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 マリウスの容赦ない言葉にリリアナは、怒りをぶつける。

「何でみんなアイヴィさんの味方なの!?」

 訳のわからないリリアナの主張にマリウスは大きくため息をついて、鼻で笑った。

「おいおい……自分の立場を分かって言っているのか? 悲劇のヒロインを演じないでくれ、君は悪女側だ」

 そう言うと彼は紙を取り出し、筆を走らせた。

「君の茶番に付き合うつもりはないからさっさと僕の要求を飲んでもらおう。紙に内容を書くから読んだら君の名を署名してくれ」

 マリウスが提示する内容は、アイヴィの個人情報を無断で晒された事に対しリリアナへ慰謝料を請求するというもの。そして、実名でクラシック新聞社に謝罪文をあげることだ。

 リリアナは、紙に書かれた内容に目を通すとマリウスに怒鳴る。

「慰謝料ってそんなの払えるわけないじゃない! それに実名を出せばどんな目に遭うか……」

 どこまでも自分中心なリリアナの態度にマリウスの目が冷たくなる。

「アイヴィ嬢は顔も名前も出している。それなのに君は安全圏から攻撃している。不公平だろう?」

「今後、どうなるか分からないじゃない……」

 声が小さくなっていくリリアナに、マリウスは笑みを浮かべる。美しい笑顔のはずなのにゾッとするような威圧感があるとアイヴィは感じた。

「それも君の制裁だ」

「何でそこまでアイヴィさんのためにするの」

「僕のブランドの広告塔であるアイヴィ嬢の過去を勝手に話した事が代表として許せない」

 アイヴィはマリウスの言葉に嬉しさを感じるも同時に寂しさを覚えた。あくまでマリウスとはビジネスパートナーという立ち位置であるということを突きつけられたような気がしたからだ。

「それに個人的にもアイヴィ嬢を傷付ける人間が許せないからだよ」

 アイヴィは先程まで感じていた寂しさが一気に払拭されるのが分かった。


 結局リリアナは、マリウスが提示した条件をのんだ。不服そうに書面にサインする。慰謝料に関しては後日弁護士から書類を送るから、金額通りにヴィルガーデン社へ振り込んでくれとマリウスは言い加えていた。

 リリアナはお金がないので分割での支払いを希望し、マリウスはアイヴィと相談し分割で支払う事を認めた。リリアナの様子を見ていると、経済的にかなり困窮していそうなので途中で支払いが滞る可能性も考えたが、マリウスが「毎月の支払いが無ければどうなるか分かっているね?」と怖いくらいの満面の笑みを浮かべ、リリアナに釘を刺していたのでおそらくは大丈夫だろう。


 新聞社からの帰り道、マリウスに近くのカフェで休憩しないかと誘われる。ちょうど小腹も空いていたのでアイヴィは喜んで頷いた。

「アイヴィ嬢、さっきから口数が少ないけど大丈夫かい?」

 注文した品が運ばれてくるのを待っていると、不安げな表情を浮かべたマリウスが聞いてきた。

「新聞社に居たときからほとんど話していなかったから。やはり君を連れてこない方が良かったかな」

 元夫の不倫相手にもう一度会いたいと思う人間はいないだろうし、とマリウスは言う。

「いえ、確かにリリアナと会うのは嫌でしたけど、どうしてこんなことをしたのか知りたかったので」

 アイヴィは続ける。

「私が不安なのは、元々太っていた自分をみんな受け入れてくれるのかということです」

 美しいアイヴィのようになりたいから彼女が広告を勤めた商品は全て買うという人もいる。

 昔の自分も紛れもなく自分ではあるが、今の自分しか知らない大衆を裏切ることになるのではないかとアイヴィは不安だった。

 マリウスは運ばれてきた紅茶に口をつけると、優しく言う。

「大丈夫、努力した結果を見てくれるさ。むしろ、大衆のほとんどはどうやって美しさを手に入れたのかが気になるだろうね」

 これからもっと忙しくなるかもしれないよ、とマリウスは言う。

「アイヴィ嬢の存在はみんなを勇気づけるんだよ」

「私がですか?」

「そう。もちろん僕も」

 彼は慈しむような微笑みを浮かべた。マリウスの表情にアイヴィの心臓が早鐘を打つ。顔が赤くなるのが分かったので、アイヴィは慌てて料理に手をつけた。


 後日、リリアナが新聞に実名で謝罪文を載せていた。加えてヴィルガーデン社の口座に指定された金額が予定通りに振り込まれたとマリウスは教えてくれた。そして、リリアナから受け取った金額をそのままチェスター家へ振り込んでくれた。

