俺は万能魔法で異世界無双する
立方体を作り出し作業場とする。魔力を高め空中、外界へと意識を集中させる。宇宙から降りそそぐ素粒子をキャッチした。補足魔法により、陽子26個と中性子30個を捕える。その捕えた陽子と中性子とをグルオンを媒介し核力を高め結合させて原子核を造り。そのできた原子核の周りに26個の電子を電子殻の中に入れて、はい、鉄の元素の出来上がり。同様に素粒子をキャッチしニッケル元素も造る。加えて炭素も作り、鉄〈Fe〉80%、ニッケル〈Ni〉19.8%、炭素〈C〉0.2%、とを結合させて合金を造りだした。その合金を今度は錬成魔法で剣の形に整えるのと同時に火の魔法で焼き入れし武具の強度を高める、同じように盾も造った。試作品の完成だ。もし他の人が見ていたら何もない空間から剣と盾が突然現れたように見える。さぞかし驚くことであろう。
俺の魔法は素粒子を捕え、原子を造り出し物質に造りあげるという特殊な力、そう無から有を産むという物質生成魔法なのだ。前世の元世界では、人工でつくられた元素、プルトニウムをはじめ、現行118種の元素がある。もちろん人類にとっての未知の元素を造り出すことは許されていない。実質は90種の天然元素から選ばなければならない。
いつのまにか、俺の傍らに妹が立っていた。
「アニキ、今の魔法ですか?」
「いいかい、今見たことは決して他人には言ってはいけないよ。二人だけの秘密だからね」
「はい、分かりました。これをどうなさるのですか?」
「ん、これを売って生活の足しにしようと思う。もうそろそろ夜も明けるし、街に売りに行ってみよう」
「はい」
保存食で簡単に朝食を済ますと、剣と盾を布で巻き、妹と二人トランスファーで街に赴いた。
最初自分で露店を開いて売ることも考えたが、何かしらの規則に引っかかり、捕まる可能性もあるのでやめて、とりあえず武具屋に持ち込んでみることにした。この世界の武具は、不純物が混ざった鉄で作られた物か、オリハルコン〈銅の合金〉で作られた物に分かれる。魔石のついたオリハルコンは、魔石に魔力を流し込むと、強度が増したり、魔法を放ったりと魔法武器となる。一方不純鉄で作られた武具はごく一般的なものだ。それに比べ俺は合金で武具を造ったので、少しは自信がある。鋼でも良かったのだが、鋼というのは鉄にほんの少し炭素を加えた合金である。鋼だとこの世界の武具とあまり変わりはないと思い、あえて差別化を計るためのオリジナル製作なのだ。
街中で冒険者用の武具等を売っている店を見つけると、店の入り口で、
「すいません。頼みます」と俺は声をかけた。
すると中から店主の男が現れ、
「何だ坊主、何か用か?」
「はい、武具を買い取ってもらいたくて来ました」
「なんだと、その手に持っているものか?」
「はい、そうです」
「ま、中に入れ」
言われるがまま、俺たちは店の中へ入ると、
「このカウンターの上にそれを置け」
「はい、分かりました」
俺は巻いてあった布を取り外し、剣と盾とをカウンターの上に置いた。
店主の男は剣を手に取ると、ながめたり、素振りしたりした。
「おい坊主、これをどこで手に入れた?」
「はい、我が家は代々鍛冶屋を営んでおり、その剣と盾は我が家に伝わる秘伝で造りました」
「ん~、なるほど~、俺は元冒険者でな、武具にはちょっと目利きがきく方なんだ。この剣、今迄の物とは少し違うな、比べると違和感がある」
「さすがですね、今迄の物より強度はあると思いますよ」
「盗品かと最初疑ったが違うようだ。本当にすまない。それで提案なんだが、手付金として銅貨4枚を払おう、売れたらこの武具の評判を聞いた上で値段を決める事にするが、それいいか?」
「はい、それでお願いします」
「商談成立だ、また後日来てくれ」
(この坊主何者だ? 少し様子を見よう。)
「ありがとうございました。これからもよろしくお願いします」
俺たちは、銅貨4枚を受取り、店を後にした。露店街で保存食を買って、都市外にある、洞窟へと戻った。さて、今回武具を売り込みしたが、吉と出るか凶と出るか、今の俺には先行きはどうなるのか全く予想がつかなかったが、いずれにせよ、生きていくために、稼いで生活していかなければならない。
一息入れて俺はリュウヘルム共和国へ行く為の準備に取りかかる。物質生成魔法により、共和国へ行くための手段として、俺は潜水艦を造る事にした。前世の日本において、俺は自衛隊に興味があったので、雑誌を買って夢中になってよく夜遅くまで読みふけっていたものだ。そこで得られた知識から、そうりゅう型潜水艦を造ってみることにした。完成までにどのくらいかかるのか全く予想はつかないが、とにかく出来るだけ早めに造ろうと思う。潜水艦の原動機は水素エンジンにして、馬力のことを考えると潜水艦本体の材質はジュラルミンにした方が良さそうだ。ジュラルミンを主体として外装用の合金を少しずつ合わせて造ることにしよう。他にジャイロスコープや羅針盤等も造らないと。魔物対策用として、魚雷や機雷も造ることにするか・・・。
(さあこれから忙しくなるぞ)
「アニキ、なんだか嬉しそう」
「そうか? そう見えるか」
