1営業目「とりあえずまっすぐ」は行先では無い
まえがき
2021年5月、東京は未だコロナ禍に見舞われ、多くの業態が苦境に立たされている。
かく言う筆者もタクシードライバーを始めて約1年半。駆け出し中の駆け出し、高齢化の激しい業界の中においても30代にして若手である。
営収(営業収入)も右肩上がりに上がりとなり「これからが本当の勝負だ!」と息巻いた所で、出鼻を挫く様に噴出したコロナ騒動。
廃業の話や休業の話、商権譲渡等このコロナ禍で半ば強制的に始まってしまった業界再編。それでも台数が減っている様に見えないのが、タクシーの不思議。
利用するお客様が減っているのに台数は減っているから運転手達は大わらわ。
そんな中でもこれまで色んなお客様をお乗せし、色々な経験をしてきた。然しながら、それをもってしても行先迄の道中で正解に辿り着く事は多くはない。
筆者がこれまでに出会ってきた、話に聞いたエピソードからタクシードライバーの心の叫びをいくつか紹介していく事としよう。
深夜0時の某繁華街。華金も日付が変わって土曜日となるが、この時間帯の酔客は電車に乗って帰るのが億劫になる人も少なくない。
繁華街のメインストリートには、某テーマパークを思わせる白や緑、黄色と言った色を光らせる行燈のパレード。
まさにお好きなタクシーにどうぞと言わんばかりの光景だが、運転している当人達からすれば気が気でない。
それもそのハズ、青タン(22時~翌5時の割増時間帯最中である為、距離の出るお客様は大変貴重。特に万収(1営業で1万円を超える仕事)なんて乗せようものなら2時間~3時間分の営収を得ることが出来る。
だからみんな血眼になって良さげなお客様を物色する。とは言ったものの、乗車申し込みがあったら乗せるのが運転手の決まり事。
そんな事言いつつも、近そうなお客様は見えないフリをしたり、あからさまに拒否するドライバーも居たりする。コロナ禍においては、そんな事するドライバーもめっきり減ったものの、未だいるのも悲しい事実。
筆者もパレードに参加し、手近に現れたホスト風の男性をお乗せする。
「ご乗車ありがとうございます!どちらまでお送り致しますか??」
「とりあえずまっすぐで~」
こんなありふれたやり取りから発進したものの、このお客様、だいぶ酔っ払っている様子。
「次の交差点はどうされます??」
「右に曲がって○○方面で」
このやり取りを最後に、この男性は眠りに落ちる。指定エリアまでは5分と掛からず到着し、車を停める。
「お客様、この先どうなさいますか??」やや大きめの声で声を掛けた。
寝ぼけ眼とほろ酔い気分の男性は、
「まっすぐで~」
と言い残し再び眠りに落ちる。
仕方なく車を走らせ、50m程行った所でまた車を停める。
こんなやり取りを複数回繰り返した所で男性はやっと起きて開口1番、
「ここどこ?」
「○○まで参りましたが、まっすぐと仰られたので、まっすぐ来て今は△町でございます。」
とお伝えした所、
「いや、俺そんなこと言ってねぇし。ワザと遠回りしたでしょ?」
こちらとしては言われた場所まで来たのに、そんな事言われたんじゃひとたまりもない。そうは言ってもここで時間をかけたら、せっかくのピークタイムを逃してしまう。客商売の弱味で、こちらが折れるのが懸命か。
「申し訳ございません。こちらの確認不足でした。再度、お送り先をご教示頂けますか?」その言葉を聞くと、
「じゃここ戻って、3つ目の角右で停めて。」と素直に教えてくれた。
「先程は大変失礼致しました。ここまで980円となっておりますが、普段はいくらでお戻りになっておりましたか?」と聞くと、
「いいよ。あんまり変わらないから」と言いつつ支払いをし、タクシーを後にして高層マンションへと姿を消して行った。
実はこんなエピソードは少なくない。と言うよりタクシードライバーにとってはあるあるで、クレームに発展するケースもある。
ドライバーとお客様のコミュニケーションの問題ではあるが、利用するお客様には心して頂きたいのは、「とりあえずまっすぐ」は行先では無い。