没落する公爵家の令嬢
曰く、その男爵令嬢には前世の記憶があるという。
公爵令嬢を婚約者としていた王太子は、その少女に夢中になり、学園では聖女と持て囃し、側近達もその態度に追従した。
王太子はパーティーでも婚約者を差し置き、男爵令嬢をエスコートする。
公爵令嬢は何度も諫めたし、王家や父である公爵にも現状を訴えたが何もしなかった、どころか公女を責める有様だった。
そんな状況では王子への愛など枯れ果て、冷え切ったが、なぜか件の男爵令嬢にはよく絡まれた。
無視をすれば王太子が責めてくる。
だんだんと味方が居なくなり、学園でも家でも居場所のなくなった公爵令嬢。
そこに、さらに嫌味を言いにきた……この国、有数の侯爵家の令嬢と取り巻き。
家門の関係で敵対派閥と言っていいだろう。
だから侯爵令嬢は、弱った彼女をさらにいじめに来たのだ。
だが。
「アリエル様。この国でもっとも高い身分になりたくありませんか。……いえ、王族になるのが面倒だとも、この国1番の貴族の娘になりたくはありませんか?」
「は……?」
「ふふ。ふふふ。侯爵様に会わせてくださらない?」
公爵令嬢サテラ・カーマインはそう微笑んだ。
◇◆◇
カーマイン公爵家は、不正や横領……これまでその立場や力で隠し通し、何も問題などなかった事を次々に暴露された。
家に保管されていた正確な資料、証拠類も完全に押さえられた。
……公爵家は、血の繋がった一人娘に裏切られたのだ。
彼女の後ろ盾となったのはアリエルの家門の侯爵家だった。
利害の為とはいえ、侯爵とその派閥の味方になって貰ったサテラは、王家にも利益があるよう、整えた。
公爵家と王太子の婚約は公爵家が名家だからこそ成立する。
「……国王陛下。娘を道具としてしか見ない公爵は貴族らしいと言えますが……。それは即ち『人質』としてすら、この私が機能しないという事にございます。ここまで不正を働く公爵に、王妃の実家などという立場だけを与え、実質的な枷のない状態にするのは王家の為にはなりません。……その点、侯爵家ではアリエル様はとても愛されています。……王家の望む婚約関係が期待できますわ。既に噂が広まり、証拠も揃った現状、公爵家は処断せねばならぬでしょう」
「……そうだな」
サテラは侯爵家に徹底的に味方し、実家である公爵家のすべてを完全に売り払った。
侯爵家の方もかの家を敵視していた者達を中心に派閥を組み、もはや揉み消せない。
王が公爵家を庇う事が出来ない段階まで話は進んでいた。
「……其方は、それで良いのか、サテラよ」
「娘の1人も味方に付けられぬ者など、貴族の器ですらないと、わたくしは思います。公爵家はこの国の膿でございましょう」
「だが公爵家を断罪するという事は其方も……」
「はい。陛下」
「……数々の不正を摘発したのは侯爵、事実のところ、サテラ公女であろう」
「……ええ、そうでございます、陛下。証拠はすべて彼女が揃えておりました。私は、それを後押しした次第です」
「……では、その功績を元に助命を乞うか? サテラ公女」
「いいえ。望みません。公爵家が断罪されるのならば、わたくしもそうしてください。一族郎党、処刑するのなら、わたくしの首も切り落としてくださって結構でございます」
「……それほどか」
「はい。あの王太子と聖女……とやらの元に嫁ぎ、あの公爵に利用される未来ならば、首を切り落とされた方がよほど望ましいです」
「……そこまでか」
「あのお方は、或いは王家は、それでも私を利用されるとお考えなのでございましょう? では、尚の事……いつでも私の代わりが出来る者をお育てくださいませね。わたくしはこう申しております。死した方が良きものであると。……投げつけたい執務など……ふふ。私に任せれば任せる程、困るのでは? わたくしを苦しめる事こそが王家の娯楽なのでございましょう? そのような場所でわたくしは長く生きはしないでしょうとも」
「そんなことは……」