物質生成魔法の本領発揮ということもあり、気持ちが知らず知らずの内に高ぶっているのだろう。俺は潜水艦の土台作りから始めた。潜水艦には、俺と妹の二人した乗船しないので、全長を16mと必要最小限の大きさに造ることにした。潜水艦を造る事を主体とし、同時に当面の生活の糧となる武具も造っていく。
他に俺たちの食器はというと、物質生成魔法により、スズの合金で造り、銀でナイフ、フォーク、スプーンを造った。素粒子から造っているのでお金は一切かからない、ありがたいことだ。
(神様、こんな特殊能力を授かりありがとうございました)
帝国に来て一ヶ月も経つと、俺の造った剣と盾は、なんとか冒険者たちに受け入れられ、食べていけるようになっていた。妹は、今の置かれている状況をよく理解しているので、不平、不満を一切言わないが、おそらく甘い物も食べたいに違いない。屋敷にいた頃は、妹がお菓子を嬉しそうに食べていたのを思い出す。そこでせめてお菓子を買うお金ぐらいは稼ぎたいと思い、この国には竹林があったので、竹を伐採し、竹を加工して武弓を作った。その武弓を売り込みに行くと、
「へえ~、竹で弓を作ったのか、裏庭で試し撃ちをしてみる。少し待っていろ」
「はい、ウルスさん」
店主の男の名はウルスという。暫く待つとウルスさんが出てきて、
「試し撃ちをしてみたが、ま、普通だな。特に優れていることもなければ、劣っていることもない。銅貨3枚で貰っておく、どうだ、坊主」
「はい、買って頂けるならありがたいです。お願いします」
「もし、また良い物があったら持ってきてくれ、俺が査定してやる」
「はい、分かりました」
俺たちは店を後にし、街の露店でクッキーのような焼き菓子を買った。
「マシュー、家に帰ってから食べよう」
「はい、アニキ楽しみです」
俺たちは洞窟の我が家に戻ると、物質生成魔法により、酸素などの元素を結合させ、ショ糖を作ってみた。
「マシュー、お菓子にこれをつけて食べてみてくれ」
妹は、買って来たお菓子にショ糖をつけて食べてみると、
「甘くて美味しいです。こんなに甘いお菓子を食べられるとは思っていなかったので嬉しいです」
(おいしいと言ってくれて良かった)
このヴァイス帝国は人族の国であり、トルカナ王国とも交流があるので、あのイブリル伯爵の手がいつ及んでくるとも限らない、おそらくはこの洞窟生活も長くは続けられないだろう。潜水艦を早く完成させて、この国を出なければならないと思う。
俺たちの本来の目的地であるリュウヘルム共和国は竜人族が治める国だ。獣人・亜人・エルフ・ドワーフ等の多種民族混合国家であり、移民には大変寛容であると聞き及んでいる。但し当然の如く、罪を犯した者は処罰されることになる。
続いて潜水艦の製造に入る。船体はほぼ出来上がった。自分たちの生活空間も艦内に忘れずに造った。他に幸いにも洞窟内に硝石があったので、硝酸カリウムから炸薬を作ることができた。魚雷や機雷も造った。
あともう少しで完成だ。気が付くとあっという間に3ヶ月が過ぎようとしていた。
◇
そんなある日、いつも通りウルスさんのところに剣と盾を売りにいくと、
「どうやらお前たちはある連中から狙われているみたいだ。気をつけろ。後、俺から話を聞いたという事は誰にもしゃべるなよ」
「はい、ウルスさん、忠告ありがとうございます。気をつけます」
(あともう少しで完成だというのに、俺たちを狙っているのは人買いか、それともヴァイス帝国の者か? いずれにせよ急がなければ・・・)
武具の代金を受け取ると、その金で直ぐに保存食を買った。
「マシュー、帰るぞ」
「はい、アニキ」
妹と手を繋ぎ、トランスファーで都市の外へ出ると、今度は洞窟の少し上の方に転移し、念のため洞窟とその周辺を探ってみた。すると洞窟の中に5人と、洞窟より少し離れた周りに、洞窟の出入り口を囲うように、20人ぐらいの人たちを探知した。魔法でみてみると、人買いではなく、この国の騎士たちだった。おそらくは小山付近に不審者がうろついているとでも通報があったのだろう。さてどうするか、人買い共ならともかく、この国の騎士たちと事を荒立てるのはよくないだろう。子供だからといって、見逃されることはないだろう。洞窟の中には、食器等が置いてあるが仕方ない。ここを諦め港町近くの森の中まで移動することにした。
「マシュー、残念だがもうここにはいられない。港の近くまで移動するぞ」
「はい、アニキ」
俺は妹と共に、港の近くの森の中まで移動すると、森の中には、普通に魔物たちがいた。
俺は水魔法アイスカッター等や電撃の魔法を駆使し魔物共を蹴散らした。適当な場所を見つけ落ち着くと、仮住まいに殆どの物を置いてきてしまったので、物質生成魔法を使い手軽に作れる金属製の簡易テントを造った。妹にはテントの中で休んでもらい、俺はすぐさま潜水艦の残りの部分、潜望鏡等の製作にとりかった。
3日がかりでなんとか、そうりゅう型潜水艦、5分の一弱モデルを完成させた。外装は超硬合金で出来ており一応フッ素加工も施した。エンジンは3連結水素エンジン、内部にはボンベやタンク等が数多くある。前部魚雷発射管2門、後部機雷射出口あり。一応水深200mぐらいまでは潜航可能だ。始めて造ったにしては良い出来だと自負している。出来あがった潜水艦に俺は、春水号と名付けた。春水号を魔法収納し、少し休むことにした。テントを見てみると、妹が土魔法でテントを半球状に土で覆っていた。俺はよく出来ましたと妹を褒めた。妹は頬を赤らめながら、
