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だが一一次の言葉は、
彼の予想をあっさり裏切った。
「この血、使う?どうせ役に立つんでしょ?」
「......ほぉ?」
「価値があるんだったら使ってくれていいですよ。
ただその代わり、私を、ここに置いてください」
黎炎の表情が止まる。
ほんの数秒。彼の顔が「無」となった。
その直後だった。
「一あはははっ!」
重低音の笑い声が、部屋に響いた。
普段、どこまでも冷静で皮肉混じりの黎炎が、まるで喉の奥から爆発するように笑い出す。
「なんやねん、君.....俺に"取引”仕掛けてくる女、初めて見たで......!」
笑いながらも、目が細いられる。
その目の奥には、獣のような光が宿っていた。
「おもろいわ。気に入った」
黎炎は椅子から立ち上がり、春に歩み寄った。
その距離感はまるで、獲物に触れる直前の捕食者。
「ええよ。ほなー取引成立や
君は"龍焔”のもんになる。その代わり、君の価値、たっぷり使わせてもらう」
そう言いながら、彼は指先でそっと春の髪を払った。
「.....名前、なんて言うん?」
「美咲、春です。」
「そっか。春......ええ名前や
今から君は、ウチの“駒”や
それも、特等席のな」
重い沈黙が一度流れたあと、黎炎はゆるりと顎を指でなぞった。
「.....劉、部屋、用意してやれ。
春の専用の」
控えていた黒服の男がすぐに一歩前へ出る。
無言で会釈したあと、彼はレイラのほうを向いた。
「こちらへ」
レイラは一瞬だけ黎炎を見たが、何も言わずにその背を追った。
細い足取り。けれど、背筋はまっすぐ伸びている。
扉が閉まる音を背に、黎炎は指先で髪をいじるように額を払った。
しばらく無言。
「一周」
「.....はい、黎さん」