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今日も厨房は平和です。 献立名「消えたエビシューマイ」

作者: 秋川静月

 厨房の時計は17時44分を指していた。僕は、3階と4階の利用者様のお食事の確認を終えて、残る2階のチェックをすべく、配膳車の扉を開いた。透明な扉の向こうから、パートさん達2人の姿が見える。2人は、今日担当した主菜の世間話に、花を咲かせていた。


「今日の主菜のカジキの照り焼き、味気ないわねぇ~」


「私、分かるわよぉー。内田さんでしょ?作ったの。見た目だけで分かるわ~」


今日も酷い言われようである。この厨房の調理モンスターこと、内田さん。お察しの通り、パートさんからの受けが非常に悪い。仕事を手伝うなんてもっての外。料理を作るだけ作ったら、残りの時間は車で寝ている。それでいてサブチーフなのだから、まったく良いご身分、世も末である。


配膳まであと6分。あと1列で最終確認が終わろうとしていた。


「それにしても、夕飯のおかずが冷凍食品のエビシューマイだなんて、福島さんも可哀そうよねぇー」


「でも、内田さんは怖いから何も言えないわよね・・・。盛り付けの身にもなって欲しいわ」


まったくもってその通りである。内田さんの禁止食品対応には愛が無い。既製品のシューマイの上にパセリをかけて、晩御飯の主菜と言い張るのだから、困ったものである。注意しようにも、出来る人がいない。新しいチーフは、ご機嫌取りで常に顔色を伺っているので、これもまた、悩みのタネであり、中間管理職である平社員の僕を困らせている。


正しい物が入っているかの確認もたまったものではない、それも100人分だ。僕はただひたすらに最終チェックをこなしていた。それをしり目にパートさん達はまだ話している。


「でも、()()()()()()()()()()()()()()()()、カジキと変わりないのよねぇー」


その一言は、これからの洗浄の時間を、戦場の時間へと変貌させた。


(この施設の利用者様は常食・一口・刻み・極刻み・ペーストの5形態に分かれている。常食はそのままの形もしくは半分に切った物、一口大に加工した一口、包丁で切ったり、ミキサーにかけて作る刻み、刻みを更に細かくした極刻み、極までミキサーで回した物と、だし汁を一緒に回して、トロミ剤でまとめた物をペースト食という。)



僕は、聞き逃さなかった。()()()()()()()()()()。というセリフを。

僕は見逃さなかった。最後の列、もう一人の魚禁止のショートステイの存在を。


(この福祉施設の利用者様には大きく分けて、2通りのご利用形態がある。

1つ目は、常にいる特養対応。2つ目が、出入りの激しいショートステイ対応。

2つ目の場合、イレギュラーなケースが多いので、禁止食品を間違えやすい。)


僕は、常食の魚禁止の土屋様の主菜の蓋を恐る恐る開けた・・・味気ないカジキである。


慌てて4階の福島様の主菜を確認しに行く。確かに入っていた。土屋さんの分までミキサーで粉々に粉砕された山盛りの刻みのエビシューマイが。


「あの~、エビシューマイが6個あったはずなんですけど、何個ミキサーに回しましたか?」


「全部に決まってるじゃない!安心して、魚禁止の福島さんの所にちゃんと入れたわよぉ」


冷静になれ! 3個、3個で配分されるハズだった主菜はもう全部ミキサーで回されている。新しく作るしかない! 誰が? 普段、調理を全くしていない、栄養士の僕がか!?


配膳まで残り5分。

時というものは無常で、その5分では僕に調理技術を習得させる時間は到底なかった。

パートさんを今更注意しても仕方がない。第一、魚禁止が2人居ることを伝えていなかった僕が悪い。


「そろそろ配膳の準備よー。配膳車の溜まった水は捨ててくれたわよねぇ?腰を曲げると痛いのよ~」


自分でやれぇー。やっぱり咎めたい! いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。僕は一目散に冷凍庫へ向かった。エビシューマイはもう、在庫がない。しかも土屋さんは魚禁止に加え、肉禁止でもある。出来合いのハンバーグやコロッケは、使えない。こんなに対応が難しい方でも、施設側は平気で受け入れる。厨房側の苦労など、絵空事なのだ。


万策尽きたか。遅配全、脳裏に浮かぶ、その言葉。施設の管理栄養士の先生に謝罪を覚悟した。その時、冷蔵庫の奥から、野菜のふっくら揚げが姿を現した。


勝利の方程式は整った、大型オーブンにふっくら揚げをセット、強火230度でスイッチを入れた。ホットエアーと蒸気のダブルモード。コンビオーブンは伊達じゃない。


配膳まであと1分。

代わりの主菜で貸し切りのオーブンの中。命の温もりが再び蘇る。僕は包丁保管庫から

光の剣を引き抜き、剣の舞を奏で、一心に盛り付けた。それと同時に、2人に声を掛けた。


「18時です。配膳お願いしまーす。水とコードは抜いておきました」


これは、とある厨房の平和を守る、しがない栄養士のお話である。


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