「がんばりました。アニキのために」
と誇らしげにしていた。守られているばかりの自分が、少し役に立てたことを喜んでいるのだろう。
「悪い、もうダメだ、少し休む」
俺は魔物除けの香を焚くと、テントの中で横になり、すぐ目を閉じた。
◇
どれくらいたったのだろうか、俺が目を覚ますと、妹がいつのまにか俺に膝枕をしてくれていた。
「俺はどのくらい寝ていた?」
「はい、半日ぐらいです兄様」
「お前は休むことが出来たのか?」
「はい、大丈夫です。兄様から比べれば、たいしたことはしておりません。お気遣いなく」
「そうか、だったらよいが今何時頃だ?」
「はい、ちょうど日が昇ったところです」
「そうか、港へ行くのは暗くなってからの方がいいだろう。もう少しここにいるとしよう。食事を取ろう」
「はい、兄様」
いつのまにか妹はアニキから兄様に口調が戻っているが、どうせ誰も聞いていないだろうから、ま、いいか。俺と妹は保存食で食事をとり夕暮れ時を待った。
そして待ちに待った夕暮れ時になった。
「そろそろ移動しようマリィ」
「はい、兄様」
造ったテントを収納し、その場を片付けてから港に向かって妹と手を取り合い少しずつトランスファー(転移)した。港に着くと丁度日が沈んだところだった。人気のない所を選ぶと、いよいよ俺が建造した春水号を進水させた。妹を抱きかかえ春水号の中にトランスファーした。転移魔法を神様より授かっておいてつくづく良かったと思う。すごく重宝している。
妹をパネルのある席の前に座らせると、俺は操縦席に座り、エンジンを始動させた。どうやら問題なく動くようだ。
「南方の国、リュウヘルム共和国へ向け発進!」
リュウヘルム共和国上陸へ
暫く海上を進むと、
「バラストタンク注水、潜航開始!」
「兄様、海の中へ潜るのですか?」
「そうだ、何も怖がる必要はないぞ、この兄に任せておけばいい」
「はい、そうですね」
「そのうちに慣れるから大丈夫だ、お前の前にある操作パネルについて説明する」
俺は妹の隣へゆくと、
「これは音波ソナーといって、探知魔法の一種だと思ってくれればいい、この船より音波を発生させている。何かが近付いてくれば反応があり、警報が鳴るようになっている。たまに確認する程度でいいから気にかけてくれていると助かる」
「はい、兄様」
「それから反対側の席に座ってくれ」
「はい」
妹と一緒に反対側の席にいく。
「目の前に、赤色、青色、黄色のボタンがある。これは水中にいる魔物対策用の武器を発射するためのものだ。赤いボタンが一番、青いボタンが二番、黄色のボタンが三番だ。
一番、二番は船の前部から武器が発射される仕組みになっている。三番の武器は後部より射出される。前部の武器を魚雷といい、後部の武器を機雷という。一度に全部は覚えられないと思うから、分からなかったら遠慮なく聞いてくれ」
「いえ兄様大丈夫ですよ、赤と青のボタンが前方から、黄色のボタンが後方から武器が発射されるのですね、船の前の武器は魚雷といい、後ろの武器は機雷というのですね」
「おおそうだ、マリィは物覚えがいいな、お利口さんだ」
俺は妹の頭を優しくなでた。
「マリィ、先に少し休め」
「兄様は?」
「俺も後から少し休む、心配はいらない」
「分かりました、先に休みます」
妹が操縦室の中の後ろにある簡易ベッドで休んだ。ベッドを同じ操縦室の後ろに設置したのは、睡眠中でも何かあればすぐに対応することができるようにするためだ。操縦席に座り計器類を確認すると、今のところエンジンは問題なく動いている。水深30mを維持しながら航行していると、当初は20ノットしか出なかったが暫くすると当初の予定通りの速度、23ノットまで出るようになった。
俺は操縦席に座ったまま、いつのまにか船をこいでいたようだ。
「兄様、兄様、大丈夫ですか?」
と俺は妹に身体をゆすられた。目を開けると。
「ああ、マリィすまない、大丈夫だよ。海に潜ってからどのくらいたったのかな」
「兄様、多分半日以上は過ぎていると思います」
「そうか、後で艦内を案内するよ。時計も準備しておいたから。とりあえず一回浮上してみよう」
俺は探知魔法で海上の方を探ってみたが異常なしだ。
「バラストタンク酸素注入、排水開始、春水号浮上!」
無事に浮上することが出来た。
「浮上完了」
ちゃんと潜水艦としての機能を果たすことが出来た。本来なら湖等でテストしてから海に潜りたかったのだが、状況が許してくれなかった。浮上するとエンジンの出力を下げた。
艦内の梯子を昇りハッチを開けると、眩しい太陽光が燦燦とふり注いでいた。甲板に出ると、後から妹も出て来た。
「うわ~、眩しい~、目がつぶれそう」
一面が青い海、地平線は見えるが陸地は全く見えなかった。俺は自身に魔力による身体強化を施し、あらかじめ作っておいた網を出し、海に投げ入れた。網を引き揚げると、イワシやアジのような小魚を取ることが出来た。小魚を魔法ですぐに冷凍にし、魔法で収納した。これで暫くの間は食糧に困ることはないだろう。外に出ていた妹を艦内へ戻るよう促すと、妹に続いて俺も艦内に入った。ハッチはきちんと締めた、確認よし。操縦室の後部が俺たちの生活空間だ。先ほど冷凍した小魚を数匹取り出すと、魔法の炎で焼いた。焼き終わった魚に塩化ナトリウムをかける。野菜スープも簡単に作った。準備が終わると妹に、
