♯2 【奇跡】異世界転生に成功しました!
最初に感じたのは全身を包み込む浮遊感であった。ゆっくりと落ちているような、しかし空に浮かび上がって行くような不思議な感覚。さらにその空間はどこを見ても真っ白で色が抜かれてしまっているようにも感じる。
そんな不思議な感覚で摩訶不思議な空間の中をさまよっていると急に目の前が眩しくなり、私の意識だけがスっと浮上した。明らかな異常事態なのだが、私は「なんか春に二度寝する時ってこんな感じだなぁ」とコメントなら(小並感)とつくような感想しか思い浮かばなかった。
10月の夜はかなり冷える、毛布はどこに…手探りで周りを確認するが毛布が見つからない。
「っん、あれ?」
まだ眠いがこの寒さの中で毛布もなく二度寝すると間違いなく風邪をひいてしまう。そう思って毛布の位置を目で見え確認しようとするとありえない光景が目に飛び込んでくる。
それは辺り一面に広がる海、砂以外何もない無人島…
「これは無人島…?だよね」
聞いても誰からも答えが帰ってくる事は無いけれど、それでも聞かずにはいられない。見なれた私の部屋ではないし、というか部屋ですらないし。確か異世界に行く動画を撮っていて…
「え、もしかしてあのサイトに書いてた事は全部本当って事…?じゃあ、ここは本物の異世界?」
一応マンガやアニメでお約束の確認方法、頬をつねるを実行。手加減はしたけど思ったより痛かった、という事は…
「夢、じゃない、本物だ…私、本当に異世界に来れた!」
異世界に転生出来たとなると物凄いことである。明日の朝のニュース番組は私のニュースでもちきり!動画は急上昇にのり、登録者数はうなぎ上り!広告収入もガッポガッp…ごほん、この表現は良くなかった。
気がつくと私の顔はマンガならニチャアと頭の上に浮かんでいそうな笑みを浮かべていた。
苦節一年、ついに私も人気配信者の仲間入りをする時が来たのだ!
「待ってろよー!私の名前を全世界に轟かせてやるからなー!!!」
海に向かって出せるだけの大声で叫ぶ。受験生が合格を知った時にテレビのカメラに向かって奇声をあげて発狂する気持ち、今の私なら完璧に理解できる。こんなにも清々しい気持ちだったのか。
私は様々な妄想を頭に巡らせ幸福感に包まれていた。
私は異世界転生の成功に大興奮し、はしゃぎながら小躍りし…
現在誰もいない無人島で一人、羞恥に悶えていた。他に人がいれば、一人で何やってるんだとツッコミを入れられる、もしくは絶句されてササッと距離を取られることだろう。
「だ、誰にも見られてなくて良かった…」
私はこの短時間で黒歴史を一つ増やし、それを心の奥底に封印することを誓った。
黒歴史に蓋をし改めて現実に向き合う、と言ってもそこにある現実は空想にも引けを取らない最高で素晴らしいものである。さっそく持ち込んだパソコンを開き、電源を入れる。
パソコンはいつもと変わらずスムーズに開く。あとは転生の儀式の映像をカメラからパソコンに移して…移し…移…
そこで気づいた。
「カメラ、机の上…」
やらかした、完全にやらかした。私、如月 凛花17年間の人生における過ちにランキングをつけるなら間違いなくトップ3に入るやらかしである。
しかもここでもう一つ気づいてしまった。
「う、嘘でしょ!?私のパソコン、インターネット繋がってない!」
冷静に考えればここが異世界にしろ元の世界にしろ、こんな海のど真ん中の無人島で快適なインターネット生活ができるわけがない。
もう最悪だ、カメラは家に忘れるし、パソコンはインターネットに繋がってないし。
というかこの状況、ゲームでいう詰み、というやつではないだろうか。異世界、と思われる無人島で、装備はただのちょっと重いパカパカする板一つだけ。サバイバル知識はせいぜい『サバイバルナイフさえあれば人間は無人島から脱出出来る』という事くらいである。現状、価値のない知識である。ナイフが無いのだから…
ひとまずSNSで異世界転生もとい遭難の事実を私のフォロワー340人に知らせなければならない。早速パソコンを開いて…
そうして私はまた新たな黒歴史、華麗なターンからの「って使えへんやないかーーい」と謎の関西弁でセルフツッコミ、を炸裂させ羞恥で砂浜にうつぶせた。ついさっき封印した黒歴史まで蘇って恥ずかしさで死にそうになった。
ふざけてる場合ではないと分かっている、だが黒歴史の創造、解放という切り札を切らなければならなかった。でないと私は現実に押しつぶされてしまうだろうから。
そんな中で太陽は海の果てに沈んでいく。
今の私を誰かが見ればきっと悲壮感漂うなんとも美しい少女と思うだろう。というより思ってくれないと泣く。それはもう赤ちゃんのようにギャン泣きしてやる。
「私の人生とチャンネル、これからどうしよう」
しばらく海を眺めていた私は、絶望と羞恥と少しばかりの怒りを込めて砂を一掴みし、夕焼け色に染まった海にむけて投げた。投げてはまた砂を集めて海にむかって投げてを繰り返し…日が沈む頃には涙と鼻水で顔がグチャグチャになっていた。
「凛斗のバカヤロォォォォォォ!」
ここにいない弟に八つ当たりして私の異世界生活一日目は幕を下ろした。もしもう一度会えたらちゃんと謝ろう。
読んで下さりありがとうございます。