「あら。陛下。わたくしに不敬罪を問うてくださらないのですか? もっと致命的な事を申し上げましょうか。不正を摘発してきたわたくしの言葉にはきっと真実味がございましょう? ええ。どうせ没落する家門ですし……。反逆罪も付け加えましょうか。ふふ。令嬢のこの細腕に命を狙われてみますか、陛下? 衛兵達もしっかりと私の首に槍を突きつけてくださいませね? ブスリと一思いにやってくださいませ」
「……やめよ」
「……侯爵令嬢と、侯爵家に対し、わたくしの二の舞にはなさらぬ事です。それを理解できないのが第1王子であると、婚約者の目から見た姿を報告させていただきます。アレもまた国を滅ぼす王となる事でございましょう。……陛下とて報告は聞いているのでは?」
「……そうだな。だが、そこまで……」
「……別に構いません。王子の判断まで、わたくしの関与する事ではございませんもの。ですが『公爵家の後ろ盾』は、もはや意味のない事になります。公爵家の没落をもって、わたくし達の婚約は破棄される事でございましょう。……王が人の心に寄り添えぬ場合もございましょうが……優秀な臣下すらも腐らせる王子に先などおありでしょうか? それに比べて第2王子殿下は、とても優秀だと聞いておりますが?」
「其方を……」
「実の親すら政敵に売り渡す。そんな女を王妃に据えられますか? 大臣すべてが反対なさるでしょうとも。他国に、この王国の秘密を売り渡す毒婦になるに違いありませんわ。
また、わたくしは今回、政治的に上手く立ち回ったのではございません。
矜持も体裁も放り捨て、根回しもなく、侯爵家に縋り、実家のすべてを売っただけでございます。
これでは王妃の器もありませんわ。
……この先もきっと同じ事をするでしょう。
耐えられぬ環境を嘆き、王家すら売り渡し、潰す筈でございます。
ねぇ、大臣の皆様? そう思われますでしょう?
ええ、皆様、父すらもわたくしを試していたのでしょうとも。
次代の王妃なら、この程度の問題、片付けてみせよ、と。
ふふ。ごめんなさいね。わたくしは何も出来ませんでしたの」
サテラは揃っていた大臣達に微笑みかけた。
大臣達は気まずそうに目を背ける。
「……そこまで其方を追い詰め、覚悟させたか」
「……公爵家のすべては潰れてしまうよう願いましたが、王国まで崩れぬように配慮は致しました。私の出来る限界でございます、陛下」
「……そうか」
サテラと王の謁見は終わった。
◇◆◇
その後。
第1王子にはまずサテラとの婚約解消が告げられた。
「本当ですか!? 父上!」
「……ああ」
「では、自分の婚約者に据えたい者が居るのです!」
「…………」
大臣達を集めた場で告げた言葉に、王子はそんな言葉を返した。
「はぁ……。そして、第1王子の立太子を取りやめる」
「は!? な、何故ですか!?」
「……お前は第1王子ではあるが、生まれたのが早かっただけの、側妃の子だ。本来であれば正妃の子である第2王子が王太子となっていた。……2人の王子の差を埋めていたのが、カーマイン公爵令嬢との婚約であった。その関係がなくなるのだから、当然の処置である」
「な……!? ……で、では……サテラとの婚約破棄を致しません!」
「もう、遅い。既に受理されており、正式な手続きを整えておる」
「そんな!? で、ですがサテラは俺を愛しています! 俺が言えばまた元に、」
「ハッ!」
「……!?」
第1王子の言葉は王に嘲笑われた。
「仮に、其方がもう一度、サテラ・カーマインと婚約を結び付けたところで、この決定は覆らぬ」
「な、何故……」
「……カーマイン公爵家に今、兵を送っておる。降爵処分を下した。余罪が明らかになれば更なる罪に問うであろう。カーマインは、もはや公爵家ではない。其方が王太子の地位を望み、相応の後ろ盾を望むのであれば他の家を当たる事だな」
「は? 公爵家が……」
「そうだ。其方とサテラの婚約破棄は、それが理由である。他になんだと思ったのだ?」
「そ、それは……」