「さあ食事にしよう」
「はい、兄様」
俺と妹はほぼ同時に魚を口にした。
「「おいしい!」」
思わずはもった。これまでも魚は食してきたが、これ程おいしく感じることはなかった。
「マリィ、念のため頭と内臓は食べずに残せ、寄生虫がいるかもしれないからだ」
「はい、こんなに魚がおいしいとは思いもしませんでした」
「全くだ」
食事を終えると、一度艦内の空気を風魔法で外気と入れ替えた。
「さあ行くぞ、マリィ」
「はい、兄様」
俺はエンジン出力を上げると、バラストタンクに注水し、潜航を開始した。
水深は30mを維持しつつ航行した。その後は順調に推移した。
三日目の夜になった時、音波探知に反応があり、艦内に警報が鳴り響く。
「下方から何かが迫ってくる、マリィ武器パネルの前に座ってくれ」
「はい」
俺はすぐさま艦底部に魔力による魔法防御の障壁を張った。魔物は障壁に当たってはくるが、障壁のお陰で船体は何ともなかった。襲ってきた物体に探知魔法をかけてみると、タコとイカとも判別がつかないクラーケンという軟体系の魔物であった。大きさは8mぐらいありそうだった。クラーケンは一度離れるもまたアタックしてきた。
俺はクラーケンに電撃魔法をくらわす。
するとクラーケンは墨を吐きながら退散していった。魔法障壁を解除し、進行して行くと、今度は前方から反応があった。探知してみると、キラーホエーという角を持つ鮫型の魔物であった。
「マリィ、一番、二番発射!」
「はい、一番、二番発射します!」
妹は、赤いボタンと青いボタンを続けて押した。艦の前部より魚雷が発射された。魚雷は真っ直ぐ魔物へと向かって行った。キラーホエーは何を勘違いしたのか、自分に向かってきた魚雷を、口を開け飲み込んでしまった。当然、魔物の体内で爆発が起こる。魔物の身体は見事に粉々になった。
「面舵」
船体を右に向け迂回することにした。爆発の衝撃が伝わってきたが、たいしたことはなかった。海に生息している魔物に襲われながら、難なく災難を逃れることができた。すごいラッキーなことだ。このラッキーがずっと続くといいなと思うのであった。
そうして俺たちはなんとか4日目の朝を迎えることが出来た。まだ大海原の中であり、共和国へ向かっている道中ではあるが、とにかく南方へ向けて突き進んで行くしかない。
◇
潜水艦生活も6日目を迎えた。さすがに俺も妹も精神的にまいってきた。
「マリィ、悪いがもう少し辛抱してくれ。あと2、3日後には大陸に辿り着くはずだから」
「ええ、兄様の責任ではありません。あまりご自分を責めないで下さい。歌でも歌って気分を変えましょう」
妹はトルカナ王国の民謡を歌いはじめた。
(ああ、なつかしいな~、俺たちは故郷に帰れる日がやってくるのだろうか・・・)
それからさらに7日目の朝を迎える。行く手の海面に大型のクラゲを多数発見した。
(なんだか悪い予感がするな)探知魔法をかけてみると、案の定、電撃クラゲと出た。電気クラゲではなく、電撃を放つクラゲだ。クラゲどもと遭遇しないように面舵をきり、水深100mまで潜った。なぜ面舵かというと、左側には南から北へ向かっての大きな海流があることが分かったからだ。クラゲ郡から離れようとすると、何故かクラゲどもは俺たちの潜水艦に向けて動き出したのだ。但し移動速度においては、幸いにもこちら側に軍配があった。迂回して回避しようとすると、春水号の左側20m手前付近まで迫ってきた。こちらの方が、速度が速いので、やがてクラゲどもは左側後方となり追跡してくる。
「よし、マリィ、3番射出!」
「はい、3番射出!」
妹は、黄色のボタンをゆっくりと数回押した。機雷が艦の後方へと射出された。機雷がクラゲどもに近付くと、クラゲの魔物が電撃を発した。機雷は爆発し、機雷中に仕込んであった液体窒素が海の中で大きな氷の塊になる。氷の塊は、クラゲどもの足止めとなった。クラゲ郡から離れることができ、水深を30mに戻し通常航行へと移行することが出来た。その後食事を取ったりした。
◇
8日目の朝を迎え、潜望鏡深度に切り替え、外の様子をうかがうと遂に、西方南大陸が見えてきた。先ず港の位置を確認し、次に人気のない狭い入り江を探す。小規模な砂浜があればベストだ。
(よし、見つけた、あそこにしよう)
上陸するなら夕暮れ時がいい。この日が沈むまでの刹那の時間が以外にも発見されにくいのだ。
「マリィ、上陸は夕暮れ時まで待とう。あともう少しの辛抱だ」
「はい、兄様」
俺たちは水深20mまで潜りなおし、他の船や漁船と接触しないように回避しながら辺りを航行していることにした。
いよいよその瞬間がやってきた。夕方、目的の入り江を目指し動き出す。潜望鏡深度へ移行。周りには船はなく、人影もなかった。よし決行だ。俺は潜水艦の出力を下げつつ進行した。砂浜なら船底が少し乗り上げても損傷することはないだろう。
