最強の魔術師
いつの時代なのか定かではない頃の話。
天使も悪魔も敵わない程の魔術師がいたという。
彼の名は・・・不明。
知る者がいないのだ。
実在の人物なのかも怪しかった。
しかし彼の事は語り伝えられていた。
最強の魔術師として。
しかしそれ程有名なのに何故名前が知られていないのか?
彼自身が名乗らなかったのだとか、名前を言っただけで呪いがかかり、死んでしまうからだと様々な噂があった。
ある男がその魔術師がいるとされる秘境の森に挑んだ。
彼は高名な神官である。
事の真偽を確かめよと彼の主である国王から命じられたのだ。
「多分私は生きて帰れないだろう」
彼はたくさんいる弟子達と別れの盃を交わし、森に向かった。
その森はいくら歩いても先に進んだ感じがしなかった。
「これも奴の術なのか?」
神官がそう思った時、目の前に小柄な老人が現れた。
「?」
彼はその老人が魔術師だと思い、
「貴方が噂の魔術師か?」
と尋ねた。老人はフッと笑い、
「いかにも。何の用かな?」
「貴方が本当に存在するのか確かめに参った。その力の片鱗を見せて欲しい」
「すでに見せている」
老人は右手に持った杖を掲げて言った。神官は訳がわからない。
「何をおっしゃる? 何も見せてもらってはいない」
「この森がわしの術そのもの。実際には存在せぬ」
「!」
神官はギョッとした。
「まさか・・・」
「世迷い言と思うなら近くの木に触れてみよ」
老人は強い調子で言い放った。神官はすぐ近くの木に触れた。
「グオッ!」
その瞬間、彼は雷に撃たれたかのように痙攣し、その場に倒れた。
「若輩者よ。何故わしの言葉に従うのか。愚かと言うよりないな」
老人は神官を見下ろして呟いた。
「命までは取らぬ。しかし、わしと出会った事は忘れてもらう。そしてお主の力も頂く」
「成程。そういう事か」
「何!?」
老人は神官の声が背後から聞こえたので仰天した。
「私も一国を支える神官だ。そう易々とやられはしない」
「く・・・」
倒れた神官は変わり身だった。老人はゆっくりと神官の方を向いた。
「貴方はどうやら我が王国にとって危険極まりない存在のようだ。その魔力、その思考。何一つとして相容れられるものはなし」
神官は眉を吊り上げ、怒りを露にして怒鳴った。
「ならばどうする?」
老人は不敵な笑みを口元に浮かべて尋ねた。神官は老人に近づきながら、
「知れた事。我が最高神の秘術にて消えてもらう」
「わしは天使も悪魔も恐れる存在ぞ。おぬし程度の力で勝てると思うか?」
「ほざけ!」
神官は右手で彼の守護神の印を結んだ。
「我が神の力受けるがいい!」
神官の気合と共に無数の光の矢が放たれ、老人に向かった。
「うおおおっ!!」
老人は光の矢をまともに食らい、焼失した。
「呆気ない・・・。妙な・・・?」
神官はあまりに簡単に勝敗が決した事を疑った。
「わしの耳垢から生まれしわしの分身を葬るとは、なかなかの術者よ」
「む?」
上空から声がした。
「ぬお!」
神官は眩い光に包まれ、意識を失ってしまった。
「はっ!」
神官は不意に意識を取り戻した。何故か彼は王国の自分の屋敷にいた。彼は森へ出かけるために身支度をしている途中だった。
「まさか・・・」
彼は身震いした。
「私は出かけてもいなかったというのか・・・。あれは全て魔術師の為せる業だというのか」
神官は出立を取りやめ、王城に出向いた。
彼は国王の怒りを買うのも恐れず、進言した。噂の魔術師は噂通りであり、手出ししてはいけないと。
神官の予想通り、国王は激怒し、彼を追放した。
やがて別の神官が森に出向く事になった。しかし同じ事だった。
誰一人として森に行けた者はいない。
だから魔術師の存在は知っていても彼の名を知らないのである。
その魔術師はその後も永くその強大な力を語り継がれたという。