告げられた婚約破棄を深く考えず、すぐさま別の婚約相手を挙げようとしていた王子は、王から目を逸らした。
「また、其方も血縁であるから教えておいてやろう。リットン侯爵家の令嬢、アリエル・リットンと第2王子エドワードが今回、婚約関係となった。そして、この婚約関係は王命によって守るものとし、誰にも覆せぬものである」
「……!?」
カーマイン公爵家が潰れれば、次の名家はリットン侯爵家だった。
つまり妃の家柄で第2王子を勝る事は難しくなる。
勝つには他国の王女でも娶るか、或いは教会関係者の手で聖女として彼女を立てて貰うか。
「……お前には教えておこう。教会は聖女を騙っていた女を断固として否定し、惑わされぬようにと広めている。……お前が最近、かまっていた女に教会の後ろ盾がつく事はない。これは教皇の意志も確認している。……あのような者を聖女と立てるのは、教会の信用に関わるとな」
「は? な、な……」
第1王子の考える手は尽く潰されていた。
また他国の王女に縋ろうにも目ぼしい相手に心当たりはない。
少なくとも王子と年齢の近い、美しい者などは。
「伝えるべき事は伝えた。もう下がるがよい」
「は、はい……」
王子は放心したような状態で王の前から下がった。
その姿に王はさらに溜息を吐いた。
◇◆◇
公爵家の没落は、たちまち噂になった。
学園に通う者達の間でもだ。
サテラと王子の婚約破棄も噂になり、生徒達はさらにサテラを蔑もうという気持ちになったが、当人は既に退学手続きさえも終えていて、学園に顔を見せる事は二度となかった。
可愛さだけで王太子を籠絡した男爵令嬢は、予期せぬ自分の勝利を知り、笑ったものだが……ほとんど同時に、自分が籠絡した王子が王太子でなくなった事を知った。
公爵家との縁が切れた事でそうなった事も。
「さ、サテラ様を側妃に迎え入れれば……」
「カーマイン公爵家自体がもう終わりなんだ。余罪が次々に明らかになって。没落……元々が公爵家だから降爵で済んでたところを……もっと悪い形になるかもしれない。サテラと婚約を結び直しても、俺の後ろ盾にはならない……」
「で、でもサテラ様は優秀なのでしょう? 彼女が貴方に尽くせば……」
「……執務能力が優れる妻を、或いは側妃を迎えたとして……『だから何だ?』と言われた。貴族の後ろ盾がない、どころか、支持を下げるような者が妻になるのなら、王も見くびられるだろう、と」
「さ、サテラ様ったら本当に役に立たないわね!」
「…………」
「な、何よ?」
「君も……俺の役に立たない」
「は?」
「教会は君を聖女とは認めないらしい。……『役に立たない妃』……そうだ。お前も」
「はぁ!?」
王太子の座を追われ、サテラ公女と復縁を思いつくも、それそのものの意味がなくなっており、打つ手がなくなった王子は、苛立ちを抱えていた。
「信じられない!」
「あ、いや!」
だから見下すような目を今まで愛しく思っていた男爵令嬢に向けたが、それが決定的となった。
元より王太子でなくなる上に、元の立場を取り戻す手段のなさそうな王子とは、距離を置こうと男爵令嬢は考えていた。
次に狙いを定めるべきは第2王子だと思ったが、彼が学園に通う事はなかった。
……婚約者である侯爵令嬢と共に、王宮で教育を受け、他の誰の干渉も受けずに過ごした。
サテラと第1王子の事もあったし、第2王子まで問題を起こすワケにはいかなかったからだ。
幸い、第2王子は才覚もあり、やる気もある様子で、順調に成長していき、立太子する事になった。
男爵令嬢との仲に亀裂が入った第1王子は、自分の後ろ盾を確保する為に、新たな婚約者を探したが……有力な者は婚約者が既に居たし、またサテラへの扱いを知っている事から誰も相手にしなかった。
「サテラが居れば……いや、カーマイン公爵家が潰れなかったら……」
どんなに嘆いても、既にどうにもならなかった。
たとえ彼女と復縁したとしても自分の立場が良くなる事はない。
もう、遅い。
◇◆◇
第1王子との仲に亀裂が入った男爵令嬢には、学園での居場所はなくなった。