「よし、マリィ、入り江が近付いてきた。上陸するぞ、衝撃に備えて椅子に座ってしっかりつかまってくれ」
「はい、兄様」
砂浜に潜水艦を乗り上げた。俺はエンジンを停止させ異常がないか調べた。少し船体に傷はあるものの大きな損傷や異常はなかった。次に陸地に探知をかけたが人は皆無だった。
「マリィ、いくぞ」
「はい」
俺は妹を抱きかかえると陸地に向けトランスファーした。俺たちは目的の地である、リュウヘルム共和国へと上陸を果たしたのだった。
俺は潜水艦にクリーン魔法を施すと、魔法により収納した。
「兄様、やっと来ることが出来ました」
「ああ、やっとだ。無事に上陸できたとはいえ、これからも順調に行けるとは限らない。気を引き締めていかないと。今日はもう夜になってしまったし、明日、港へ行って移民の手続きをしよう」
「はい兄様、明日移民手続きが通るといいですね」
「移民手続きできなければ、強制送還されるかもしれない、できればそのような事態になることは避けたい。うまくいく事を祈ろう」
「兄様、きっと大丈夫ですよ」
「そうだな、今日はもう休もう」
妹が半円形状に土魔法で壁を作ってくれたので、兄妹二人毛布にくるまり休んだ。
◇
翌朝、俺たちは港へと移動し、妹と手を繋ぎながら移民の手続きができるところを探した。道行く漁師らしき獣人の人に聞いてみると、
「あそこに見える、白い壁の建物が移民局だ」
と、そっけなく言われた。俺たちは礼を言い、移民局を尋ねた。扉の前まで来るとさすがに緊張した。俺は勇気を振り絞り妹と一緒に扉をくぐった。受付カウンターには頭に白い二本の角を生やした竜人族の男がいた。
「すいません移民の受付をお願いしたいのですが」
「ん、これは人族の子供とは珍しいな・・・ まあいいだろう、我が国の方針は来るもの拒まずだ。それでは先ず、移民手続きをする前に鑑定を受けてもらおう、こっちについてこい」
俺たちは竜人族の男について行った。ある部屋へと入って行くと、そこにはエルフの女性が椅子に座っていた。男はそのエルフの女性に向けて、
「おい、この人族の坊主どもの鑑定を頼む」
「はい、分かりました。人族の移民希望とは本当に珍しいですね・・・ ではあなた方、テーブルの上にある水晶球の上に手を置いてくれる」
「「はい、分かりました」」
俺と妹は言われるがまま、水晶球の上に手を置いた。するとエルフの女性はなにかしらの呪文を唱え始めた。
「え~と、アルフィ・フォーソイス12歳男と、マリィ・フォーソイス9歳女と出たわ。その子、女の子だったのね、てっきり男の子だと思ったわ」
(すごい、素性があからさまになった。ただの鑑定魔法じゃないな)
「ごめんなさい、続けるわ。え~と、貴族の子息で、他人と争った形跡があるわ・・・ 何があったのか説明を求めるわ」
(本当にとんでもない魔法だな、なんでもわかるのか?)
「はい、実は俺たちは、俺の家は誰かに貶められたのです。冤罪をかけられて逃げる途中、人買いや刺客に襲われ、やむなく撃退したのです。やっとの思いでここまで来ました。どうか移民を許可して頂けないでしょうか」
竜人族の男がエルフの女性に問い掛ける。
「どうなんだ、ミア?」
「はい、この子たちの言っている事に嘘はありません」
「では、盗賊や罪人、奴隷ではないのだな」
「はいそうです、普通の子供です」
「よし、審査はこれで終了だ。移民を許可しよう。手続きを行う、ついてこい」
俺たちは竜人族の男に従った。男は半皮紙を出しこれにサインするように促された。
俺たちは半皮紙にサインすると、
「よし、これで手続き完了だ。ようこそリュウヘルム共和国へ、今からお前たちはこの国の民となる、この国の為に励めよ」
「「はい、頑張ります」」
「これが移民許可証だ、この許可証を持って首都へ行け、首都の移民区で手続きを終えてから生活してもらうことになる、首都の移民局へ行って働く場を決めてくれ、この許可証を見せれば首都行きの馬車に乗せてもらえるからな、料金はかからないから安心して行きなさい」
「「はい、ありがとうございました」」
「ん、これからのお前たちの健闘を祈っている」
俺たちは、転移魔法は使わず、男に言われた通りに、首都行きの馬車乗り場に行き、馬車の御者である亜人族の男に許可証を見せると、
「ほう~、お前たちは移民か・・・、申請が通ったのなら俺からは何も言うことはない。首都までは3日ほどかかるが、移民局指定の宿に泊まってもらうことになる。料金は全くかからないから心配するな。半時後ぐらいに出発するから、それまでに何か用があるならさっさと済ませてきてくれ」
「はい、分かりました。すぐに済ませます」
俺たちはその場から離れ、用足しと簡単に保存食を食べた。時間にして20分ぐらいで、馬車の停留所へと戻ることができた。御者の男に馬車に乗るように言われた。俺たちは言われるがまま従った。俺は馬車の中から亜人種の男に魔法をかけて探ってみたが、特に問題はなかった。暫くすると馬の嘶きが聴こえ馬車がゆっくりと動き出した。白竜族の首都ルイビタに向けて。
リュウヘルム共和国生活編
俺たちは御者の男と一緒に、何事も無く港をたってから3日目の昼頃には首都ルイビタに到着することが出来た。
