第百二話 九月一日(土)放課後 2
夕方まで話しあいをかさね、たいていのことは決定したのだが、ひとつだけ、重要な案件がのこった。喫茶店で提供するメニューについてである。
文化祭の模擬店であっても、お金をもらって食品を出す以上、保健所への届出が必要になってくる。事前、それもできるだけ早いうちに、メニューや調理場所、材料の仕入れさき、店のレイアウトなどの細かい情報をそろえなければならないのだ。
もちろん、好きな料理が出せるわけでもなく、たとえば加熱していないものはダメだし、ご飯もダメ等、いろいろ制約があるらしかった。
「それでは、今日はこのへんで解散します。メニューについては、条件が厳しいですが、各自で候補を考えてもらえると助かります」
委員長が、ぺこりとお辞儀をした。それを合図に、みんながいっせいに帰り支度をはじめた。
「帰ろ、こーへいしゃん」
「ああ、ちょっと待っててね」
僕が自分の席で荷物をまとめていると、そこに幸と委員長がやってきた。
「ココぉ、公平も、ちょっといい? あしたなんだけどさ」
幸がいうには、あす日曜日にこの四人で喫茶店のメニューを考え、できるなら試食会もしてしまおうとのことだった。
「ほかの子たちも、自分たちで集まってやってみようっていう流れになってるみたいだし、ならわたしたちもと思って。どう? 廣井くん」
周囲をみわたすと、たしかに女子たちが数人ずつのグループに分かれて、なにごとか話しあっているようだ。
「べつに、かまわないよ。こころは?」
「予定はないけど……」
こころが、顎のあたりに左手の人差し指の先端をくっつけて、小首をかしげている。
はて、どうしたのだろう。なにか、気になることでもあるのかな?
疑問に思い、じっと様子を眺めていると、こころはいきなり顎から指をはなして、パチンとキレのいい音を鳴らした。フィンガー・スナップというやつである。
「えっと、あしたはみんなでこころのお家にこない?」
そうして、笑顔でそんなことを言い出した。
「おっ、いいねえ」
「うん、そうね。ココちゃんのところならお台所も広いし」
たしかに、試食会をするなら、こころのマンションのほうがやりやすいかもしれない。趣味が料理ということで、設備や調味料などもそろっているだろう。
しかし……。
「まって、こころ。ご家族のつごうは? せっかくの休みなのに」
彼女のご両親は、毎日かなり忙しく働いていると聞いている。母親は帰宅が午前になることがしょっちゅうだそうだし、父親にいたっては、ふだんから会社で寝泊りしているとかで、家にいるのは週にいちど、日曜だけらしいのだ。そういうたまの休日に、大勢で押しかけるのは、あまりよくないのではないだろうか。
「パパはあした、職場の同僚さんとおでかけしちゃうから……。それと、ママは最近、お仕事が一段落ついたみたいで、この何日かはそこまで忙しくないみたい。どうせ、メイド服の材料のことをお願いしないとだし、みんなで説明したほうが、まちがいがなくていいと思う」
ありゃ、なんだ。だったら、とりあえずは問題ないのかな。
「じゃあ、会場はココちゃんちで決まりね。……そういえば、廣井くんはもうココちゃんのご両親には挨拶はすませたんだっけ?」
ふと、思い出して気になったというように、委員長が質問をしてきた。
「ご、ご両親というか、お母さんに、だね。お父さんとはまだ会ってないよ」
いいながら、僕はしらず、枕に顔を埋めて転がりたいような気分におちいっていた。