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陰謀論の住人  作者: 六年生/六体 幽邃
1部 死なない死刑囚
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2章 コトリバコ


 2章 コトリバコ


 制服の警官達によって現場は封鎖された。

 殺人を取り扱う刑事達が現場を慌ただしく歩き回っている。


 信楽は病院へと運ばれた。

 意識はしっかりしていたが念の為だ。


 今晩中に検視と検死が終わり、捜査本部が立つだろう。

 死体遺棄ならば所轄が、殺人事件ならば警視庁が出てくる事になる。


 ●

 

 駅の一室を借りて事情聴取を行う。

 明かりの下で女性を見ると、随分とやつれているように見えた。


 事件以前から心労が重なっていたのだろうか。


 居合わせた女性は母子草(ははこぐさ) (かおる)、25歳。

 駅の近所に住んでいるシングルマザーだ。

 

 夫とは死別。

 交通事故。

 

 現場には偶然居合わせたとの事だ。

 行方不明になった息子を探していたらしい。


「母子草って」

「御存じですか?」

 

 聞き覚えのある名前に火泥は記憶を掘り起こす。

 母親が何らかのセミナーを開いていた筈だ。 


 確か。


「親子関係の……、家族の絆がどうとか」

「……」


 火泥の言葉に薫が暗い笑みを浮かべる。

 怒りと憎悪が滲んだ笑み。


 そういった公演を開いている者の家族関係が最悪。

 割と聞く話だ。


 話題を変えるべく火泥は咳払いをする。

 

「さっきのアレに見覚えは?」

「……」

「……?」


 薫が不自然に黙り込む。

 目がきょろきょろと動き回り、口元に手を当てる仕草をする。


「母子草さん?」

「い、いえ。私にも何だか」

 

 動揺を露わに薫が答えた。

 これ以上は問い詰めても答えないだろう。

 

 そうでなくとも目の前で暴力沙汰が起きたのである。

 恐怖を覚えたのかもしれない。


 夜も遅い。

 これ以上は後日になるだろう。


「その……」

「はい」

 

 おずおず、という風に薫が切り出す。

 火泥はじっと言葉を待つ。


「息子の……、晃の捜索願を出したいのですが」

「今まで出してなかったので?」 

「母が……」

 

 そう言ったきり俯いて、周囲を見回す。

 誰かに聞かれまいとしているようだ。

 

 何やら事情があるらしい。

 書類だけ受け付け、事情は明日、聞く事になった。


 ●


「捜査打ち切り!?」

「上からの命令だ」

「冗談じゃ無い」

 

 朝一番、署長直々に、火泥のデスクで宣言された。

 火泥は素知らぬ顔をしている署長に食って掛かる。

 

「どう見ても殺人事件でしょう?」

「……上からの命令だ」

「あの木箱の中身が何か知らん訳じゃ無いでしょう!」

「……」


 箱の中身は死んだ赤ん坊の一部、何十人分。


 殺人でなくとも死体遺棄、あるいは損壊だ。

 非常に冒涜的な、悪意をもって行われた行為だ。


 この事件が殺人か死体遺棄、あるいは損壊。

 その程度の情報も現場には知らされていない。


 思わずデスクを叩く。

 ペン立てが飛び上がり、床に落ちた。

 

「上からの命令だ」


 表情は変わらず。

 そう言って署長が立ち去った。

 

 ●


「糞……!」

 

 煙草のフィルターを噛み潰し、火泥は苛立ちを抑える。

 これから薫の所に話を聞きに行くにはあまりにも凶悪な顔をしていた。

 

 ただでさえマル暴向けの顔と言われているのだ。

 抑えねばならない。

 

 そうだ、と思い立ち、スマホを取り出す。

 赤光の家、と打ち込み調べてみる。

 

 近くの児童養護施設のようだ。

 車で行けばすぐの距離。


 何かをする訳では無い。

 少し見に行くだけだ。

 

 20分程、車を走らせただろうか。

 郊外、周りが田んぼだらけの中に赤光の家はあった。


 ぱっと見は何の変哲も無い児童養護施設だ。

 門の向こうには小さな遊具が有り、その向こうに建物が有る。

 

 平屋部分と二階建て部分。

 窓の向こうに子供の描いた絵が見えた。


 それとは別に建物が有る。

 4階建ての、やけに大きな建物だ。


 窓はマジックミラーになっており、中が見えない。

 これも同じ敷地内に有る。


 何らかの研究所の様な建物だ。

 奥の建物は新しい、増築したのだろうか。


 広いな、と真っ先に思った。


 生活安全課の仕事には少年犯罪や虐待事件の取り扱いも有る。

 当然、他の児童養護施設には何度か訪れている。

 あくまで火泥の見た事のある施設よりも、という前置きは付くが、赤光の家の敷地は広かった。

 

