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【あらすじ、影で→陰で】 アイヴィ・チェスターとレオン・ペリアルの結婚は、親同士が決めた政略結婚であった。

 アイヴィは純白の花嫁衣装に身を包み夫となるレオンから指輪を填めてもらいながら、お互いの事を全く知らないまま夫婦になれるのかと不安に思っていた。

 しかし、結婚生活は彼女の予想よりも遥かに幸せなものだった。レオンはいつも優しくしてくれるし、アイヴィのふくよかな体型も「とても可愛らしい体だ。そのままの君で居てくれ」と受け入れてくれる。

 アイヴィはレオンの言葉を信じ、"そのまま"で居続けた。


 毎日に幸せを感じていたアイヴィだったが、結婚してから2年が経った頃、レオンの帰りが遅くなる事が増えた。以前であれば共に夕食を済ませていたのに、今ではアイヴィが寝た後に帰ってくることもある。

 そして、もう1つ違和感を覚える出来事があった。

 レオンの自室にある机の引き出しに鍵がかかっていることだ。いつもなら鍵をかけることなんてしないはずなのに、とアイヴィは胸騒ぎがした。

「でも、私に見られては困るものをしまっているだけかもしれないわ。仕事で使うものかもしれないし」

 と自分に言い聞かせ続け、レオンの前ではいつも通りに振る舞うことを心掛けていた。


 それからレオンは1週間のうち1回だけ早く帰って来るようになった。夕食後、必ずレオンは居間へ行く。居間には暖炉があって冬はそこで寛ぐのだが、夏場は風通しの良いアイヴィの部屋で集まる。夏場の今、何故そこに行くのか疑問だった。

 アイヴィはある日、レオンが居間に向かった後、ついていくことにした。

「レオン? 何してるの?」

 アイヴィが居間の扉を開くと、夏なのにレオンが暖炉に火をくべていた。寒いのかと思ったが、レオンの額には汗が浮かんでいる。暑いのだろう。レオンは慌てて暖炉の火を消した。

「どうしたの? 寒いの?」

 アイヴィが近付こうとすると、レオンが慌てて立ち上がった。

「い、いや、何でもないよ……」

「もしかして具合が悪いのかしら。汗が凄いわ」

 レオンは滝のように汗を流していた。視線は魚のようにあちこち泳がせている。アイヴィの方を見ようとしなかった。

「何故、夏なのに暖炉に火をくべていたのかしら?」

 素朴な疑問を投げつけると、レオンの顔が真っ青になっていく。これは怪しい。何かを隠している。

「ちょっと寒くて……。風邪なのかもしれない。君にうつすと良くないからさ、早くこの部屋から出た方が良いよ」

 レオンはどうしてもアイヴィから離れたいらしい。

「そうね、体調がかなり悪そうだわ。早く寝てちょうだい。暖炉の灰は私が掃除しておくから」

「あ、でも……」

「良いから良いから。病人は休んでなきゃ」

 強引にレオンを部屋から追い出し、たまたま通りがかった執事に部屋まで連れていくよう指示する。

 レオンは何か言いたげだったが、執事に連れられ大人しく部屋へと戻っていった。


「さて、と」

 レオンは完全に何かを隠している。仕事の事かと信じようとしたが、アイヴィの直感が告げていた。『隠しているのは別のものだ』と。

 灰かき棒を手に取り、暖炉に出来上がった山を崩していく。燃えきらなかったものがないかを探す。

「あら?」

 灰の山を崩していくと、運良く燃えなかったものが出てきた。手に取ると小さい紙きれだった。ところどころ文字の一部だけが見える。手紙のようだ。

「レオンは手紙を燃やしていた? ますます怪しいわ……」

 アイヴィは翌日、腕の良い探偵に連絡を取り、レオンの身辺を調べるよう依頼した。そして、レオンの留守中に鍵職人を呼び、机の合鍵も依頼する。

 最後に屋敷に送られてくる手紙を宛名の人物に渡すのではなく、まずアイヴィに渡すよう執事に言いつけた。


 毎日やって来る膨大な量の手紙。1通ずつ目を通していく。手紙を見ることが日課になり始めて数日が経ったある日、レオン宛に書かれた手紙を見つける。差出人の名前はリリアナ・エスカーダ。女性の名前だ。

