表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
第六章 動きだした未来
110/210

第百六話 九月二日(日)試食会

 昼食は、スパゲティやサラダなどのごく軽いものが中心だった。食べながら、僕たちは桐子さんにメイド服のことを相談してみた。

「メイド服って、ふつうの服に比べて装飾が多いから、大変なのよ? だいじょうぶなの?」

「それはわかっていますが、自分たちの文化祭ですから、やれるだけはやってみたいです」

 僕たちが口々に覚悟のほどをのべると、桐子さんは材料の調達について、すぐに快諾してくれた。これで、もっかの懸案事項はメニューだけとなった。

 食事のあとは、いよいよ試食会である。もっとも、どちらかといえばデザートを作って食べるというような感じだった。そのために、昼食の量を調整していたので、胃には充分な余裕があった。

「ねえ、公平くんは、なにか考えてきたの?」

「料理は苦手なので……。今日はもっぱら、味見要員になります。いちおう、帰るまでには練習もさせていただく予定ではありますけど」

 これでも副委員なので、料理ができないなどとは言っていられなかった。多少なりと、手伝えなければ、さすがに恥ずかしい。

 さて、待っているあいだは暇である。なにかやれることでもないか、さもなければ見学をと思い、僕もみんなといっしょに台所にむかうことにした。

「ごめんね、こーへいしゃん。ひとが多いと、動きにくくなっちゃうから」

 台所の入り口で、追いかえされてしまった。『男子厨房に入らずだよ』といって笑うこころに、幸が『古風~』などと軽口をたたいている。

 しかたないので、もうしばらくのあいだ、リビングで桐子さんと雑談をさせていただくことにした。こんどは、成績や学級委員としての活動など、僕の学園生活についての話題がおもになった。

「……ところで、公平くん。ちょっとお願いがあるんだけど」

 とりとめなく会話をつづけていくうちに、ふと思いついたという感じで、桐子さんが携帯を持ち出してきた。

「メールアドレスを交換したいの。いいかな?」

「はい? ……あ、かまいませんけど」

 べつに、断る理由はなかった。

 やがて、女子たちが調理にむかってから三十分ほどたったころ、幸を先頭に、みんながリビングに戻ってきた。

「まずは、アタシからね」

 幸が持ってきた皿に乗っていたのは、……はて、なんだろう、これは? 焼き色の感じからして、ホットケーキのようではあるが、ちょっと奇妙な形をしている。

 というか、そもそも、幸は火をつかう料理はつくれないはずなのだが……。

「えっ、これ、幸が焼いたの?」

「ふっふーん、ま、とにかく食べてごらんよ」

 いわれて、僕はふたたび、くだんのホットケーキに目をおとすことにした。やはり、見ればみるほど、形がふつうのものと違っている。

 だいたいにおいて、ホットケーキというのは、フライパンに生地を薄く流して焼くものである。当然、形はフリスビーの円盤のごとくに平べったくなっていてしかるべきだ。

 ところが、このケーキは、かなり分厚いのである。また、扇形に切り分けられており、切断面を見ると、なにか四角っぽいものが混ぜこまれている感じだった。

 ともあれ、いつまでも皿とにらめっこしていてもしかたない。幸に失礼でもある。僕は意をけっして、ケーキをフォークでちいさくちぎり、口に運んでみた。

「あれ?」

 思ったより、もちもちとした食感だった。なかの四角いものは、サツマイモの角切りであるようだ。見た目どおり、あまりホットケーキっぽくない味だが、しっとりとしていて、これはこれで悪くない。

「じつは、炊飯器で炊いたんだ。これなら、公平にも簡単にできるし、作りながらほかの作業にだって入れるよ」

 ほう、そんなやり方があるのか。たしかに、これだったら、料理が苦手な男子にも作れそうだな。

 こころと委員長が、切りかたや、なかに混ぜるものについての案を出しあっている。トッピングや中身のバリエーションで、いくらでも種類を増やせるというのがおもしろかった。

 つづいては、委員長の番である。彼女がつくってきたのは、スイートポテトだった。

「ええ、このお菓子のいいところは、材料を混ぜたものを事前に冷凍しておけるという点ですね」

 テレビの料理番組の進行役を思わせる調子で、委員長がスイートポテトの魅力を語りはじめた。いわゆる『委員長口調』というやつである。彼女には、ふだんのおっとりおだやかな感じの喋りとはべつに、ホームルームの司会などといった改まった場面限定で、独特の丁寧な口調になる癖があるのだ。

「当日の早朝に冷凍しておいたのを、注文を受けてからオーブンにかければ、風味もそんなに落ちないと思いますよ」

「混ぜて焼くだけなんだ。たしかに、これだったら簡単かな」

 作りかたを聞いて、メモもとってみたが、とくに問題はなさそうである。味も、サツマイモのほくほく感と濃厚な甘さが絶妙で、じつにうまい。いかにも売り物になりそうな味だった。

