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冥王星の少女 -the phantom girl of absolute zero-  作者: 草原猫
プロローグ 初恋のおわり
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第一話 回想 遠いむかしの話

 いまから十二年ほどまえ、僕が五歳だったときの話である。

 当時の僕は、暗くなるまで屋外で駆けまわっているような子供だった。体をうごかすのが好きで、よく近所の年のちかい子たちと、鬼ごっこやかくれんぼなどをして遊んでいたものだった。

 だから、たぶんその日も、ふだんとおなじように飛びまわっていたのだろうと思う。そして、おそらくはうっかりと、高い場所から落ちてしまったのだ。

 結果、その場で動けなくなり、僕は三ノ杜市役所のそばにある市営の総合病院へとかつぎこまれた。骨折との診断がくだされ、すぐに入院ということになった。

 なにしろ、ちいさな子供の大怪我である。つきそいで、母親もいっしょに寝泊りしてくれたはずだし、それにともなうささやかな生活上のドタバタも、当然あったかと思われる。

 だが、そういった入院中のこまかいできごとを、僕はほとんどおぼえていなかった。

 子供だったから、記憶があいまいになったとかではない。むしろ逆だった。とある衝撃的な思い出に、すべて上書きされてしまい、そのほかのことが残っていないのである。

 まさしく、それはまばゆい光に掻き消されたと形容すべき鮮烈さだった。

 病院に、妖精がいたのである。

 あれは、ユキウサギの精だ。ひとめ見て、僕はそう思った。その時期に好きだった絵本だか童話だかに、そういうキャラクターの出てくるものがあったのだ。

 ふわふわのやわらかそうな服をまとい、つば広の帽子をかぶった、ちいさな、ほんとうにちいさな女の子。彼女は、膝をかかえるようにして泣いていた。

 髪も、着ている服も、肌も、なにもかもが乳色だった。声をかけると、顔をあげてこちらを見かえしてきた。その瞳の色は赤かった。

 やっぱりユキウサギの精だ。僕はそう確信すると、おもむろに持っていた飴玉を彼女へと差しだした。

 自分よりちいさな子供にはやさしくしなさい。女の子は大切にしなさい。母親から、そうしつけられていたのである。まして、むこうは泣いていて、こちらのポケットのなかに飴玉がはいっていたのだ。その場にいたら、だれだって似たようなことをしただろう。

 ユキウサギの精は、ゆれる瞳でこちらをながめていたが、やがて飴玉を受けとると『ありがとう』といった。ちいさな外見に反して、ふしぎに感じるほどしっかりした声だった。

 たしか、そのときは飴玉を食べながら、しばらくのあいだ話をしたような気がする。話題がなんだったのかはおぼえていない。当然のことではあるが、ちかくには、こちらの母親と相手の母親もいたはずだった。

 つぎに、彼女と会ったのは、僕の病室だったと思う。

 ベッドのそばまで、ユキウサギの精が歩いてきたのである。手に、きざんだリンゴの盛られた皿を持っていた。

 彼女はそのなかから、ひと切れのリンゴを選んでフォークを突きさすと、僕の口もとまで運んできた。

 はい、あーん。

 ひとにうれしいことをしてもらったら、おかえしをすること。これは、あめだまのおれい。彼女はそういって、えっへんとばかりに胸をはった。

 よかったね、こーちゃん。お姉ちゃんに、リンゴを食べさせてもらって。僕の母親が、そんなことをいった。

 おねえちゃん? 僕は混乱した。相手は、ちいさな妖精ではなかったのだろうか。

 ようやくそのときになって、驚愕の事実が判明したのである。なんと、彼女は人間で、しかも僕よりひとつ年がうえ、すなわち小学一年生だったのだ。

 まだ幼い僕には、信じられない話だった。なにか負けてしまいそうな気がして、思わず彼女に、ちょうど手もとにあったおやつのお菓子をひとつ、差しだしていた。

 ひとにうれしいことをしてもらったら、おかえしをすること。これはりんごのおれい。あげる。

 相手はつかのま、ちょっとむずかしい顔をして、お菓子を見つめていた。しかし、やがて受けとると『ありがとう』といって去っていった。

 三度めに彼女と会ったのは……いつだったかな。翌日だったかもしれないし、数日ほどたってからだったかもしれない。

 とにかく、彼女はまたしても僕に会いにきた。腕に、絵本をかかえていた。

 ひとにうれしいことをしてもらったら、おかえしをすること。これはおかしのおれい。あげる。

 はっきりいって、困ってしまったのをおぼえている。しかし、もうあとには引けなかった。お返しに、僕もお気に入りだった絵本を彼女にあげることにした。

 以来、彼女はこちらの病室に遊びにくるたびに、あたらしいお礼の品物を持ってくるようになった。

 ときには、絵本の読みきかせをしてくれることで、お礼のかわりにすることもあった。僕はといえば、おやつや折り紙をあげることでお返しをした。

 ところが、そういうことが、いくどとなくつづいていくうちに、彼女はお礼の品物が用意できなくなってしまった。なぜそうなったのか、理由はよくわからない。たいしたことではなかったのかもしれない。

 ただ、むこうがくやしがって泣きだしてしまったので、僕は彼女をなぐさめるために、お願いをすることにした。

 おれいに、ともだちになってください。

 その言葉を聞いたときの彼女の笑顔を、僕は一生わすれないだろうと思う。すでに、相手が人間の女の子だとわかっていたはずなのに、それでも妖精のように見えたのだ。

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