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陰謀論の住人  作者: 六年生/六体 幽邃
4部 クローン人間
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22章 対峙


 22章 対峙


 都内某所。

 平屋の邸宅。


 大仰な和モダンの門を潜り、勝手知ったる家と言わんばかりに氷室は中に入る。

 玄関の扉が開き、中からカジュアルスーツを着た50代程の男が出てきた。


 形代 現世。

 この家の主である。


「やーよく来たね待ってたよ」

「……」

「今誰も居ないからさ、あがってあがって」

 

 大きな窓が目立つ広いリビングに通され、ソファーに座らされる。

 既に始めていたのかテーブルの上にはウイスキーとグラスが置いてある。


「何飲む?」

「……紅茶」

「はいはい」

 

 その答えを予想していたかのようにポットで紅茶が出てきた。

 自分で注ぎ、口を付ける。

 

「……」


 暫く沈黙が流れた物のすぐさま形代が肩を竦めた。


「くっくく……いやー駄目だね、降参だよ降参。全部洗い浚い吐くよ」

「駄目とは?」

「だってもうどうしようもないでしょこれ。スパコン回収されちゃったし」

 

 結局の所、不老不死の実現にクローン人間だけではどうしようもないのが実態だ。

 肝心要の記憶が無ければ本人の同一性は保てない。


 そして先日の事件でそれらは全て回収済みである。


「何を吐くんだ」

「知ってる事……って言っても大した事じゃない、僕は影武者。

クローンの流通経路なんて全部本体がやってるし今君達が捜査しているであろう事件の事はまーったく知らない」

「?」


 じゃあ何を、と言いかけた所で形代と目が合った。

 グラス越しに視線が寄越される。


「もうすぐ本体は死ぬ」

「……」

 

 目の前の形代はクローンだ。

 と言う事は当然コピー元がある。


 本来の責任者は本体と呼ばれたそちらだ。

 目の前の男ではない。


「死んだらどうなると思う」

「少なくともお前は継承出来ない」

「そうだね」

「だが最近の様子を見るに諦めてはいないだろうというのが公安局の見解」

「うんうん」

 

 先程とは打って変わって形代が大仰に頷く。

 氷室は形代が吐きたい事を理解した。


「犯人の動機が分かると?」

「そういう事」

「……聞くだけ聞こうか」

「その前にまずそっちの見解の中身を教えてくれない?」


 氷室は簡単に今朝の会議の内容を話す。


 不老不死研究開始の理由。

 蜥蜴人間の関与。

 何某かの決定的な、或いは致命的な出来事による関係者達の乱心という氷室の予想。

 

「……成程ね」

「……」


 形代が真面目な顔でグラスを見る。

 氷室は言葉を待ちながら紅茶を啜った。

 

「大筋は合ってる」

「そうか」

「でも最後だけ違う」


 この言葉から導き出される結論はひとつだ。


「……決定的、或いは致命的な出来事は無い?」

「……」


 形代が氷室を見た。

 僅かに動揺が出た氷室に言葉を続ける。


「当然、各自それぞれにとっての出来事はある。

でもそれは不老不死研究その物への致命的な出来事ではない」


 考えてもみろ、と形代が続けた。


「この30年間でどれだけ時代が変わったか」

「技術、思想、人権意識。生体肝移植ですら過去の技術になろうとしている」

「のさばり過ぎたよ。不老不死へのアプローチが時代遅れでそれに気付いても居ない」

 

 そもそもの発端がもう何十年、或いは何百年前だろうか。

 この不景気と呼ばれる時代ですら大きく変わった。


 躾は虐待となり、脱水症状には水を飲む事が許される。

 それらの意識は更に更新され、良い物となる。


 その中で未だに変わらぬ物。

 思想の死体が歩いているようなものだ。


 だがそれらを解決する手段があるとすればどうだろう。


「つまり動機は」

「うん」


 氷室は答えを口にする。


「過去の再誕」


 形代が両手を上げて降参の意を示した。


 芸能界を使ったプロバガンダ、洗脳。

 虐待を躾に、運動時には水を飲まないように時代を戻す。


 残された手段はこれで、これしかないのだ。

 不可能だと判らないのだから。


「ほっといても失敗するよ。ただでさえ多い残業を増やす事は無い」

「……」

 