最も御者の男の話しによると、この西方南大陸は、竜人族が主体となり大陸中の殆どの魔物を討伐してしまったそうだ。この大陸には迷宮はなく、魔物が残っていたとしても?殖力の強いゴブリンぐらいしかいないそうだ。魔物に出くわす確立は数%にまで落ちているということだった。御者と一緒に首都の城門をくぐると広場があり、男が、
「俺の案内はここまでだ。この広場から通りを左へ行くと移民局がある、看板があるからすぐに分かるはずだ、それでは元気でな」
「通りを左ですね、分かりました、ありがとうございました」
俺は妹の手を繋ぎ通りを左へゆっくり歩いて行くと、ものの数分でそれらしき建物を発見した。妹と一緒に建物の中へ入っていくと、カウンターには獣人種である猫耳娘がいた。出るところは出ていて、それなりに可愛らしい女の人だった。俺がついその猫耳娘に見惚れていると、妹は不機嫌な顔になり俺をつねってきた。
「いたッ」
「いらっしゃい。あら、可愛らしいお客さんね、移民の手続きかしら、書類を見せてもらえるかな」
「はい、可愛いお姉さん」
と言って俺は移民許可証を渡すと、
「まあ、おませさん、でも褒めてくれてお姉さん嬉しいわ。私はミーナというの、ヨロシクね。今手続きを進めるわね。え~と、許可証によると、人族男12歳、名前はアルフィ、人族女9歳、名前はマリィ、でいいかしら」
「はいその通りです」
「なんかいつもの兄様とは違う」
「マリィ、そんなことはないよ、いつも通りだよ」
「そうかな~」
「それじゃあなたたちの職業適性をみてみるから、こっちに来てちょうだい」
俺たちはミーナさんについていくと、またエルフの女の人がいる部屋へとやってきた。エルフの女の人もかなりな美人さんだった。ミーナさんが、
「リア、この子たちをみてくれる」
「分かったわミーナ、私はリア、見ての通りエルフ族よ、あなたたちの職業適性をみるから、テーブルの上にある水晶球の上に手を置いてくれるかしら」
(またエルフと水晶球か、エルフにはどんな能力があるんだ?)
俺はそっとエルフの女の人に探知魔法をかけてみた、すると“真実を暴く人”と出た。
「あ、君今魔法を私に使ったでしょう。私には分かるのよ、人に断りもなく覗くのは良くないと思うわ」
「ごめんなさい」
俺は素直に謝った。
「わかればよろしい。今度からは気をつけてね。では続きをやりましょう。アルフィ君の方は~ なにこれ? すごい魔力量・・・ 将来は魔法使ね、でもそれまでは鍛治職見習いがいいかも。それからマリィちゃんは調理と出たわ、最初は料理店で下働きから始めるといいわ」
「あの~、職業適性をみていただけるのはありがたいのですが、何故でしょうか?」
「それはね、移民してきたからといってすぐに仕事につけるとはかぎらないの。昔は移民してきた人たちが仕事も見つからず、自分がどの仕事に向いているかも分からずに、せっかく移民してきたにもかかわらず野垂れ死にする人が多かったの。そこで数年前から移民者の職業適性をみたうえで仕事を斡旋するようになり、野垂れ死にする人が少なくなったのよ。よろしい」
「はい、分かります。分かりますが、自分で露店を開いて商売するのはダメでしょうか?」
「あなた子供でしょう、成人もしていないし無理だと思うわ、野垂れ死にするのが関の山よ、私たちの言う通りにした方があなたたちのためよ」
「はい実は・・・」
俺はおもむろに魔法収納から造った剣を出してみた。
「これを見て下さい、この武具は俺一人で造りました。この武具を売り商売にしたいと思っています」
「えっ、そうなの? 本当にこれをあなた一人で作ったの?」
「はい、そうです。ですから露店を開く許可をいただけないでしょうか?」
「私たちだけでは判断できないわ、上司に相談してくる。ちょっとこのままで待っててね」
と言ってリアさんとミーナさんは、俺たちをおいて部屋を出て行った。
暫く待っていると、ミーナさんたちと共に竜人族の男がやってきた。竜人族の男は立派な白い二本の角を持ち、肌の色は白く、いかにも役人という服装だった。
「私はこの移民局の監察官を努めているマックスというものだ。移民してきてすぐに露店で商売をしたいというのはお前か?」
「はい、そうです。宜しくお願いします」
男はテーブルの上に置いてあった剣を手に取ると、
「これはごく一般的な武具だな。しかし造りはしっかりとしているな・・・」
男は剣をじっくりと観察してからテーブルの上に置くと、腕を組み、手を顎に当て考え始めた。
「冒険者になるには成人にならないと登録出来ないが、こと商売となると年齢階梯制は特にないからな~、どうしたものか・・・。ならば、条件付きで許可しよう。一ヶ月間商売を許す。その一ヶ月で売り上げが少ない場合には、こちらの指示に従ってもらう。充分生活が成り立っていけそうなら経過観察としようじゃないか、ん、そうしよう」
「監察官がそうおっしゃるのなら、良いのではないでしょうか」
「よし、決まりだ坊主」
「はい、ありがとうございます。ご配慮感謝します」
「ほう、なかなか礼儀正しいではないか、後の事は頼んだぞミーナ」
「はい、お任せ下さい」
男が部屋から退出すると、俺たちはミーナさんと一緒に受付に戻った。
「それじゃ今から登録手続きするニャ、あら、今変なこと口走ったかしら?
