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控えめなノックの音とともに、扉がゆっくりと開いた。
黒い制服に身を包んだ若い男が、皿を載せた盆を静かに運び入れる。
「お食事をお持ちしました。」
春はベッドに腰かけたまま、無表情でその男を見た。
男は動じず、整った動作で皿をテーブルに並べる。
「.....龍焔の事、教えてもらえませんか??」
春の問いに、男は少し間を置いて答えた。
「龍焔は、李黎炎がボスを務めるマフィア組織です。
この屋敷は龍焔の別荘で、仕事場でもあり、同時に守るべき拠点でもあります」
春はぼんやりと部屋の隅に目をやった。
「....ふぅん、」
広くて手入れの行き届いた空間は、確かに"別荘”というにはあまりに豪華で冷たい印象だった。
「......ここに閉じ込められてるみたいなんですけど、私は......」
言葉を濁したところで、男は静かに首を振る。
「黎炎様の命令です。ここから出す事はできません」
春は小さくため息をつき、フォークを手に取った。
男は一礼して静かに退出していった。
扉が閉まる音が部屋に響くと、また一人、静かな闇が戻ってきた。
銀のフォークが、皿の縁をコツンと叩いた。
熱が少し冷めて、湯気はもう立っていなかった。
彼女の向かいに誰かがいるわけではない。ただ広すぎるテーブルに、ぽつんと一人。
「……ここに残るって、自分で決めたんだし。
怖いとか、危ないとか、今さらだよね。
けど……」
手元に視線を落としたまま、春はスプーンに映った自分の顔をじっと見つめる。
「学校……どうしよ。ちゃんと通えるんかな。
この屋敷から通学って、
そもそもここどの辺になん……。
制服は着てるけど、1回帰りたいし....」
フォークが皿に当たる、カツンという音が、やけに大きく響いた。
「……聞きに行こ。
ここに置いてもらう代わりに、利用されるのは分かってる。
でも、全部捨ててきたんやから。
せめて“高校生”の生活くらい、守らせてよ……黎炎さん」
自分の皿に目を戻し、再びフォークを手に取る。
その時、扉の向こうから控えめにノックの音が響いた。
食器を下げに来た部下の姿がちらりと見えた時、春は少しだけ目を細めて言った。
「……ちょっと聞きたいことあるんですけど、
黎炎さんって、今どこにいますか?」