6章 死なない死刑囚
6章 死なない死刑囚
T拘置所、地下。
死刑囚が収容されている区画の更に下。
事件の形跡は跡形も無く、血の一滴も無い。
牢の中に新たな囚人が1人。
羽衣が中で眠っている。
男は格子の外から目覚めを待っている。
山吹色の目隠しをした胡散臭い男。
20代後半程。
「……っ」
羽衣が眠りから覚め、周囲を見渡す。
目が合った。
「こんにちは」
「……」
挨拶に返事は無い。
男は気にした様子も無く会話を続ける。
「ウチの六道骸から聞いてますよね」
「……貴方が六道星さん」
「はい、初めまして」
警察庁公安局、局長。
警視監。
六道星 終夜。
「……?」
声を出して違和感を覚えたようだ。
喉を抑える羽衣を見て六道星があぁ、と声を上げた。
懐から手鏡を取り出し格子の隙間から渡す。
「どうぞ」
「……!?」
鏡を見た羽衣が目に見えて狼狽する。
55歳から20代程に若返ればそんな反応にもなるだろう。
「こ、これは」
「御存じでしょう? あの島の産物ですよ」
「し、知らないわ!」
「そうですか」
大嘘だ。
彼女は知っていて、敢えて使わなかった。
「赤光の家はただの孤児院になりました。施設は解体、撤去されます」
「……何ですって、じゃあ実験は」
「私が引き継ぎました。貴方には別の仕事を」
死なない死刑囚の実験が行われた理由。
ありふれた理由だが国の為に働く、死なない人材を作る為だ。
ならば何故、指揮官である羽衣ではなく赤ん坊や子供に対して実験を行ったのか。
羽衣自身が施術を受けなかった理由の一つに年齢がある。
施術を受ける為の体力もそうだが、その後も使い物にならないからだ。
であるが故に若い内に手術を行い、羽衣自身は人材教育に回る事にした。
だがその懸念はもう無い。
「貴方には変わらず、国益の為に働いて貰います」
その言葉と同時に羽衣が終夜の背後に控えているものに気付いた。
ひぃっと声が上がった。
整列した手術着の、目隠しをした男達。
がちゃん、と鍵が開く音がする。
何も言わずに男達が牢の中に入る。
「それでは」
後は彼らの仕事だ。
終夜は静かな足取りで牢を後にする。
甲高い、歯医者で聞くようなドリル音が響いても、地上は静かだ。
●
病院というのは常に独特の静けさがある。
火泥は受付を済ませ目的の病室へ向かう。
良い日和だ。
病院内も心なしか明るい気がする。
目的の病室のドアをノックする。
中から薫が入室を許可した。
「失礼します」
「あら……」
清潔な個室だ。
見舞いの品は全く無い。
火泥は見舞いの果物をサイドテーブルに置く。
見た限り顔色も良さそうだ。
備え付けられた椅子に座り、火泥は声をかける。
「調子はどうですか」
「お陰様で……、と言っても記憶は全く……」
「そうですか……」
建物が崩壊した後、救助が入った。
奇跡か必然か薫は無事であった。
運良く瓦礫に閉じ込められただけで済んだのである。
人間に戻った晃の死体と共に、だ。
今は検査の為に入院している。
目を覚ました薫の記憶は一部欠けていた。
晃が羽衣に誘拐された直後。
そこからの記憶が全て消えていた。
崩落に巻き込まれたショックか、誰かが手を回したのか。
どちらも否定出来なかった。
「今日はこれを」
「……」
火泥はマスコットが描かれた骨壺カバーを薫に手渡す。
中には晃の骨壺が入っている。
薫がカバーを優しく撫でる。
どのような経緯であれ、これが今の彼女にとっての帰宅と出迎えなのだ。
長居は無用だと火泥は立ち上がり踵を返す。
「そろそろ失礼しますね」
「あ……」
「?」
引き留めるような声に火泥は振り返る。
薫が頭を下げていた。
「ありがとう、ございます」
「……いえ、仕事ですから」
そう言うのが精一杯だった。
●
警察庁の地下へ向かう階段。
かつん、かつんとヒールの音が響く。
階段を降りた所で氷室の足が止まる。
地上から僅かに差し込む太陽光。
小さな範囲しかしか照らさない照明。
打ちっぱなしのコンクリート。
照明の届かぬ闇、その中に火泥が立っている。
氷室を待っていたようだ。
この先は公安局の部屋。
それ以外の人間は誰も近付かない。
氷室は廊下を進む。
火泥がついて来た。
「真っ当な結末なんか無い」
「はい」
「そうか」
公安局と書かれたプレートが下げられた扉を開ける。
先の見えない薄暗い部屋。
入室するかと視線で問う。
火泥が頭を下げながら部屋に入る。
「……」
氷室も入り、扉を閉めた。
火泥 橄欖。
本日付で警察庁公安局配属。