第九十六話 九月一日(土)早朝 2
「あの、それはどういう?」
怪訝そうな顔をむけてくる徹子ちゃんにたいし、僕はある種の感慨のようなものをいだいていた。
年下の幼なじみである徹子ちゃんは、僕にとっては妹のような存在である。その彼女に、これから自分の恋愛観とでもいうべきものを語ってきかせようというのだ。はじめから、そういう前提で現れているあすかとちがい、本来なら、気恥ずかしさなどを感じてもおかしくないシチュエーションのはずである。
ところが、いまの自分のなかに、そのことにたいする抵抗感が、まるでないのだ。
まえに、おたがいの失恋について、徹子ちゃんと話しあった。彼女が委員長に悩みを相談したときのことだ。あれがおおきかったのだと思う。そして、ゴーと蛍子さんについての一連のできごとも。
ずっと、子供のように考えていたが、自分のなかで、徹子ちゃんにたいする見方が変わったと感じる。はっきりと、彼女はおとなになったと思える。
だから、いまからいうことも、きっとわかってくれるはず。僕はそう信じた。
「こころには、こちらから好きになって、つきあってほしいと思ったから、お願いして恋人になってもらったんだ」
胸を張って、僕は力強く言い切ってみせた。
「だれかの代わりとかじゃない。幸はたしかに大切な友だちだけど、いま僕が好きなのは、まちがいなくこころなんだよ」
じつに、いい感じだと思った。校舎の屋上から、在校生全員にむかって大声で主張したい。そんな気分だった。
「はあ、そうですか」
徹子ちゃんは、一瞬あっけにとられたような表情をうかべた。だが、すぐに不審そうに眉をひそめた。
「……え? でも、でも、もともと幸さんという好きなひとがいて、そちらを諦めてこころさんのほうにいったわけですよね? だったら、同じことじゃ」
「違うんだ、徹子ちゃん」
思ったとおりの反応だった。なにしろ、徹子ちゃんには、ずっとゴーという恋愛感情をむける対象がいたのである。そのため、ほかのだれかを好きになるということが、知識としてはともかく、感覚として理解できないでいるのだろう。すこしまえの僕がそうだったから、よくわかる。
「たしかに、初恋の相手とむすばれなかったわけだから、そこは残念な結果だったと思う。けどね、いまはあたらしくこころを好きになって、胸だってときめくし、しあわせだとも感じるんだ。片思いじゃなくて両思いだってことを考えあわせれば、幸のときよりもずっと強く、ね」
さすがに、臆面もなくのろけすぎだと、自分でも思う。それでも、僕は言葉をつづけた。彼女に、伝えたいことがあるのだ。
「ひとを好きになるってのは、相手がどうとかいうよりも、きっと自分のなかのことなんだと思う。たとえば徹子ちゃんだって、これからゴー以外のだれかに気持ちをむけることも、そいつとつきあうことも、充分にありえるんだよ?」
「ちょ、やだ、なんでいきなりわたしの話になるんですか」
えらそうにこんなことを言ってはいるが、もちろん僕ひとりでそういうふうに考えられるようになったわけではない。
幸への思いをふんぎることも、こころへの自分の気持ちに気づくことも、周囲のひとたちが導いてくれたからこそ、できたことである。さもなければ、失恋の感情におぼれたまま、ずっとうじうじと沈んでいたことだろう。
そして、いまは、僕がしてもらったように、徹子ちゃんのために『周囲のひと』になってあげるべき場面なのだ。
わかってくれたのかどうか、徹子ちゃんはなにか考えこんでいる様子だった。