 父はマリウスに、チェスター家に振込をしてくれるならリリアナから直接振り込ませた方が楽ではないかと聞いた事がある。すると、マリウスはいたずらっ子のような微笑みを浮かべ父に話した。

「毎月支払われるならそれが良いと思いますが、支払いが滞った時リリアナを追跡するには労力がかかりますので。多忙なチェスター家がリリアナなんかに割く時間も無いでしょうしね。それにヴィルガーデンには追跡を得意とする人材がいますので」

 適材適所です、とマリウスは笑ったという。


 アイヴィの生活にも変化が現れた。

 父のもとに広告のモデルになって欲しいという依頼が増えたほか、アイヴィがどうやってダイエットを成功させたのか、ダイエット本を出さないか、ダイエット食品のプロデュースをしないか等、今まで以上に仕事が舞い込んできたのだ。

 大衆の中にはアイヴィが太っていた事を非難する声も少しあったが、多くの女性から羨望の眼差しで見られることが増えた。企業側は大衆のアイヴィへの好感度上昇を感じ取ったのだろう。

 アイヴィが広告を勤めた商品は、瞬く間に売れていった。今やアイヴィは大陸中に名を馳せる有名人となったのだ。


 様々な企業から引っ張りだこのアイヴィは、変わらずヴィルガーデンの広告塔を続けていた。

 マリウスとは良好な関係を築いており、貴重な共に過ごす時間を心から楽しんでいた。

 ある日、久しぶりに会えたマリウスとレストランの個室を借りて食事をしていると突然部屋が真っ暗になる。

「て、停電ですか!?」

 焦るアイヴィの様子を楽しむかのようにマリウスのクスッと笑った声が近くで聞こえた。

 部屋はすぐに明るくなる。アイヴィの目の前には、薔薇の花束を持ったマリウスがいた。

 いつもと違う雰囲気にアイヴィは驚く。

「私今日誕生日でしたっけ?」

「ふふっ、違うよ。でも今日が記念日になれば良いなとは思うな」

 マリウスはそう言うと花束を渡した。そして、跪き小さい箱を取り出す。ゆっくりと開かれた箱の中には、美しく輝く宝石がはめられた指輪だった。

「僕と結婚してください」

 アイヴィは涙を流しながら頷いた。

「よろしくお願いいたします」

 こうしてアイヴィとマリウスは結婚することになった。

 2人の結婚式は盛大に行われた。たくさんの招待客が心からお祝いしてくれる。

 マリウスが手がけるヴィルガーデン社は、世界中に支店を出し売上も好調だ。アイヴィも仕事の依頼が途切れることは無かった。

 アイヴィとマリウスはお互い死ぬまで仲の良い夫婦だったという。


 リリアナは実名で謝罪文を出したことで職を見つけられなくなってしまった。どこに行ってもリリアナ・エスカーダという名前で「あの新聞に実名で謝罪文載せた人?」と聞かれ、「うちには問題を起こしそうな人は入れられないな」と言われ断られる事ばかりだった。

 仕事が見つからないリリアナに代わってレオンが働き始めたが、稼げないリリアナを見下すようになっていく。

「お前は稼げない上に借金まで作ってきて本当に迷惑な女だよ」

 とレオンは毎日のようにリリアナをなじった。生活費に加えてリリアナが払うべき慰謝料を肩代わりしているので、レオンに対して何も言えない。

 リリアナは黙って耐えていたが、レオンの態度はますます悪くなるばかりだ。離婚したいと思っても、リリアナには仕事が無いので出来ない。

 どんどん成功していくアイヴィを見ていると、リリアナは自分が犯した罪は重く、そして人生をかけるほどの恋ではなかったと痛感する。あの時、レオンと関係を持たなければ今より良い生活をしているかもしれない。空想ばかり頭に思い浮かぶ。

 次第にレオンはリリアナに手を出すようになった。どうやら職場で『使えない』と虐められているらしい。怒りの矛先がリリアナに向かう。

 涙を流しながらリリアナは悔やんだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] レオンさん反省してなさそうなので、ざまぁが足りないんじゃないですかね??w
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