第百九話 九月三日(月)黄昏 2
「ほら、今週末が文化祭でさ。先週の土曜のホームルームのときに、そのための話しあいがあったんだ。出し物とかのことを」
僕はあすかに、先週から今週にかけての一大イベントについて、かいつまんで説明してやった。ただし、こころにかんする部分には、触れないようつとめた。
「女の子が、メイドさんの格好で接客をしてくれる喫茶店のことだけど……。あれ、もしかして、メイド服もしらない?」
「ううん、それは知ってるよ。コスプレの衣装でしょ? 生きてたころに、テレビで見たことがある。へえ、でも、こっちじゃそんなのが流行ってたんだぁ」
どうやら、あすかは『メイド喫茶』というものをしらなかったようである。
「……で、昨日は女の子たちと、メニューの試食会をひらいてみたわけ。まあ、僕はほとんど味見係みたいなもんで、最後にちょっとだけ、練習で作らせてもらったていどだけどね」
あえて、女の子たちというふうに、大雑把な言いかたをしてみた。あすかも、僕がなぜそう言っているのかは理解しているようで、相手がだれなのかは聞いてこなかった。
「メニューって、どんな?」
「炊飯器をつかったホットケーキと、スイートポテト、それにフルーツパフェだね。僕はてっきり、お菓子作って、ものすごくたいへんな作業なんだとばかり思ってたから、緊張していたんだけどさ。むこうも経験のない人間がやることを計算にいれて、簡単にできるメニューを考えてきてくれたみたいだよ」
おもに、自分が作ったときの印象を中心に、説明してみた。
ひとつ、気になることがあった。パフェについてである。
以前、この子といっしょに商店街におもむいたとき、たまたま幸と徹子ちゃんの二人連れに遭遇したことがあった。流れで、カフェ・ジョルノに繰りだすことになったのだが、料理を注文する段になって、あすかはいきなり『イチゴパフェが食べたい』と駄々をこねてきたのである。
そのときは、この子の様子が、もっとほかの部分でいろいろとおかしかった――幸に抱きついて泣き叫んだりとか――こともあり、パフェについては、おそらく生前の好物だったのだろうというぐらいで、あまり深く考えてはいなかった。
しかし、昨日はじめて知ったのだが、イチゴパフェはこころの得意料理というか、得意菓子だったのである。
「とくに、感心したのは、最後のフルーツパフェだったよ。なにしろ、みんなの目のまえで、あっというまに作ってくれたんだから。しかも、それでいて、味も見ためもふつうにパフェなんだぜ? 文化祭は缶詰をつかうしかないけど、あれ、生の果物だったらもっとおいしいだろうね」
さりげなく、僕はあすかの表情を観察していた。
「イチゴをたっぷり使って、イチゴパフェとか、いい感じなんじゃないかな」
もしかしたら、なんらかの反応をしめすのでは。そう考えての、話題の誘導のつもりだった。これで、すこしでもあすかの秘密がわかれば、こんごの対応をはかるうえでも、やりやすくなると思ったのである。
もっとも、そこまでいうほど期待していたわけでもなかったのだが、あすかの返事は、かなり意外なものだった。
「いいなあ。アタシも幸さんのパフェ、食べたかったなあ」
「えっ」
幸? こころではなく? 一瞬、僕は混乱した。
「どったの? 公平」
「い、いや……。おほん。結局、今日の話しあいで、パフェとスイートポテトがメニューにはいることに決まったよ。ホットケーキは、残念ながら没になった。せっかく練習したんだけどね」
とりあえず、ごまかしてみた。
それにしても、ふしぎな話である。僕はその場にいた人間の名前も、パフェを作ったのはだれかということも、一言もいっていない。なのにどうして、あすかは『幸がパフェをつくった』と勘違いしてしまったのだろう。
たとえば、あすかと幸が、どこか僕のしらない場所で出会っていたとする。そこで、この子は相手から手製のイチゴパフェをご馳走してもらい、……うーん?
なにか、違う気がした。だいいち、昨日の幸の口ぶりからして、彼女はパフェの作りかたをしらなかったはずだ。
わからない。
あすかには、わからないことが多すぎる。
そもそも、この子はなぜ、こころと顔が似ている?
なぜ、僕や幸を、以前から知っているかのような態度をとっていた?
いったい、あすかは……。
「公平、うわの空」
はっと、われに返った。あすかが、ぷくっと頬をふくらませている。
「ご、ごめん。ちょっと考えごとをしてた」
どうもいけない。最近、こういうことが多いのだ。うわの空で他人と話すのは失礼だし、場合によってはよけいな心配をかけてしまう。改めなければと思った。