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遅刻ギリギリの時間に起きた私はいつものように慌ただしい朝を過ごしなんとか始業前にたどり着くことができた。

ふと時計を見ると講義の三十秒前、なんとなくカウントをとる。

15、12、3、2、1

1を数えた瞬間、扉が自然に開きヒールの音が静かな広い講堂に響いた。その瞬間私含めみんなの背筋が伸びる。

 シンプルなアクセサリー類がしゃらりと揺れ、全身から滲む自信というかオーラがすごいスペルタ教授が教壇に立つ。

「愚かな諸君、ごきげん如何かな。課題は当然やってきているだろうね。では始めるとしよう」

 スペルタ教授が教える古学とは簡単に言うと歴史を学ぶ学問で、言語学の要素兼ねていた。私たちは主に歴史と古代魔術言語を学ぶことを目的としている。スペルタ含む専門家たちが行うのは非常に綿密で高度な考証の連続だ。現代と古代では魔術言語が異なるためか、簡単な呪文を読み解くだけでも難しく、当時の賢者が残した日記や手記などは学園の生徒レベルでは到底太刀打ちできないと言われていた。

そんな常識を覆したのが当時14歳だったスペルタ教授その人だ。


スペルタは何者かと問われたら彼を知るものは皆、天才だと答える。なぜなら彼は学園に入学してたった三ヶ月で飛び級を重ねに重ね普通六年かかるカリキュラムを一年で終わらせたのからだ。それも平民だった彼が。

魔術師は血が全て。格の高い血筋であればあるほど適性があるとされ、ましてや平民など学園に入学出来ただけで御の字である。

建国から永く魔術という神秘を貴族だけで独占してきたこの国ではスペルタのような人材は稀であり、三百年に一度現れるか否かという確率なんだそうだ。

 今年度の初め、スペルタ教授が私たちの古学を受け持つと知った私は正直不安を抱えていた。だってそんな天才が行う説明など私のような凡人が聞いても理解不能に違いない、そう思っていたから。

