13日
昔、私がまだ若くて、都会から田舎に帰省していた頃、母は私にこんな約束をさせた。
「いいかい、どんなに遅く帰って来てもいいが、13日はダメだからね。」
仕事で忙しく、12日に帰省できなかった私は、その年、1日休んでから帰省をしたのだ。
ピークを過ぎたと言っても、電車は混んでいて、長い帰りの旅を終える頃には既に21時になっていた。
田舎の暗い道を、駅から重いバックを背負い、玄関で久しぶりに会った時の事だ。母は眉を寄せ逆光の効果で少し古いミステリードラマの迷信婆さんの様に私を怒鳴った。
「なんで今日、帰ってきたんだい?!」
私は恐怖と混乱でモヤモヤしながら言い返した。
「仕方ないでしょ?忙しかったんだから。少し休みたかったんだ。向こうの友達との付き合いだってあるし。」
少し腹が立った。当時、日本は景気が良くて、皆、長期休暇を海外に行くような時代だ。
私は毎年、帰省をする。
地元の友人もいるし、それは楽しいことでもあったが、たまには…他のところに遊びに行きたくもあった。
お土産で膨れた鞄を玄関に置き、ふて腐れながら靴を脱ぐ私を見ていて母も落ち着いたようだ。
私の鞄を持ちながら、さっきより少し穏やかな声で言い訳がましく私を労う。
「何にしてもお帰り。でも、13日は昔から、旅の人は帰ってきては行けない事になってるんだよ。」
母は、出稼ぎや、私のように結婚してない独立して家を出た人間を『旅人』と呼んでいた。
「は?なんで。」
私は帰省の疲れと、長期休暇前の超絶な激務を思って不機嫌に言葉を投げる。
母は、そこで私の気持ちに気がつき少し機嫌をとるように愛想笑いをしながら、内緒の話のように声を潜めてこう言った。
「13日は、お盆の始まりだろ?家がない魂が、旅人についてくるって言うんだよ。」
えっ…(°∇°;)
うちの玄関は特殊な作りで、靴を脱ぐ少しひろい空間が仏間にもなっていた。
私は、薄暗い仏壇に視線がゆき、そして、長い旅路を思い出しながら、背後に何かを感じてつい、肩をはらう。
令和の現在、様々な宗教の人間があつまる日本で、幽霊が13日に帰省するとは思わないが、まあ、あれから13日には帰省する事はなかった。
降霊術…文字だけ見ると不気味であるが、お盆もまた、立派な降霊と言えるのではないかと思う。
我々は200年以上も昔から、霊と言うものを身近に感じて生きていた。
すべてのものには、某かの魂が宿り、そして、目には見えずとも、良くも悪くもそれらは知り合いで、冬、窓を打ち付ける風の音や、春先の夕暮れの沈丁花の香りのように、当たり前に生活に染み込んでいた。
そんな霊と日本人の関わりが変化したのは、70年代、テレビの普及と共に始まったオカルトブームからだろうか…
テレビは、見たことの無い世界中の不思議の世界を映し、見えない世界との新たな付き合い方を紹介した。
霊との付き合い方…
これも、あの時、激変したのかもしれない…
が、ネットに時折現れる、物知顔のオカルト通に言わせれば、きっと、私は無知な人間で、大正時代には既に、日本では沢山の西洋式の降霊会や、その道の研究者の話を始めるに違いない。
そうして、現在、13日に電車に乗る…
帰省客でごった返す都会の駅を抜けて北へ…
金沢からは私鉄を利用する。
サンダーバードに別れを告げ、大きなリュックを背負うと向かい側の小さな列車に乗り込んだ。
滑り出す列車の窓を見ていたら、ふと、あの母の都市伝説を思い出していた。
あれから…時は私の髪を白く染め上げ…
私の友人は…少なからずこの世の者では無くなっていた。
だから、幽霊などに恐怖は無くなっていた。
もう少しすれば、私は、アチラ側のモノになるのだから。
一車両にすし詰めになりながら、寂れた駅をいくつか通りすぎる…
かつてはビジネスマンや家族連れが電車を待ったホームには老婆が1人、炎天下に立つのみだ。
老婆が電車に乗り込み…電車が発車する。
しまるドアの方を見つめながら、何かが来るのを期待する…
13日に…帰る家探すモノを…
既に、私の実家は家仕舞いをした。
それに伴い、墓もしまった。
「登山ですか?」
隣に座る男が声をかけてきた。
「いえ…キャンプです。毎年、星を見に行くので。」
「ああ、流星群…今年は雲がなくてよく見えるらしいよ。」
作業着姿の気さくな中年男が笑う。
「そうですか。それは楽しみだ。」
しばらく、男と山について話した。
気がつくと、富山駅に到着し、私はレンタカーにその男と乗り込んだ。
男もまた、山が好きで、このあたりに詳しいらしかった。
我々は、日帰り風呂に入り、そして、何故か、男はキャンプ場までついてきた。
「いいんですか?」
酒の入ったビニール袋を手に男は恐縮するように言う。
「大丈夫ですよ。」
私は、チェックインを済ませながら笑いかけた。
それから、ねんをおすようにキャンプ場の受付に確認する。
「男、1人の予約で来ました。それで大丈夫ですよね?」
受付のおじさんは、私の事をちらりと見て、愛想よく笑う。
「焚き火用の蒔は受付の裏にあるので好きなだけ持っていってください。」
私の横で男が楽しげに話をしている…が、受付のプラスチックの仕切りには、私の姿しか写ってなかった。
「俺が薪を運ぶよ。」
男は楽しそうに笑い、受付のおじさんに挨拶をした。
おじさんは、それを無視して他のところへ向かったので、男は不機嫌そうにしている。
「なんだい、無愛想だな…」
「まあ、いいじゃないか。1人分で済んだのだし、早くしないと、暗くなるからね。薪は私が運ぶから、早く車に乗って。」
私の言葉に男は肩をすくめて従った。
この歳になると…大概の事は怖くなくなるものなんだな…
ふと、そんな事を思いながら、赤く染まり出した空を見上げた。