王子も側近達も未来がないと見做されている。
そんな有様では、擦り寄る令息も令嬢もいない。
また彼女の振る舞いに眉を顰めていた者は大勢いた。
それでも王太子に寵愛されていたからこそ、皆が気を遣っていたのだ。
その王太子が落ちぶれた今、彼女に関わる者は居なかった。
「なによ、なによ、みんな手の平を返して! しかも、取り巻き達も学園に来なくなったし!」
元・王太子の側近達は、それぞれの婚約者を蔑ろにしていた事と、第1王子の後ろ盾が機能しなくなった事で、ここぞとばかりに婚約破棄を突きつけられ、実家に謹慎などの処分をくだされて、学園に来る事はなくなっていた。
男爵令嬢は王妃になるつもりだった。
それなのに。
はじめ、公爵家が没落したと聞いた時、あの女、サテラを使い潰すという考えが盤石になったと思った。
自分は王妃として輝かしいものだけを得て、面倒くさい事はあの女に押し付ければ良いと思ったのだ。
あの女の家が潰れれば、自分の思い通りになると考えた。
しかし、公爵家の没落と同時に第1王子は落ちぶれ、未来がなくなった。
サテラとの関係を戻せば良い、と単純に考えたが……公爵家がそもそも落ちぶれた為、サテラがどうなったとしても、もはや何の関係もない事を突きつけられた。
「あの女が、あの女がちゃんと役に立たないから……!」
もう第1王子はダメだ。
だから王妃になるには第2王子を籠絡する事しかない、そう考えたが……。
だが、第2王子と侯爵令嬢はサテラとは違い、第1王子とサテラを追いやった男爵令嬢に対する優しさは、一切持ち合わせていなかった。
彼女が何とか王子に近付き、媚びるように第2王子に触れたところを突き飛ばされ、またその場で側近の騎士に捕らえさせた。
第1王子と恋仲であった筈の女が、このタイミングで次は第2王子に近付いてきた。
第1王子との関係が、たしかな愛情に基づくモノならば、そんな行動はありえない。
よって、その点をもって、王族を害する何らかの意図がある者だと疑いを掛けられ……男爵家諸共に苛烈な尋問が行われた。
心身共にボロボロになるまで追い詰められた男爵令嬢は、上位貴族や王族への不敬な考えを抱いていた事を明るみにされ、男爵家は爵位を剥奪、平民へと落とされた。
「どうして、どうしてこうなったの……。私は王妃になる筈だったのに……」
その夢が叶う事は決してなかった。
◇◆◇
「ふぅ……! 今日も良い天気だわ!」
元・公爵令嬢のサテラは修道院で保護されていた。
王の慈悲で公爵家の断罪が始まる前に除籍処分を受け、平民となった上で王都から離れた修道院へと匿われていた。
サテラの仕事は元々の教育もあったので修練士の期間もそこそこに、会計係の手伝いを担い始めた。
「自分で洗濯したり、料理したりするのは楽しいわね!」
貴族令嬢であった彼女には、初めは慣れない、厳しい生活だったが……前までの生活に比べれば修道院での生活の方がよほど充実していると感じた。
風の噂で公爵家は没落したと聞いている。
幼い頃に亡くなった母には申し訳ないが、自分の心を省みてくれる事のなかった父親には思う事はない。
くれぐれも領民の事は守ってくださるようにと頼んだ甲斐もあって、少なくとも公爵領の人々が酷い目に遭っているなどという噂は聞かなかった。
事前に侯爵家派閥の、近隣の領主に話を付けて貰っていた影響もあるかもしれない。
王太子は第2王子となり、危ぶまれていた王国の今後も持ち直している。
「ふぅ。まぁ、もう私が考える事ではないわね」
もう貴族社会も政治もコリゴリだ。
ここで静かに楽しく暮らして行きたい。
学園ではまともに出来なかった友人も出来た。
今は楽しい事の方が多い。
「サテラー! 早く行きましょうー!」
「はーい!」
今日も一日、頑張りましょう。
サテラは、満たされた穏やかな気持ちでそう思うのだった。
婚約破棄の後から復縁を迫ってくる系王子の先手を打って、実家も潰しておきました( ˘ω˘ )