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陰謀論の住人  作者: 六年生/六体 幽邃
2部 人魚の肉 
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7章 白比丘尼島

 

 7章 白比丘尼島

 

 人魚。

 上半身が人間、下半身が魚の生き物。 


 アジア、オセアニア、ヨーロッパ等、人魚伝説は世界各地にある。

 セイレーン、海人魚、イアーラ、それぞれ共通して不吉の象徴だ。


 人魚の肉を食らうと不老不死になるという。


 ●


 海だ。

 船の上から海を見下ろしている。

 

 穏やかな波、悠々と飛ぶカモメ、柔らかい日差し。

 冷たい潮風が気持ちいい。


「いやー良い景色ですねぇ」

「そうだな」

 

 隣に居る氷室も恐らくまんざらでは無いのだろう。

 甲板の手すりに身を預ける。

 

 火泥達が乗っているのは大型客船というものである。

 高層ビルを横にしたようなイメージの船だ。

 

 向かっているのはT都白比丘尼(しらびくに)島。

 T湾から海に出て24時間程の場所にある島だ。

 

 聞いた事の無い島である。

 少なくとも火泥は初耳であった。

 

 観光地なのか船内には観光客らしき老人達をちらほら見かける。

 かなり身なりの良い、俗に言う金持ち、という言葉がぴったりの服装だ。

 定年退職後、老夫婦の旅行といった風情だ。


 一部は家族連れで来ているのだろう、孫や子供を連れている。

 微笑ましい光景だ。


 船の内装もそれに合わせて豪華なものである。

 プールやレストラン、舞台まである。


 だが火泥達は観光では無い。

 れっきとした仕事である。


 都市伝説に触れた人間の護送。

 それが今回の仕事だ。

 

 ●


 火泥達に宛がわれたのは4人部屋。

 2つの2段ベッドがある部屋だ。


 寝室とバスルームというシンプルな部屋である。

 寮の自室よりは遥かに高級感がある。


 先に戻っていろと氷室に言われた為、火泥は部屋にいる。

 ベッドに座っている男が見えた。


 男の名前は土塔どとう 金剛こんごう、30歳。

 ある都市伝説の目撃者、であるらしい。


 火泥と並ぶかそれを上回る体躯、そしてそれ以上の目付の悪さ。

 暴力団では無いものの、夜の街の住人であると聞いた。

 

 火泥に与えられている情報はその程度である。

 というのもだ。

 

「あー、警部補?」

「何か」


 火泥は船室に居るもう1人の上司を見る。


 水引(みずひき) 玻璃(はり)

 23歳、警部補。


 氷室と同じキャリアの警察官。

 今年入った新人、そして今回の責任者なのだが。


「……」

「……」

 

 水引が疑り深くこちらを見てくる。

 顔を合わせてからずっとこの調子だ。

 

 流石に氷室相手にそのような事は無いのだが、と火泥は自分の立場を思い返す。

 

 氷室に無理矢理ついてきた形で公安局に配属された。

 だが火泥は地方公務員で巡査部長である。


 警察庁に入る為には国家公務員になる必要がある。 

 ノンキャリアであっても推薦を受けて国家公務員になるという手段はあるが、火泥の階級は巡査部長のままだ。


 推薦組でもない巡査部長の警察庁職員。

 うん、警戒する。


 だが流石に最低限の情報は貰わねばなるまい。

 そう思い口を開きかけた時だ。 


「信用されてねぇなぁ」

「あ?」

 

 土塔の声が火泥をせせら笑った。

 火泥の眼球がごろりと土塔へ向けられる。


「おい止せ」

「……」

 

 水引の静止で互いに睨み合うのを止める。


「……?」

 

 部屋の窓から見える波に違和感を覚えた。

 寄せては返す白波の中に妙に黒いものが混ざっている。

 

 だがそれはすぐに消えてしまった。


「どうしました?」

「い、いや、何でも」


 目を擦り始めた火泥を不審に思ったのか水引が声をかける。

 見えた物を説明できる筈も無く、火泥は誤魔化す。


 妙な緊迫感は氷室が部屋に入って来るまで続いた。

 

 ●


 周囲に誰も居ない事を確認し、氷室は部屋に入る。


 火泥達が居る部屋とは別の部屋。

 氷室に宛がわれた連絡用の部屋だ。

 

 船が島に着くまでの間、電波の関係で携帯電話は使用不可。

 しかし、船室の固定電話であれば外に繋がる。


 氷室は慣れた手つきで番号を打ち、相手を呼び出す。

 少しして聞きなれた軽薄な声が電話に出た。

 

「六道骸です」

『はい六道星、そちらはどうですかお兄ちゃん』 

「現時点で怪しい所は無い……、仕事中だ」

『はぁい』


 警察庁公安局、局長。

 警視監。

 六道星(ろくどうせい) 終夜(しゅうや)


 氷室の遠い親戚、弟のようなもの。

 両親が死んで引き取られた以上、弟と言ってもいいのだろう。

 

 けらけらと笑う声に氷室は眉間を揉む。

 それで、と促されたので報告を続ける。

 

「事前に聞かされていた臓器売買の噂ですが現時点では噂の域を出ません。老人ばっかりだ」

『ふーん? 成程』

「ただ殆ど老人しか居ないのは気になりますね。9割以上老人ってどうなんでしょうね」

『うーん、まぁクルーズだしねぇ……、注視しておいて』 

 

 商品にするならば若い臓器の方がいい。

 世界各地で児童誘拐が多発しているのはその所為だ。


 あの孫や子供達が商品だとしても老人の方が遥かに多い。

 島に到着し改めて観察する必要はあるが、現状、行われているとは認定しがたい。


 船内にも怪しい場所は無かった。

 他の噂の調査が優先されるだろう。


 不老不死の島。

 人魚伝説になぞらえた都市伝説。


 島には不老不死になる為の秘伝が伝わっている為、金持ち達がそれを求めてやって来る。

 そこでは非合法かつ残虐な儀式が行われている。 


 その噂の舞台が白比丘尼島だ。


「引き続き調査を続けます」

『はーい』

 

 報告を終え、氷室は最後の確認に入る。


「終夜」

『ん?』

「任務は護送で良いんだな?」

『いいよ、水引君の事よろしくね』


 そう言って電話は切れた。


 ●


 水引 玻璃の任務は蜥蜴人間に関する聞き取り調査である。


 蜥蜴人間に出くわした人間から当時の事を聞き出すのが目的だ。

 庁内にも敵の手が伸びている為、誰にも聞き取りを邪魔されないよう六道星に今回の任務を手配された。


 水引は蜥蜴人間を追う為に公安局に入った。


 ●


 船内にもうすぐ到着、のアナウンスが流れる。

 3人は穏やかな寝息を立てている。


 起こさないように部屋を出る。

 向かうのは甲板だ。


「あれが……」


 火泥は船の先端から海を眺める。

 晴天、カモメの群れの先にその島はあった。

 

 白比丘尼島。

 視力検査の円のような形の断崖絶壁に囲まれた島。


 円の欠けた部分から船が入っていく。

 まず目に入ったのは古い民家や錆びたプレハブ、数多くの旅館。


 そして巨大な平屋の洋館だ。

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