しかしそんな予想は裏切られ、彼の講義とは普段の言動からは想像出来ないほど丁寧で学ぶ者に対して真摯であった。

まあ古学は難しいので苦手な自分にはさっぱりなわけだけれども。

頭の中でぐるぐるそんなことを考えているとスペルタ教授の切れ長の瞳と目が合う。

天才様は生徒の頭の中も読めてしまうようだ。

さっと目を逸らしだ私は板書を取ることに必死になった。そこからはもう、秒だ。

講義の最後で課題をいつも通り大量に申しつけた教授はその整った顔を終始緩めることなく講義の終了を告げる。

「今日はここまで。復習を怠るなよ」


 彼は白く綺麗な指を一振り、宙に浮かんでいた資料と講義の痕跡は何処かに消えた。

そしてスぺルダ教授は講義が終わると薄緑の長髪を揺らしながら、すぐに跳躍魔法で姿を消してしまう。


 あの人はいつも忙しそうで、隙がない。

「あーあ、やっと終わった。それにしてもなんであの天才様が講義なんてしてくれるんだろうねいつも不思議。エレノアは今日の内容理解できた?」

近くの席に座っていたアンドレアが机に突っ伏しながら話しかけてくる。今日も真っ赤な巻き髪がよく似合っていて可愛らしい。

「実はよく分からなかったんだよね、でも次の講義でまた解説があると思うよ」

「そうだけどさぁ、いま分かってないとスッキリしないんだよね」

アンドレアはノートの端を爪で丸めながら、ぶつぶつと講義の愚痴を話し出す。

「だいたいさ、古学なんて昔の文献引っ張り出していじくりまわしてるだけの学問じゃん。私たちが学ぶ必要ある?古代魔術言語とか今どき使う人いないよ」

「アンドレアがそれ言う?あなたの家門はほとんどその古代魔術言語含む魔法体系の研究者だしお家を継ぐには古学は必須なんだって聞いたことあるよ」

アンドレアはそれを軽やかに笑い飛ばし私に向かってウインクまでしてきた。

「あら、よく知ってるわね。エレノアって実は私のこと大好きでしょ?」

「はいはいウインクがお上手なことで。自分に都合の悪いことを言われるとすぐに誤魔化す癖、直したほうがいいと思う。でもアンドレアのこと大好きなのは、否定しないよ」

蜂蜜のような瞳に真紅の巻き髪、まるで薔薇の女王様みたいな彼女。アンドレア・ローゼシアは私の唯一無二の親友だ。

私は教材を鞄に入れながら、次の教科を確認する。次は薬学、教室が遠いので急がなければいけない。まだ何か言いたげで不満そうなアンドレアに声をかける。

「ほら、次は薬学なんだから急がなきゃ、アンドレアも早く片付けて。一緒に行こう!」 


 日は沈み始め、窓から差す光が茜に染まる頃。

6限の終わりを知らせる鐘がなり、私は大きく息を吐いて座りながら欠伸した。

やっと講義が全部終わったのだ。

それにしても今日は課題が多いから早く帰って机に向かわないと期限に間に合わないな。

それにしてもアンドレアはやっと講義が終わったばかりだというのに、もう次の予習を始めている。それを指摘するとエレノアこそ私よりも励むべきよ、と高めの可愛らしい声で言われてしまった。ど正論で何も言い返せない。

シャラン

「あれ、今何か聞こえた気がする」

周りを見渡しても何もない、強いて言えば怪訝な顔をするアンドレアだけ。

「ねえ足元見てみなさいよエレノア」

言葉に従い足元、を見ると茶色の何かがある。

「なにこの毛玉、さっきまで無かったよね」

などと二人で言い合っている間にふさふさとした毛玉はくるくると姿を変えて猫のような形に、そしてしなやかな身のこなしで机の上に降り立ち手紙を残してふわりと消えた。

「消えた、?ほんとなんなのいきなり現れて消えるなんて非常識でしょ」

手紙を拾う。その瞬間自然と手紙は私の目の前で開かれていた。、


"エレノア・ベン・リンクス

至急第二塔三階 階段横の部屋まで来られよ"


「エレノアってば、また誰かと喧嘩でもしたの?」

横からのぞくアンドレアが呆れたように言った。

「いや、何にもしてないって」


 アンドレアは私が何かやらかしたと思っているようだが、今回も本当に心当たりがないのだ。それにしてもこんな呼び出しをくらってしまうなんて、めんどくさいにもほどがある。

がしかし、行かないという選択肢も与えられていないのでのろのろと荷物を片付けて、アンドレアに別れを告げた。

「じゃあまた明日会おうね」

「エレノア。気をつけるのよ」

「心配は不要だよ!安心して」

「そういう意味でいったんじゃないんだけど」

ならどういう意味なのか気になったけどもう行ってしまったので、第二塔まで急いだ。


 学舎から遠く離れた楓の森の中に第二塔はある。第二塔といっても、この学園には塔はこれ一つだ。

第一の塔は八つの谷と七つの滝を越えた果てにあるとされている。魔術的用語で言うところの亜種空間。タダビトは感じることさえできはしないがいつでも我らの近くにあるものそれが第一の塔。だから塔の数え方は2番からなのだ。


 茜に照らされた黄色い楓の葉がしゃらりと揺れた。緊張で息が詰まる。

こんなに神聖さを感じる場所だとは思ってなかったな。早く用事を済ませてしまいたい。

「このまま帰りたい…。けどまあ入ってみるしかないよね。失礼しまーす 」

私は趣を感じる石造り塔の扉を両手で開けて入った。

天井が見えないほど高く、はめ殺しの窓から差し込む夕日が異様な雰囲気を醸し出していた。この長い階段を登らないといけないのか、心は憂鬱に染まる。


長く続く螺旋を上り、やっと扉に辿り着いた。

高さ的に言えばここは絶対に2階ではないと主張したい。それに息も上がっているし、足も痛い。ああこんなところをアンドレアに見られていたら一ヶ月は軽く笑われてしまうだろう。


深呼吸を一回、扉の前で行いドアノブに手を掛けようとした。その時扉が勝手に開いた。スペルタ教授だ。機嫌が悪そう。床板が軋む。

「遅い」

「す、みません。まさかこんなに階段を上がることになるとは思っていなくて」

「まあ、そんなことはいい、早く入れ」

「はい…失礼します」そう言って私は部屋に足を踏み入れた。部屋からは校舎を見下ろせる大きな窓があった。

コーヒーの匂いと重厚な雰囲気漂う室内には、壁一面の本。どれも高価そうなものばかり。何かの皮が貼られた、これまた上品なソファに座るよう促されて私はやっと腰を下ろした。