「……んん?」

 

 火泥は窓を開けて施設を見る。

 子供達の声が聞こえない。


 と言うより人気が無い。

 車から降りて、ざっと見回ってみるが施設の中は無人のようである。

 

 閉鎖されたのか、何故、いつから。

 考えていると1人、男が現れた。

 

 総白髪の細身な男だ。

 スーツに太腿までの長いピンヒールブーツ、藍色の目隠しをしている。

 

 何らかの目的をもって施設の中を覗き込んでいるように見える。

 少し様子を見る。


 男が施設の門に触れた所で声をかけた。

 

「すみません、少し良いですか」

「はい」

 

 男がこちらを見た。

 見えているのだろうか。


 歳は20代後半程だろう。

 

「こちらの施設の関係者でしょうか」

「いえ、仕事で来た者です」

「閉まってるけど入るんですか?」

「ええ、菱田さんから許可は頂いているので」

 

 おそらく責任者の名前であろう物を男が出す。

 

「どのような仕事かお聞きしても?」

「……」

 

 流石に怪しまれるか、と火泥は警察手帳を出し名乗る事にする。

 

「すみませんね、私こういう者でして」

「……警察?」

「はい」

 

 黒い革製の四角いホルダーを男がまじまじと見る。

 写真と警察署のエンブレムを見た後、男が顔を上げた。

 

「ちょっと事件がありまして、何か心当たりとかありませんかね」

「……いえ、事件? 何も聞いていませんが」

 

 嘘だ。

 事件が起きたと聞いたのに冷静すぎる。


 詳細を訪ねようともしない。

 目の前の施設は無人にも関わらずだ。

 

 火泥は塀との間に男が挟まるように動く。 

 

「……すみませんが、会社に確認を取りたいので失礼しても?」

「あーもう少しお話をって……!?」

 

 間をすり抜け男が走り出した。

 すげぇ、ヒールってあんなに走れるのか、と頭の冷静な部分で考えながら火泥も走る。

 

 男が鬱蒼とした雑木林に迷いも無く突っ込んで行く。

 土が柔らかく、不安定な足場であるのにスピードは落ちない。


「うっそだろ…!?」


 何らかの訓練を受けている者。

 

 長く走れば振り切られるだろうと火泥はスピードを上げる。

 男との距離が縮まる。

 

 背中が近付く。

 手を伸ばし男の腕を取る。


 後ろ手に取り押さえ木に押し付ける。

 体格差で抑え込んでしまえばこちらのモノだ。


 肩で息をしている状態を何とか抑える。

 耳元で出来るだけ低い声を作り囁く。

 

「身分証明書は?」

「……胸ポケット」

 

 男の懐に手を入れる。

 胸ポケットからはとても見慣れた物が出てきた。

 

「ぜぇ……ん、警察手帳? 何だ御同業か……よ、警察庁、警視……警察庁? 警視?」

「……」


 火泥は腕の中の男と手帳を見比べる。

 目隠しの下の藍色の瞳は見えないが他の部分も特徴的だ。

 偽装である筈も、見間違える訳も無い。


 警察庁。

 国に係る事件と日本全国の警察を取り扱う組織。

 全国指名手配は警察庁の扱いだ。


 火泥の所属する所轄署、その上に警視庁や各都道府県警がある。

 それらの人事や指導に関わる事務等を行うのが警察庁である。


 建前上、国家公安委員会が地方公安委員会の同意を得て人事を行う事になっている。

 あくまで建前はそうなっている。


 階級はどの組織も共通である。

 巡査、巡査部長、警部補、警部、警視、警視正、警視長、警視監、警視総監。


 そして警察組織において階級は絶対である。

 

 火泥は捕まえた青年――六道骸 氷室――を丁寧に解放し、警察手帳を返す。

 そして人生で早々無いであろう滑らかな土下座を披露した。


 ●


 コトリバコ。

 インターネット上で話題になった都市伝説。


 死んだ子供の一部を詰め込んだ呪いの箱。

 触れた者を呪い殺す箱。

 本件に現れたそれは語られる物と非常に酷似している。


 だが触れた捜査員は無事である。

 この箱は出来損ないだったのだろう。

 

 他の箱は判らない。



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