 貴族の知り合いかと思ったが、エスカーダという姓の貴族は居ない。心臓の脈打つ音が耳元で聞こえる。嫌な汗が背筋を伝う。

 震える手で封を開けると、お世辞にも綺麗とは言えない字が書かれていた。


『親愛なるレオンへ

 激しく抱き合ったあの夜からもう数日が経ったのね。あたしの体はもうあなたを求めているわ。早く会いたい。 リリアナ』

 吐き気が込み上げてきた。胃からせりあがってくるものを必死で抑え込もうとする。アイヴィの瞳から大粒の涙が零れ落ちた。

 レオンは裏切っていたのだ。アイヴィに優しい言葉で愛を囁く一方、このリリアナという女性と激しく愛し合っている。到底許せなかった。

「……駄目よ、アイヴィ。泣いても何も解決しないわ。出来ることをまずやらなきゃ」

 弱気になっていく自分を奮い立たせるようにして、アイヴィは頬を叩いた。乾いた音が鳴り、頬が熱を帯び始める。

 気合いを入れたアイヴィは、まず手紙を複写することから始めた。レオンに燃やされてしまうかもしれないからだ。また、手紙をそのまま持っておこうかと思ったが、更なる証拠を手に入れるには泳がせる必要がある。手紙をアイヴィが持っていれば、リリアナから返事が来ないとレオンは不審がる。アイヴィがレオンの不貞行為に気付いていると勘づくかもしれないし、そうなれば警戒されて証拠集めの難易度が上がるだろう。


「セバスチャン、これをレオンに渡しておいて」

 執事を呼び出し、出来上がった複写した方の手紙を渡す。リリアナの字にそっくり似せられたと思う。

「そういえばお嬢様、鍵職人から出来上がった合鍵を預かっております」

 執事はそう言うと胸ポケットから鍵を取り出し、アイヴィに渡した。レオンの机の合鍵だ。これで引き出しの中を確認できる。

 早速、アイヴィはレオンの部屋に行き、出来立ての鍵を使って机の引き出しを開けた。中にはたくさんの手紙が入っている。

「やっぱり手紙だわ。どうせ差出人も全部リリアナでしょう?」

 予想通りだった。全てリリアナ・エスカーダから出された手紙である。

 大量の手紙を机の上に広げ、中身を見ていく。

「出るわ出るわ、不貞の証拠が……」

 早く一緒になりたいだの、この前の夜は情熱的だっただの、ほとんどが夜伽に関する感想だった。

 あまりにも肉欲に溺れている手紙に飽き始めた頃、目を引く一文があった。


『そういえば、レオンは"妻は太っていて醜いから早く別れたいんだけど、離婚に応じてくれなくて"って言っていたけど、あれから離婚話は進んだの? 早く一緒になりたいわ。太ったあなたの奥さんよりあたしの体の方が気持ち良いって言ってたし』

 レオンが裏切っていることだけでも大きな傷を付けられた。"そのままの君で居て"と言っていたレオンが、陰でアイヴィの事を蔑んでいたとは。

 いきなり背中を鋭利な刃物で何回も何回も刺されたかのようだ。

「レオンから離婚話はされていないわよ……」

 アイヴィは、ぼうっとしながら手紙を複写していった。


 その日の夜、レオンが早く帰ってきた。

「ただいま、アイヴィ。今日は珍しく仕事が早く終わったんだ。一緒に食べない?」

「え、ええ……」

 玄関で出迎えたアイヴィに優しい微笑みを向けるレオン。証拠を嫌というほど目の当たりにしてきたが、心のどこかでレオンの事を信じようとする自分もいた。

 食卓に2人で対面して座る。こうして食事をするのが、昔は日常の風景だった。かなり久しぶりだったから何だか他人と座っているような居心地だ。

 執事が湯気が立ち上る海老のビスクを運んできてくれる。アイヴィの大好物だ。

(私の大好きなお料理なのに……食べたいと思わない)

 食欲が湧かない。手をつけないアイヴィを不思議そうに見つめるレオンと目が合う。彼の大好きだった顔を見ると、今は嫌悪感でいっぱいになる。

「ごめんなさい、食欲が無いみたい。部屋に戻るわ」

 引き留めようとするレオンの手を振り払い、アイヴィは自室に戻る。夜着に着替え、寝台に寝そべっていると扉が叩かれた。

「アイヴィ、俺だよ。入っても良いかな?」

 本当は拒絶したいが、あまりにいつもと違う態度を取ると不審がられてしまうだろう。渋々部屋に入れた。

 レオンは心の底からアイヴィを心配しているというような表情を浮かべる。

(惑わされそうになるけど、こいつは私を裏切っている。というより、全ての元凶はこいつだわ)

 レオンの裏切りが常に頭をよぎる。

「アイヴィ大丈夫かい? 飲みやすいスープだけでもどうかな?」

 アイヴィは静かに首を横に振る。

「ねえ」

 レオンの目を見る。鳶色の瞳にアイヴィが映った。

「私のこと愛してる?」

「勿論だよ。世界で一番愛している俺のお姫様だよ」

 嘘偽りない言葉だというようにレオンは告げる。

(嘘つき。あんたのお姫様はリリアナでしょうよ)

 アイヴィは笑うことなく、微笑を浮かべ続けるレオンを冷たく見つめた。

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