第百六話 九月二日(日)試食会
昼食は、スパゲティやサラダなどのごく軽いものが中心だった。食べながら、僕たちは桐子さんにメイド服のことを相談してみた。
「メイド服って、ふつうの服に比べて装飾が多いから、大変なのよ? だいじょうぶなの?」
「それはわかっていますが、自分たちの文化祭ですから、やれるだけはやってみたいです」
僕たちが口々に覚悟のほどをのべると、桐子さんは材料の調達について、すぐに快諾してくれた。これで、もっかの懸案事項はメニューだけとなった。
食事のあとは、いよいよ試食会である。もっとも、どちらかといえばデザートを作って食べるというような感じだった。そのために、昼食の量を調整していたので、胃には充分な余裕があった。
「ねえ、公平くんは、なにか考えてきたの?」
「料理は苦手なので……。今日はもっぱら、味見要員になります。いちおう、帰るまでには練習もさせていただく予定ではありますけど」
これでも副委員なので、料理ができないなどとは言っていられなかった。多少なりと、手伝えなければ、さすがに恥ずかしい。
さて、待っているあいだは暇である。なにかやれることでもないか、さもなければ見学をと思い、僕もみんなといっしょに台所にむかうことにした。
「ごめんね、こーへいしゃん。ひとが多いと、動きにくくなっちゃうから」
台所の入り口で、追いかえされてしまった。『男子厨房に入らずだよ』といって笑うこころに、幸が『古風~』などと軽口をたたいている。
しかたないので、もうしばらくのあいだ、リビングで桐子さんと雑談をさせていただくことにした。こんどは、成績や学級委員としての活動など、僕の学園生活についての話題がおもになった。
「……ところで、公平くん。ちょっとお願いがあるんだけど」
とりとめなく会話をつづけていくうちに、ふと思いついたという感じで、桐子さんが携帯を持ち出してきた。
「メールアドレスを交換したいの。いいかな?」
「はい? ……あ、かまいませんけど」
べつに、断る理由はなかった。
やがて、女子たちが調理にむかってから三十分ほどたったころ、幸を先頭に、みんながリビングに戻ってきた。
「まずは、アタシからね」
幸が持ってきた皿に乗っていたのは、……はて、なんだろう、これは? 焼き色の感じからして、ホットケーキのようではあるが、ちょっと奇妙な形をしている。
というか、そもそも、幸は火をつかう料理はつくれないはずなのだが……。
「えっ、これ、幸が焼いたの?」
「ふっふーん、ま、とにかく食べてごらんよ」
いわれて、僕はふたたび、くだんのホットケーキに目をおとすことにした。やはり、見ればみるほど、形がふつうのものと違っている。
だいたいにおいて、ホットケーキというのは、フライパンに生地を薄く流して焼くものである。当然、形はフリスビーの円盤のごとくに平べったくなっていてしかるべきだ。
ところが、このケーキは、かなり分厚いのである。また、扇形に切り分けられており、切断面を見ると、なにか四角っぽいものが混ぜこまれている感じだった。
ともあれ、いつまでも皿とにらめっこしていてもしかたない。幸に失礼でもある。僕は意をけっして、ケーキをフォークでちいさくちぎり、口に運んでみた。
「あれ?」
思ったより、もちもちとした食感だった。なかの四角いものは、サツマイモの角切りであるようだ。見た目どおり、あまりホットケーキっぽくない味だが、しっとりとしていて、これはこれで悪くない。
「じつは、炊飯器で炊いたんだ。これなら、公平にも簡単にできるし、作りながらほかの作業にだって入れるよ」
ほう、そんなやり方があるのか。たしかに、これだったら、料理が苦手な男子にも作れそうだな。
こころと委員長が、切りかたや、なかに混ぜるものについての案を出しあっている。トッピングや中身のバリエーションで、いくらでも種類を増やせるというのがおもしろかった。
つづいては、委員長の番である。彼女がつくってきたのは、スイートポテトだった。
「ええ、このお菓子のいいところは、材料を混ぜたものを事前に冷凍しておけるという点ですね」
テレビの料理番組の進行役を思わせる調子で、委員長がスイートポテトの魅力を語りはじめた。いわゆる『委員長口調』というやつである。彼女には、ふだんのおっとりおだやかな感じの喋りとはべつに、ホームルームの司会などといった改まった場面限定で、独特の丁寧な口調になる癖があるのだ。
「当日の早朝に冷凍しておいたのを、注文を受けてからオーブンにかければ、風味もそんなに落ちないと思いますよ」
「混ぜて焼くだけなんだ。たしかに、これだったら簡単かな」