「今回は、食感がのこるぐらいに粗くつぶしてみたけど、裏ごしして、もっとなめらかにしてもおいしいんですよ」

 笑顔で、委員長が解説をつづけている。こころが、いくつか質問をはさんでいた。あとで、自分でも作ってみる気なのかもしれない。

 委員長がおわると、つぎはこころの番だった。彼女がもってきたのは、クッキーとブランデーグラスだった。

 クッキーは、焼きたてという点をのぞけば、まえに学校に持ってきたのと、おなじような感じのものだった。ブランデーグラスは、なぜか空っぽだった。いまから、なにか飲み物でも注ぐつもりなのだろうか。

「えへへ……。ちょっとまっててね」

 いきなり、こころがクッキーを砕きはじめた。そうして、おおきめの破片をグラスの底に敷きつめていった。

 どうするのだろうと思って様子を見ていると、こころはいったん台所にもどり、ヴァニラ・アイスとミックス・フルーツの缶詰をとってきた。そして、砕いたクッキーのうえにアイスをひとかたまりのせ、その周辺をフルーツで飾りたてた。

 最後に、仕上げという感じでホイップ・クリームをかけ、チョコパウダーをふると、こころはようやくグラスを僕たちのまえに出してきた。

「おまたせしました。こころ特製、フルーツパフェです」

 おーっ、と女子ふたりが声をあげた。僕も、意外な展開に、驚きを感じていた。

「アイスのほかにも、プリンを使ってもおいしいよ。あと、ジャムとかをかけてもいいし」

 ただ並べて重ねただけなのに、味も見た目もパフェそのものである。店にすずみにきた客には、とくに受けそうだと思った。

 ひととおり、味見をおえると、こんどは僕が実地につくってみる段になった。教わりながらとはいえ、ほとんど料理の経験がないので、緊張してしまった。

「ほかにも仕事があるんだし、男のひとはむりに調理をやらなくてもいいと思うんだけどな……」

 きちんと教えてはくれているものの、どうやらこころは、僕が練習することについて、積極的に賛成しているわけではなさそうだった。

 ううむ、もしかして、本気で『男子厨房に入らず』の思想の持ち主だったのか?

「そりゃ、公平が料理できるようになったら、ココは弁当つくってあげられなくて困るもんね~」

「こーへいしゃんは、こころが作ったご飯以外は食べてはダメなんでしゅう! ……みたいな。愛っていうより独占欲? ヤンデレだよ、ヤンデレ」

 台所に、笑い声が巻き起こった。

「そ、そんなのじゃないよ。だって、慣れてないと怪我をするかもしれないし」

 あわてたように、こころが釈明をしている。とりあえず、僕は聞いていないふりをして、黙々と作業をつづけることにした。

 調理そのものは、試食のときの印象どおり、それなりに楽にこなすことができた。もとより、経験のない人間が作ることを想定して選ばれたメニューなので、包丁をつかう場面もほとんどないのである。

 パフェだけは、クッキーを焼くのが大変なので、コーンフレークで代用したが、それだけだった。こころのオリジナルと比べて、いうほど味が悪くなったりもしていない。

 ひとつ、なにか問題があるとすれば、盛りつけの綺麗さで個人差が出そうだという点であるが、そのあたりは練習すればなんとかなるだろう。

 すべての試食がおわると、さすがに腹がいっぱいになったので、リビングでくつろがせてもらうことになった。

「けど、さっきのパフェは勉強になったなあ。アタシ、火を使う料理ができないから、ほかの道具を工夫しなきゃってずっと思ってたんだ。あんなふうに、混ぜるだけみたいなのでもよかったなんてねえ」

 感心したように、幸がいった。

「今日は文化祭用だから缶詰をつかったけど、生の果物のほうがもっとおいしいんだよ。こころ、イチゴが大好きだから、よくたっぷりイチゴのイチゴパフェを作ったりするの」

「へえ、いいねえ、それ。アタシもやってみようかな」

 なるほど、イチゴパフェか。それはおいしそうだ。

 ――そう思いかけ、しかし、僕はふと引っかかりを覚えた。イチゴ? イチゴ、……イチゴパフェだって?

「なあに? こーへいしゃん」

 声をかけられて、僕ははっとした。どうやら、気づかないうちに、こころをじっと見つめてしまっていたらしい。彼女はふしぎそうに小首をかしげている。

「い、いや、その……。イチゴパフェ……」

 思わずうろたえてしまい、もぐもぐと口ごもってしまった。こころは、つかのまきょとんとしたような表情をうかべていたが、すぐににっこりとほほえんだ。

「こんど、作ってあげるね」

「あ、あはは。お願いします……」

 なんとかごまかせたようだ。僕はほっと胸をなでおろした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