向かいに座ったスペルタ教授は鈴を鳴らして使い魔の妖精を呼び出してお茶の用意をさせている。セカセカと小さな女の子の形をしたものが働いているのを見つめるわたしと、スパルタ教授。気まずい。


湯気がたったコーヒーと紅茶がテーブルに置かれている。

スペルタ教授は紅茶を一口。

わたしもコーヒーを一口。


「さて本題に入ろう。なぜ私が君、エレノア・ベン・リンクスを呼び出した理由についてだが、君はパクテドの血を引いているな。我らの魔法体系とは違うものを、その身に宿しているそうだろう?」


「は、いやちが」頭が真っ白になる。なぜ、だれが、なんで暴かれている?私のことが

「否定せずとも良い、無駄なことだ。それに私は君の秘密を密告したくて呼んだわけではない。ただの確認にすぎない」

「そんなこと言われたって…じゃあ何のための確認なんですか?」

バレるわけがない。そう思い込んでいた私が浅はかだった。息が上手く吸えない、なんとか今、この場を切り抜けなければいけないというのに。この体は秘密を暴かれたというそれだけで私の制御から外れていく。

「ああ、君にこの話から始めたのは悪手だったか。すまない。深呼吸をするんだ。ゆっくり、息を吸って吐く。心を深い海に沈めるようにゆっくりと、そう静かに」

「はい、あのだいじょうぶです、すみません」

動悸がうるさい。額に冷や汗が滲む。

スペルタ教授に、促され深呼吸をする。そうだ密告するわけではないと彼は言っていた。おちついてわたし、落ち着いて冷静に状況を見極めるんだ。そう、ゆっくり息を吐いて…

「完全に落ち着く前で悪いが、こちらも時間がないのでね。説明に入らせてもらう」

この人嫌い。


 スペルタ教授が取り出したのは50センチくらいの卵形の赤い宝石のようなものだった。宝石というより宝玉と言った方がいいかもしれない。艶々と輝いて澄んだ、翡翠のようなもの。素直に綺麗だと感じ入る。無意識にため息をつき、目を奪われていた。

スペルタ教授の冷たい声が響く。

「これに見覚えは?」

「ありません」

私は間髪入れず答えた。

薄いグリーンの前髪の隙間、切れ長のペリドットみたいな瞳がチラリと光を反射しながら、こちらを見ている。まるで蜥蜴みたいに。

「シトリンだ」

「はい?」

「これはクペ族殲滅作戦の戦利品だと言われて解析を頼まれたものなんだが、どうやら神獣が宿っている」

クペ族…か。なるほど話が見えてきた。

続きを促すと、

「分かったことはそれだけなんだが、元老院が煩くてな。エレノア、君に調査を頼みたい」

「どうして、なぜ私なんですか」

「君がパクテドの血を継いでいるからだ」

「そもそも何故、教授がそんなことを知っているんです」

「私は特殊な目を持っていてな、生命が持つ本質を見つめることができる。君が生徒である以上は秘めておくつもりであったが、事情が変わったのだ」

「はっそんなものを持っているんだったらご自身で調査なさったらどうですか?私なんかに頼まずとも。その方が確実でしょう」

「言っただろう。私は忙しいんだ、それにこれは君の方が相応しい」

「ふさわしいって…」

「話は以上だ。また何かあればこの子に」

「にゃん」私に手紙を持ってきた茶色の猫が膝の上に現れた。ふわふわでキュルキュルの目がとっても…かわ「気に入っていただけたようで何より。帰りは飛躍装置が奥にある」

「あ、はい」気がつけば私は可愛い毛玉と大きな宝玉を抱えさせられて奥へと追いやられ、飛躍装置の陣の中に立たせられていた。


「言い忘れたがシトリンは嘘を嫌う。神獣の正当性を鑑みれば当然だがな。それをくれぐれも忘れないように。では」

「え、承諾するなんて一言も、ちょっと!!」


一瞬で正門の前に押し出された。


「もう夜だし…それにこれをどうしろって??」

「ナォン」

私はがっくりと肩を落とす。


こうして波乱が幕を開けたのだった。

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