 全くもってその通りだ。

 時代を戻す事は不可能でこのまま寿命を待てば頓挫する計画。

 

 ただでさえ危険も多い仕事に部下を出す必要は無い。

 救いの無い結末に晒す必要も、無い。

 

 氷室は深く溜息を吐いた。

  

「ここが分水嶺だ。そんな気がする」

「そうか、行ってらっしゃい」

 

 形代の声を受け、氷室は部屋を出た。


「事件ファイル、り-46。両面宿儺。イチニサンゴ、処理開始」


 ●


 交通整備は警察官の基礎能力だ。

 交通事故、事件、あらゆる場面で求められる。


 火泥が車を誘導している後ろで撮影が行われている。

 野次馬を流し、道路を滞りなく使えるようにする。

 

「……」

 

 火泥はちら、と現場を見る。

 神宮にも撮影スタッフにも不審な所は見当たらない。


 こっそりと道路整備にかこつけて写真を撮っているが収穫は無いだろう。


「……一応俺達が居るのは自殺が発生した撮影現場だよなぁ」

「そうだよ」


 土塔が小声で話しかけてきた。

 人通りは落ち着いている。


「なんもねぇなぁ」

「おかしいね」


 動揺も、悲嘆も無い。

 見張りの様な怪しい車も無い。


 見当たらなさ過ぎてどこから手を付けた物か迷う。


「……子供が死んでるのにな」

「……」


 火泥のボヤキを聞いた土塔が肘で軽く小突いて来た。


 かといってここで、子供の前で大っぴらに問い詰める訳にも行かない。

 それは別動隊の、顔が厳つくない人間の仕事である。

 

 そうこうしている内に撮影が終わったようだ。

 後ろでスタッフ達が労を労い合っている。


 神宮にも異変は無くやり遂げたような顔をしている。

 どうやら次の現場に向かうようであった。


 責任者であろう男がこちらに走って来る。


「警察官の方々もお疲れさまでした、これで撤収しますので」

「了解です、後は使用許可に従って片付けて貰えば問題ありません」


 火泥は書類を確認しながら片付けを見守る。

 少しだけなら聞き込みが出来そうだ。

 

「こんな話をするのも何ですが、これイチから撮り直しなんですか? 大変ですね」

「? ああいえ! そんな事はありませんよ。予算も納期もありますしね」

 

 火泥の言う所を理解したのだろう。

 男が話し出す。

 

「不祥事じゃありませんしね。神代君の場面はそのまま使う予定です」

「そうなんですか? 似てるとはいえ問題ないんですか?」

 

 ええ、と男が頷いた。


「今はCGもありますからね、その辺の調整は利くんですよ。勿論クレジットは2人の名前ですけどね」

「成程ぉ……!」


 思いもよらなかった話に火泥は感心した。

 そうこう話している間に撤収が終わったらしい。

 

「あ、終わりましたね。それじゃあ」

「はい、それじゃあ道路開けます。車に気を付けて」

 

 カラーコーンを撤去し、車を流す。

 通る車に礼をしてパトカーに戻る。

 

 土塔がペットボトルの飲み物を飲み干しながら言った。

 

「なぁこれそもそも犯行成り立たないんじゃねぇか?」

「CG……言われてみりゃそうだ。奴らの言う本物なんてどこにあるか判らねぇ」


 神代、神宮が本物ではないという話では無い。

 そもそも時代としてそれらの境界があやふやなのだ。


 カリスマという目に見えないもの。

 偽ブランド品とは違う、推し量れないもの。


 都市伝説に限った話では無い。

 これらは全ての人間に適用される話だ。

 

「だが」

「あぁ」


 火泥は頷く。


 だが犯行を進めようとする連中が居る。

 ならばやる事はひとつ。

 

 犯行を止め、全てを円満に終わらせる事だ。



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