気にしない気にしない」
するとミーナさんはどこからか2枚の金属プレートを取り出して、平らな四角い石の上にプレートを置くと、
「それぞれ一人ずつ、プレートの上に手を置いてくれる」
「「はい、分かりました」」
俺と妹はミーナさんに言われるがままプレートの上に手を置くと。ミーナさんは呪文を詠唱し、魔法を行使した。その魔法と共にプレートが一瞬輝いた。
「はいこれで手続き完了よ、いま露店の許可証も発行するわね。このプレートがあなた方の移民証明になるから大事にしてね。プレートに穴が開けてあるから、そこに紐を通して外に出かける時に首にかけてね。プレートをもし紛失してしまったら、再発行にはお金がかかるから覚えておいてね。あと、一年毎にここへきて更新手続きしてもらうことになるから、更新手続きは無料でおこなうから心配しないで」
「ミーナさん、その更新手続きというのは、これからずっと続けなければならないのですか?」
「いいえ、大抵の人は5・6年で終了するわ。要はその間に共和国民としての信用を築いて下さいということなの、あなた方が無事に本物の共和国民になれることを祈っているわ」
「はい、ありがとうございます。努力します」
すぐに露店に関する許可証も貰うことが出来た。
「それから共和国の現状について、簡単に説明しておくわ、このリュウヘルム共和国は竜人族が中心となり治めており、その竜人族には七つの種族があり、それに伴って七つの国家から共和国は成り立っているの。その七つの種族というのは白竜族・赤竜族・青竜族・黄竜族・緑竜族・紫竜族・黒竜族の七つなの。そして現在、赤竜族を中心とする黒竜・黄竜族の勢力と、青竜族を中心とする紫竜・緑竜族の勢力とが、大陸を二分して争っている状態なの、この白竜族の国は中立国であり争いには加わっていないの、だから唯一この国だけが移民の受け入れを許されているのよ」
「そうなのですか、以外とこの大陸は複雑な状況下にあるのですね」
「ええ、でもこの白竜人族の国に居れば争いに巻き込まれることはないわ、安心してちょうだい」
とミーナさんからこの大陸においての簡単な現状説明があった。
(危ういところだった、運よく白竜族の国に上陸することが出来たが、へたに他の国へと上陸していたら、奴隷にされていた可能性もあるということだ)
俺は背筋がゾッとするのだった。
ちょうど今の時期は、作物の収穫期を迎え休戦状態にあるという。つまり収穫期が終了すれば戦争が再開されるということだ。
ミーナさんから様々な説明が終わると。この都市の地図を手渡しされた。ミーナさんが、
「今からあなたたちの家になる所に案内するからついてきて。確か移民区R地区5番が空き家のはずだから行きましょう」
俺たちはミーナさんに促されるままついて行った。移民局を出ると、数分ののちに2mの高さぐらいの木製の塀が見えてきた。塀の間には出入り口らしい門があり、門のところに詰所があった。
「この塀の向こう側が移民区になるわ、移民区から出入りする時は、この詰所のある門から出入りしてちょうだい」
「「はい、ミーナさん分かりました」」
詰所から獣人族の男が出てきて、
「よ、ミーナ、その人族の坊主どもは新入りさんかい?」
「そうよ、今から家に案内するところなの。門を通るわね」
「おう、坊主ども、これからよろしくな」
「はい、俺はアルフィといいます、こちらは妹のマリィです。これからよろしくお願いします」
「ほう、随分と丁寧な挨拶だな。気にいったぜ。何か分からないことがあったらなんでもたずねてくれ、きちんと答えてやるから」
「その時はまた、よろしくお願い致します」
「それでは行きましょう」
「「はい」」
俺たちは門をくぐると、レンガづくりの家々が見えてきた。石造りの通りを、右へ行ったり、左へ行ったり、ミーナさんについて行くと。ある空き家の前へと辿り着く。ミーナさんが、
「ここがあなたたちの家になるわ、どうぞ中に入って」
ミーナさんがカギを開けドアを開けると、家の中は薄暗く埃だらけだった。
「うわ~、やっぱりすごいわね~、悪いけど掃除は自分たちでお願いね。私の案内はここまでだから、ようこそリュウヘルム共和国へ、二人ともこれからよろしくね」
と家のカギを渡され、ミーナさんと握手をかわした。
「こちらこそよろしくお願いします」
「それじゃ、明日から頑張ってね」
ミーナさんは移民局へと戻っていった。
「さてやりますか」
与えられた家は小さいながらも二階建てであった。一階はロビーに作業場、キッチン、トイレ、風呂場もあった。二階に上がってみると、物置部屋や寝室等があった。寝室には木製のベッドが備えられていた。
「マリィ、今から魔法を使ってこの家を綺麗にするから」
「はい、分かりますがどうするのですか?」
「まあ見ていてくれ」
先ず俺は埃から取り除くことにした。水魔法、スプーリング・ウォーターにより天井から壁、床ときれいに流してゆき、続けて一階もきれいに流していく。家の中の汚水を水魔法で家の外へと排出し、汚水を側溝へと流す。次に風と火の魔法を組み合わせて温風にし、温度を調節しながら家の中全体を乾燥させてゆく。最後に光魔法で家全体を浄化した。
家の中を照らしてみると、見違えるほどきれいになっていた。
「兄様、すごいです、あっという間にきれいになりましたね」
