第九十九話 九月一日(土)ホームルーム 1
実行委員たちからの説明には、とくにこれという問題は感じられなかった。
すくなくとも、僕と委員長は昨年に経験済みであるため、おおまかな流れはだいたい把握しているのである。やはり、今年は準備期間が短いことだけが、懸念すべき点だといえた。
教室にもどると、すでにクラスメイト全員がそろっていた。
今日は、始業式のほかにふつうの授業もある。
ちょっと変則的なことに、高等部では一時間めがホームルーム、二・四時間めが授業で、三時間めが始業式ということになっていた。
これは、学生数が多いため、時間差で式典をおこなわなければならないということと、授業時間を確保することを両立させるための、いわば苦肉の策であるらしい。
先生がたも工夫しているなあという感じではあるが、始業式を授業のあとにやったら、式典の意味がないのではという気もしないではなかった。
やれやれ、今日が式だけで、あとは休みとかだったら、こんなに慌てなくてもいいのだけどな。
ともあれ、ホームルームである。やらなければならないことは多く、ぼやぼやしていると、まにあわなくなるかもしれない。僕と委員長は手分けしてプリントを配布し、同時に夏休みの直前に配っておいたアンケート用紙を回収した。
「みんなに休みまえに連絡しておいたかと思いますが、今年は文化祭の準備時間があまりとれません。できるだけ、このホームルームで決められることは決定してしまいたいので、さっそくですが、多数決で候補をしぼることにします」
委員長の凛とした声がひびくと、教室がすこしざわついた。
「いまから順に、アンケートの回答を読みあげていきます。ひととおり案が出揃ったら、挙手で集計をとりますので」
僕の役目は、黒板書記である。
「演劇。なにか童話を原作にして、おとな向けにアレンジしたものをやりたいです。……ゲイバー。やっぱ文化祭といえばこれでしょ。……喫茶店。休憩所を兼ねた感じにしたい」
この『喫茶店』というのは、僕の回答である。それにしても、いろいろな案があるものだな。さすがに、ゲイバーはどうかという気がするが。
ふざけたような案についても、委員長は口調をくずしたりはせず、まじめに読みあげていた。
「お好み焼き屋。飲食店はもうかるらしい。……つぎは、えっ」
と思ったら、一瞬、委員長がとまどったような声をあげた。はて? どうしたのだろうか。しかし、彼女はすぐに、気をとりなおしたようにつづけた。
「おほん。なにかかわいい服が着られることがしたいです。綺麗なお洋服」
なんだそりゃ。案じゃなくて、ただの要望じゃないか。だれだよ、いったい。思わず、僕は委員長の背中ごしに、アンケート用紙の名前欄を確認してしまった。
――堤こころと、書いてあった。
ええと、とりあえず、書式は守ってほしかったなあ。
苦笑しつつ、僕は黒板に『かわいい服』と書いた。
「はい、では挙手をお願いしますね。廣井くん、集計を」
重複した案をまとめ、黒板に『正』の字を書きこんでいく。票があつまったのは『バザー』『読書ルーム』『喫茶店』のみっつだった。
さきほどの『かわいい服』というのは、なんら具体性がないため、残念ながらだれも手を挙げなかった。案を出した当人ですら『やっちゃった、どうしよう』というような表情をうかべて、もじもじしていただけだったので、当然といえば当然かもしれない。
いずれにしても、時間は有限である。すぐに、発案者代表によるプレゼンをおこない、クラス全体の出し物を決めなければならない。ひとまず、さきにあげたみっつの案の提出者たちの名前を呼び、まえに出て来てもらった。
喫茶店の案を出したのは、僕をふくめ、五人だった。
「どうする? ジャンケンで、だれが代表をするか決める?」
そう僕がいうと、ほかの全員が、いっせいに首をよこにふった。
「廣井でいいだろ。副委員なんだし」
「さんせー。あたし、人前に出てしゃべるの慣れてないし。やっぱ副委員だよ、副委員」
副委員に、なんの関係があるというのか。結局、あたりまえのように僕が代表をつとめることになった。
バザーは幸が、読書ルームは委員長が、それぞれ代表になったようである。
最初のプレゼンは、幸のバザーからだった。