作りかたを聞いて、メモもとってみたが、とくに問題はなさそうである。味も、サツマイモのほくほく感と濃厚な甘さが絶妙で、じつにうまい。いかにも売り物になりそうな味だった。
「今回は、食感がのこるぐらいに粗くつぶしてみたけど、裏ごしして、もっとなめらかにしてもおいしいんですよ」
笑顔で、委員長が解説をつづけている。こころが、いくつか質問をはさんでいた。あとで、自分でも作ってみる気なのかもしれない。
委員長がおわると、つぎはこころの番だった。彼女がもってきたのは、クッキーとブランデーグラスだった。
クッキーは、焼きたてという点をのぞけば、まえに学校に持ってきたのと、おなじような感じのものだった。ブランデーグラスは、なぜか空っぽだった。いまから、なにか飲み物でも注ぐつもりなのだろうか。
「えへへ……。ちょっとまっててね」
いきなり、こころがクッキーを砕きはじめた。そうして、おおきめの破片をグラスの底に敷きつめていった。
どうするのだろうと思って様子を見ていると、こころはいったん台所にもどり、ヴァニラ・アイスとミックス・フルーツの缶詰をとってきた。そして、砕いたクッキーのうえにアイスをひとかたまりのせ、その周辺をフルーツで飾りたてた。
最後に、仕上げという感じでホイップ・クリームをかけ、チョコパウダーをふると、こころはようやくグラスを僕たちのまえに出してきた。
「おまたせしました。こころ特製、フルーツパフェです」
おーっ、と女子ふたりが声をあげた。僕も、意外な展開に、驚きを感じていた。
「アイスのほかにも、プリンを使ってもおいしいよ。あと、ジャムとかをかけてもいいし」
ただ並べて重ねただけなのに、味も見た目もパフェそのものである。店にすずみにきた客には、とくに受けそうだと思った。
ひととおり、味見をおえると、こんどは僕が実地につくってみる段になった。教わりながらとはいえ、ほとんど料理の経験がないので、緊張してしまった。
「ほかにも仕事があるんだし、男のひとはむりに調理をやらなくてもいいと思うんだけどな……」
きちんと教えてはくれているものの、どうやらこころは、僕が練習することについて、積極的に賛成しているわけではなさそうだった。
ううむ、もしかして、本気で『男子厨房に入らず』の思想の持ち主だったのか?
「そりゃ、公平が料理できるようになったら、ココは弁当つくってあげられなくて困るもんね~」
「こーへいしゃんは、こころが作ったご飯以外は食べてはダメなんでしゅう! ……みたいな。愛っていうより独占欲? ヤンデレだよ、ヤンデレ」
台所に、笑い声が巻き起こった。
「そ、そんなのじゃないよ。だって、慣れてないと怪我をするかもしれないし」
あわてたように、こころが釈明をしている。とりあえず、僕は聞いていないふりをして、黙々と作業をつづけることにした。
調理そのものは、試食のときの印象どおり、それなりに楽にこなすことができた。もとより、経験のない人間が作ることを想定して選ばれたメニューなので、包丁をつかう場面もほとんどないのである。
パフェだけは、クッキーを焼くのが大変なので、コーンフレークで代用したが、それだけだった。こころのオリジナルと比べて、いうほど味が悪くなったりもしていない。
ひとつ、なにか問題があるとすれば、盛りつけの綺麗さで個人差が出そうだという点であるが、そのあたりは練習すればなんとかなるだろう。
すべての試食がおわると、さすがに腹がいっぱいになったので、リビングでくつろがせてもらうことになった。
「けど、さっきのパフェは勉強になったなあ。アタシ、火を使う料理ができないから、ほかの道具を工夫しなきゃってずっと思ってたんだ。あんなふうに、混ぜるだけみたいなのでもよかったなんてねえ」
感心したように、幸がいった。
「今日は文化祭用だから缶詰をつかったけど、生の果物のほうがもっとおいしいんだよ。こころ、イチゴが大好きだから、よくたっぷりイチゴのイチゴパフェを作ったりするの」
「へえ、いいねえ、それ。アタシもやってみようかな」
なるほど、イチゴパフェか。それはおいしそうだ。
――そう思いかけ、しかし、僕はふと引っかかりを覚えた。イチゴ? イチゴ、……イチゴパフェだって?
「なあに? こーへいしゃん」
声をかけられて、僕ははっとした。どうやら、気づかないうちに、こころをじっと見つめてしまっていたらしい。彼女はふしぎそうに小首をかしげている。
「い、いや、その……。イチゴパフェ……」
思わずうろたえてしまい、もぐもぐと口ごもってしまった。こころは、つかのまきょとんとしたような表情をうかべていたが、すぐににっこりとほほえんだ。
「こんど、作ってあげるね」
「あ、あはは。お願いします……」
なんとかごまかせたようだ。僕はほっと胸をなでおろした。