「ああ、今から新しい生活のスタートだ。マリィ、待たせたね、これからは女の子して生きて良いぞ」
マリィは俺に抱き着くと、
「兄様うれしいです。もう男の子のフリはしなくて良いのですね」
「これからは女の子らしく、髪を伸ばしてもいいぞ。それから明日は街の様子見だから服も買いにいこう」
「はい、私もこれからは少しでも兄様の力になれるよう努力してまいります」
「ありがとうマリィ、無理はしなくていいからな。できるところからやってくれ」
「はい、分かりました」
「今日はもう休むことにしよう。風呂に入って、汗を流して、普通に食事を取って寝よう」
「あの~、お風呂は一緒でいいですか、できれば私の身体を洗って下さい」
マリィは頬を赤らめながら訴えてきた。
「いいよ、屋敷にいた時も寂しいからといって、時々一緒に入っていたじゃないか」
屋敷にいた時は、よくマリィの髪を洗ってやったものだ。今は髪がまだ短いから、やさしく洗ってやろうと思う。兄妹仲良く、一緒に風呂に入り、食事を取り、一つしかないベッドで一緒に寝た。暫くすると妹は突然泣き出し、
「母様・・・、父様・・・」とつぶやくと俺にしがみついてきた。
無理もない。9歳と幼くして両親と離れ離れになったのだ。悲しくないわけはない。しかしもう二度と父様、母様とは会うことはないだろう。俺は妹をそっと抱きしめた。
いつのまにか二人とも、深い眠りについていた。やがて夜明けを迎え、
「兄様、起きて下さい、もう朝です」
「そうか、もう朝か~」
俺は久しぶりにぐっすりと休むことができた。起きると、物質生成魔法でスズの合金で食器を造る。銀でナイフ・フォーク・スプーンを造った。とりあえずステンレス鋼で洗面器を造り、洗面器に魔法で水を満たしてから妹に渡した。
「マリィ、これで顔を洗ってくれ」
「はい、兄様」
俺たちは朝食を済ませると街へ出かけることにした。俺は妹の手を繋ぎ、街中では決してはぐれないようにと注意を促した。昨日もらったプレートを、忘れずに身につけて家を出た。移民区出入り口にある詰所で、獣人の男にプレートを見せると、
「おはよう坊主ども、街へ行くのか」
「おはようございます、はい、そうです」
「街は初めてだろう、スリもいるから気を付けて行って来い」
「はい、気を付けます」
俺たちは手を繋ぎ街へと繰り出した。街には本当に様々な種族がいた。エルフや人狼・犬人・兎人・猫人・狐人と、中にはマーマンも見かけた。しかし、人族は俺たち以外には誰もいなかった。通りはかなり広く露店も多くあった。今日はマリィの服を買うことが目的だ、子供服を売っている露店を見つけると、ブルーのワンピースと女の子用の服と寝巻も購入した。このリュウヘルム共和国においても、大陸共通通貨を使うことができたので、大変助かった。あと食材を露店で購入すると、次に商業ギルドへ向かった。
商業ギルドの受付にいくと白竜人族の男がいた。その男に移民局でもらった露店許可証を見せると、
「坊主、お前が露店で商売するのか・・・、まあいい、先ず登録料として金貨5枚を支払ってくれ。ルールとしては、売り上げの15%をギルドに納めてくれ。基本的に場所代は取らない、場所代をせびるやつがいたらギルドに相談してくれ」
「はい、分かりました」
俺は金貨5枚を支払うと、俺のプレートに魔法でギルド登録してくれた。
「露店の場所はどこにしたら良いでしょうか」
「今案内してやる、おいバース」
「はい、なんでしょう」奥から犬人の男が出てきた。
「この人族の坊主どもは、露店を開くことになった。露店の場所を決めてやってくれ」
「はい、分かりました。それじゃ坊主ども俺についてこい」
俺たちは犬人族の男と一緒に露店街に赴いた。
「ん、この辺りでいいだろう。明日からこの場所で商売を始めてくれ」
「はい、分かりました。ありがとうございました」
「俺はこれでギルドに戻るからな、頑張れよ」
と、バースという男は戻って行った。案の定というべきか、割り当てられた場所は、露店街の一番端っこだった。
「マリィ、明日の準備をしたい、今日はもう家に帰ろう」
「はい兄様、明日から忙しくなりますね」
「そうだといいんだがな、どうなるのかは全く予想がつかない」
俺は妹と手を繋ぎながら帰路の途中、あともう少しで移民区へ辿り着こうという時、道の端っこで自分の足を手で押さえながらうずくまる俺たちと同年代らしき女の子がいた。俺たちはその女の子に近づき、
「おい、そこの君、どうしたんだ? どこか痛いのか?」
と話しかけると、女の子は顔を上げ、
「はい、あの~、足をくじいてしまって、痛くて動けないのです」
その女の子の頭には、丸まった二本の角が生えており、肌は透き通るような白さだった。
白竜族の女の子だった。足を手で押さえており、涙目だった。
「痛そうだね、今魔法で楽にしてあげるよ。足に手を当てるよ」
「え、治癒魔法を使えるのですか?」
俺は黙って頷くと、女の子の足に手を添え、治癒魔法を行使した。俺の手は輝き出し、みるみるうちに足の赤い腫れがひいていった。
「これでもう大丈夫だと思うぞ、ゆっくり立ち上がってみてくれ」
すると女の子はおそるおそる立ち上がると、
「あ、もうぜんぜん痛くない、お兄ちゃんすごい」
と言いながら、女の子は足の具合を確かめるように、ちょこんちょこんと跳ねた。
「お兄ちゃんありがとう。私はエリフリーデといいます」