現在の悩みを脚色し、こころが過去に受けたという虐待を、いじめに置き換えたものである。こうでもしないと、あすかに彼女のことを話すことができない気がしたのだ。

 ――ところが、かえってきたのは予想外の言葉だった。

「いじめかぁ。アタシもされたことあるけど、あれ、嫌なもんだよね」

 思わず、僕はあすかの顔をまじまじと見つめてしまった。

「小六になってすぐのころだったかな。まわりの子に無視されたり、陰でこそこそなんかいわれたり。ほんと、ありゃ気分が悪かったわ」

「それは……。なんでそんなことに?」

 あすかの表情は、あまり動いてはいなかった。他人の、どうでもいい噂話でもするときのような、軽い口調だった。

「なんでって、うーん……。ああいうのは、対象はだれでもいいって場合がほとんどだと思うけどねえ。でも、きっかけみたいなのはあったかな。アタシ、ちょうどそのころにショチョーが来たんだけど」

「しょ? ……あ、えっと」

 そのあまりなじみのない単語が意味するところに気づいたとたん、僕はどうにも落ちつかない気分になった。しかし、あすかはとくに含みがあるというふうでもなく、いともあっさりと話をつづけた。

「最初のときが学校でさ。ぜんぜん準備してなかったから、保健室でナプキンもらったわけよ。で、そこまではよかったんだけど、家に帰ったら、母親が、まあ怒ることおこること。汚いだのなんだのいって、ぐちぐちぐちぐち」

「な、なに?」

 意味がわからなかった。保健体育の授業で習ったので、多少は知識もあるが、そういう場合、親はふつう、子供がおとなになったといって喜ぶものではないのか?

「さすがに、アタシもそのころはまだ青かったし、ちっとショックでねえ。けっこう本気で悩んじゃったの。自分、どんな悪いことしちゃったんだろうって。そんで、当時、友だちだと思ってた子に相談してみたんだ。ところがよ? こっちはナイショ話のつもりだったのに、そのつぎの週ぐらいには、ふたつ隣のクラスにまで知られてるような状態になっちゃっててさ」

 笑顔で、あたかもそれが面白おかしいことででもあるかのように、あすかは自分が受けたいじめのきっかけについての話をしている。こういうのを、皮肉な笑みというのかもしれないと、僕は思った。この子のこんな表情を、いつか見たことがあったような気がする。

 そう、あれはあすかとはじめて出会った日のことだ。事故で自分の命をうしなったという内容を、この子は笑いながら話してきたのである。

「ま、いじめ自体は、かばってくれる子もいたから、そこまで最悪ってほどでもなかったけどね。ただ、母親があいかわらずでさ」

 いって、あすかは軽く肩をすくめた。

「いいかげん、アタシも辛くなってきたから、保健室の先生に相談してみたのよ。そしたら、そっちから担任のほうに話がいって、いじめはびっくりするぐらいにあっさり解決。母親のほうは……」

 そこではじめて、あすかは憂鬱げな表情をうかべた。

「保健室の先生といっしょに話をしたんだけどさ。なんか、アタシがいじめられるようになった原因を聞いたとたん、いきなりペコペコ謝ってきたの。あすかがおとなになるのが信じられなかったとか、わけのわかんない言い訳つきで」

 おとなになるのが、信じられなかった? なんだそりゃ?

「先生も困惑しちゃうし、アタシも、はっきりいって情けなかったな。なんでこんなのが母親なんだろうって思って」

「い、いや、あすか、ちょっと待って。状況がつかめないっていうか……。もうちょっと、くわしく説明してもらえないかな。どうしてお母さんは」

 こちらの質問に、あからさまにあすかの眉根がよった。そうして、キッとした視線を僕にぶつけてきた。

「そんなん、アタシだってしらないよ。アレが考えてることなんて、おなじ人間じゃないんだから、わかるはずないもん。……つうかね、母親のことはどうでもいいの。委員長さんの小説の話でしょ。そのヒロイン、過去にいじめられてただけで、いまはそうじゃないんだよね?」

「あっ……。う、うん。いちおう」

 いけない。驚きすぎて、あやうくそういう体裁の話だったのを忘れるところだった。この子の母親、ひいては私生活についても気にはなるが、いまはこちらが優先である。ひとまず、僕はうなずいてみせることにした。

「だったら、まわりのひとに相談して、みんなで問題を解決する形にするのがいいと思うよ。主人公が自分だけで悩んでも、ただのひとりよがりにしかならないんだし」

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