4章 陰謀論から陰謀へ
4章 陰謀論から陰謀へ
火泥と別れた後、すぐに氷室は赤光の家に戻る。
今度は見つからないようにひっそりとだ。
無人の施設。
死体が見つかった為、そして実験の隠蔽の為、施設は閉鎖されている。
奥へと進み、昨晩と同じように菱田の部屋へと向かう。
窓は開けられたままになっていた。
するり、と以前と同じように入る。
鑑識が規制解除を行い、捜査の跡は何も無い。
昨晩、暗がりで見た時と殆ど変わっていない。
心不全、事件性が無いと判断され、そこまで調べられなかったのだろう。
氷室は迷う事無くソファーの後ろにある本棚へと向かう。
木で作られた立派な本棚だ。
両端を持ち、左右に揺らしながら引っ張る。
本がぎゅうぎゅうに詰められている為、相応に重い。
壁から少し離した所で後ろを覗き込み手を突っ込む。
本棚の後ろから茶色の封筒に入った書類が出てきた。
●
聞き取りを終え、店から出た。
出入り口から少し歩いた所で薫が足を止める。
「え……」
「?」
何事かと薫が凝視している方向を見る。
人の居ない商店街。
アーケードの所為で昼間でも薄暗い場所。
シャッター街。
朽ちたアーケードには穴が開き、日光が差し込んでいる。
光の下にそれは居た。
黒い布を被った化け物。
びちゃびちゃ、と赤黒い液体が地面を汚す。
咄嗟に薫を庇う様に前に立つ。
他の人間はまだ化け物の存在に気が付いていない。
流れる汗を拭わずに睨み合う。
化け物は動かない。
着信音が鳴り響く。
化け物が飛び上がり、アーケードの上へと逃げ出した。
どたどたとした足音が遠ざかって行く。
その音を不思議そうに通行人が見上げた。
火泥は化け物が逃げた方向とスマホを交互に見る。
薫を1人にして追いかける訳にも行かず、乱暴に電話に出る。
「あっ……! 糞っ! もしもし!」
『もしもし、信楽です!』
「は!?」
思わぬ相手に素っ頓狂な声が出る。
電話の向こうの信楽が呑気に笑いながら続ける。
『ご心配おかけしました、今から仕事に戻ります!』
「い、いや、お前もう良いのか」
『はい、医者のお墨付きで』
「そ、そうか」
それならば問題無いのだろう。
相当な力で叩き付けられた様に見えたが、そうでも無かったのだろうか。
火泥は通話をしながら周囲を見る。
時折、スマホを耳から離しながら音を確認する。
足音無し、化け物が襲って来る気配も無い。
音声で向こうに状況を知らせる必要も無いだろう。
後でかけ直す、と火泥は通話を切る。
「あれは……」
「昨日の……ですよね」
2人は互いに確認し合う。
火泥は薫に形式上の事を聞く。
「あれから何か変な事とかありました? その前でも良いんですが」
「……いえ、そういう事は」
何とか思い出そうとしているのだろう。
化け物が居た場所を凝視しながら薫が言う。
とにかく、このまま1人で帰す訳にはいかない。
「送ります、御自宅どちらです?」
「あ、ええと」
火泥の言葉に薫がこちらを見た。
急いでパトカーに薫を案内する。
●
赤光の家から離れ、氷室は車内でスマホを取り出す。
連絡するのは上司だ。
『はい六道星』
「六道骸です」
『どうかしました?』
相変わらずの胡散臭い声だ。
氷室は淡々と報告をする。
「実験の資料は回収しました。それと」
『と?』
「刑事が1人、それと母子草の娘が事件に首を突っ込んでいます」
『……』
僅かに考える素振り。
資料を見ているのだろう、紙の音が聞こえる。
『娘さんはどの程度?』
「コインロッカーに死体を置いたのは母子草の娘です」
可能なのも、動機があるのも薫1人だ。
あれだけ親子の確執を見せ付けられれば嫌でも察する。
問題は。
「刑事も近い内に辿り着きかねない」
『それはそれは』
向こうで肩を竦めているのが目に浮かぶ。
『刑事の方はこちらから再度命令を下します』
「了解」
氷室は火泥に関する情報を伝える。
これで火泥はこの事件に関われなくなるだろう。
証拠も確信も無く無茶をする警官は居ない。
氷室は今後の話、事件の決着の話をする。
「任務の確認を。俺の任務は資料の回収ですね」
『ええ』
政治的な話だ。
六道星はこの実験の主導権を握りたいと思っている。
実験によって生まれたものを使う使わないは別にして、だ。
完全に消し去れば誰かが新たに実験を始めるだろう。
だが、持つ者を限定すれば餌を待つ鯉の様にただ待つだけになる。
そうやって犠牲者を減らし、最終的には一網打尽にするつもりなのだ。
ならば。
「母子草の失態はどうします?」
『……』
先程よりも長い沈黙が返って来る。
指でデスクを叩いている音が聞こえた。
『ええ、その方向で行きましょう』
「了解」
そう言って通話が終わった。
●
真夜中。
照明も着けず真っ暗な部屋の中。
自宅に送って貰ってから延々と、無言でテレビのチャンネルを次々と変える。
ニュース番組でコインロッカーの事件が取り扱われている様子は無い。
羽衣の言う通りだと言うのか。
私は警察にも顔が利く。
羽衣に晃を取り上げられた時、勝ち誇った笑みを浮かべながら言われた。
火泥がそうなのかは判らないが。
ショッキングな事件だ。
捜査が行われれば赤光の家で行われていた事が明るみになる。
そうすれば羽衣はすぐに失脚するだろう。
そうすれば晃も帰って来る。
ふと、手が止まる。
赤光の家、施設長死亡。
死因は心不全。
小さな扱いだが確かに流れた。
「……」
そんな訳無い。
やはり、警察に手を回されていたのか。
何も言わずに薫は画面を凝視する。
それは夜が明けるまで続いた。