同じ優しさは、同じ意味じゃない
次の日の朝。
教室に入った瞬間、違和感があった。
何が変わったわけでもない。
でも、視線の流れが、ほんの少し違う。
澪は前を向いている。
ひなたは友達と話している。
俺はいつも通り席に座る。
ただ――
三人の間に、見えない線が引かれている。
午前の休み時間。
澪が立ち上がり、俺の机の横に来る。
「黒川」
「うん?」
「今日、部活ある?」
「ないけど」
「……そっか」
少し間がある。
「じゃあ、放課後……」
そこまで言った瞬間、後ろから声。
「黒川くーん」
ひなた。
軽い足取りで近づいてくる。
「今日さ、帰りに寄り道しよ?」
澪の言葉が止まる。
ひなたは、気づいている。
でも、知らないふりをする。
「黒川くん、昨日言ってたカフェ、気になるって言ってたよね?」
言ってない。
でも、否定するタイミングがない。
澪は、静かに俺を見る。
「……黒川」
その呼び方が、少しだけ低い。
俺は、喉を鳴らす。
「……二人とも」
視線が、同時に向く。
選ばないといけない空気。
でも、前回と同じことはできない。
澪は、目を逸らさない。
ひなたは、笑顔を崩さない。
俺は、ゆっくり言う。
「今日は……少し時間、分けられる」
二人の表情が、同時に揺れた。
「……分ける?」
ひなたが小さく言う。
「先に、ひなたと寄り道して」
澪の視線がわずかに揺れる。
「そのあと、澪と少し話す」
空気が、静かに凍る。
“平等”という選択。
でも、それは優しさじゃない。
澪は、ゆっくり息を吐いた。
「……わかった」
ひなたも、笑ったまま頷く。
「うん、いいよ」
でも、その笑顔の温度が違う。
放課後。
ひなたとカフェに入る。
彼女は明るく振る舞う。
昨日より少しだけ、大げさに。
「黒川くんってさ」
「うん?」
「平等主義者?」
「……そんなつもりはない」
「でもさ」
ひなたはストローをくるくる回す。
「分けるって、そういうことでしょ?」
言葉が刺さる。
「誰も傷つけない方法、探してるんだよね」
俺は、答えない。
ひなたは、少しだけ視線を落とす。
「優しいね」
その言葉は、褒めていなかった。
その後、澪と合流。
図書室裏。
澪は、静かに立っていた。
「……遅くない?」
「ごめん」
「謝らなくていい」
澪はそう言いながらも、目は少し冷たい。
「ひなたと、楽しかった?」
答えに迷う。
「……普通」
「そっか」
澪は、少しだけ笑う。
「黒川は、全部“普通”にするんだね」
その一言が、胸に残る。
「ねえ」
澪は、まっすぐ見る。
「黒川の優しさって、誰のため?」
答えが出ない。
沈黙が落ちる。
澪は、ゆっくり言う。
「同じ優しさを向けられると」
少し間。
「自分が特別じゃない気がする」
その言葉は、静かだった。
でも、はっきりしていた。
帰り道、俺は思う。
平等は、安心を生むと思っていた。
でも――
恋に近づく感情は、平等を求めない。
優しさは、同じ形をしていても、同じ意味にはならない。
そして俺は、まだそれを理解しきれていない。
スマホが震える。
【朝比奈玲奈】
『今日は少し空気が重いね』
俺は、苦笑する。
誰も怒っていない。
誰も泣いていない。
でも、確実に何かが変わり始めている。
それは、壊れる音ではない。
――歪み始める音だ。




