20章 動機
20章 動機
影武者。
歴史上では武田信玄が自身の死を隠す為に利用した。
それは権力者にとって必須の道具でありながら現代において維持が困難な道具である。
例えばベンチャー企業の代表取締役の体調不良は株価に直撃する。
スポーツ趣味のアピールが多いのはその為だ。
政治家の体調不良、或いは死亡は通貨に影響する。
発言ひとつで価格が上下する世界だ。
他人の空似、双子、整形。
しかし技術の進化によって影武者の所有は困難を極める。
画像解析によって真実は暴かれDNAは最大の個人情報と言われるまでになった。
ならば完璧な影武者を作るしかない。
●
テレビの画面に古いモノクロ映画が映っている。
暫くすると映像は違う映画の物に切り替わる。
今度は最近の映画でフルカラー。
これはとある子役が映った場面を集めたものだ。
同じ顔の子役。
それがモノクロ映画の時代から出続けている。
氷室は資料に目を落とす。
20年前の父の声を思い出す。
『今から私はあの化物に特攻を仕掛ける』
『それでも殺しきれなければお前の体に封じてお前ごと殺す』
『良いな?』
蜥蜴人間が復活させた悪霊のひとつ。
科学や技術ではないそれは正真正銘の異形だ。
その場に存在する生命の数だけ力を増す。
ならば痛手を与えるだけ与えて自爆してしまえばいい。
そして父と一族は死に、氷室だけ生き残った。
記録は全て抹消され、公安局の六付きですら見る事は不可能だ。
知っているのは他の六道の一族のみである。
「警視」
思索は火泥の声で打ち切られた。
「……」
「警視監がお呼びです」
「今行く」
テレビの電源を切り、氷室はソファーから立ち上がった。
●
他の者達は既に集まっていた。
簡素なテーブルの上に資料が置かれている。
「あっ、お兄ちゃん来た!」
「警視監」
「はぁい」
はしゃぐ終夜を諫め、氷室は席に着く。
先程見ていた映像の切り抜きが印刷されていた。
「さて」
口火が切られた。
空気が切り替わり、終夜が事件の内容を説明する。
先日、とある子役が亡くなった。
神代 真也、享年8歳。
飛び降り自殺、動機は不明。
遺書の内容からスランプだったと考えられている。
葬儀は大々的に行われ、世間は納得し事件は風化している最中だ。
「これが1ヵ月前の話」
氷室は資料を見る。
写真の日付は昨日、死んだ筈の神代が撮影に臨んでいる姿が映っている。
名前は神宮 正人。
隣の火泥が渋面を浮かべた。
「DNA鑑定の結果、死亡した神代と神宮は同一人物との結果が出た。
君達にはクローンの出所を探ってもらう」
終夜の言葉に土塔が眉を顰めた。
間違いなく先日のチェーンメール事件で使われたクローン技術だろう。
問題は、だ。
「……何でそんなバレる事を?」
「ん」
水引の疑問は最もだ。
放送されれば疑問に思う者は少なくないだろう。
氷室は終夜に許可を取り、説明する。
「まず何故国を挙げて不老不死の研究をしていたのか、という話からになる」
「……!」
改めて聞かされ、誰かが息を吞んだ。
氷室は資料を裏返し、時系列順に出来事を書く。
「戦前、頻発する要人暗殺への対応が求められた。
影武者や妾の家を梯子する等対策は取っていたが限度がある」
緊迫した情勢、世界大戦。
誰かの死が更なる死を招く。
そこで始まったのが不老不死の研究だ。
「各責任者達はそれぞれの知識でアプローチを進めていた」
赤光の家、呪物。
白比丘尼島、化学物質。
智嚢学園、脳の保存。
そしてこの研究が成就した時、新たな問題が出てくる。
「そりゃそうだ。いつまで経っても老けねぇなんて怪しまれる」
土塔が大きく頷く。
そしてその問題が出てくるのは本来もっと未来、500年は先の話だった。
蜥蜴人間が取引を始めるまでは。
「あぁ……、まだその準備が整ってなかったんだな」
「……大筋はその筈だ。まだ判らない部分はあるが」
研究期間から考えて、蜥蜴人間との取引はもっと前から行われていた筈だ。
だが最近の有様はどう考えてもおかしい。
赤光の家と白比丘尼島。
あそこで使われていた材料は売春婦に産ませた自分の子だ。
智嚢学園に関しては言うまでも無い。
明らかに一般人を狙い撃ちした非合法な人体実験だ。
裏の世界が表沙汰になりかねない、という話ではない。
何を差し置いても逮捕、或いは処理という段階である。
何か――失敗にしても成功にしても――決定的な出来事があったのでは、と氷室は見る。
「智嚢学園が取った方法は脳の中身をデータ保存してクローンに移し替え続ける事での疑似不老不死。
連中はこれの流用で急場を凌ぐ事にしたんだろうね」
土塔が納得し、終夜がその先を引き継ぐ。
水引と火泥がいまいちピンと来ない表情をしている。
「テレビ放送はお披露目なのさ」
「お披露目……」
誰彼構わず不老不死にする訳にもいかず、さりとて操り人形にも相応の箔が必要になる。
政治家にカリスマが無ければ話にならない。
そういう面では元芸能人というのはある種、安定した要素だ。
「それにしてもクローンを人気芸能人にしてから政治家にする、ってかなり不安要素が大きすぎませんか?」
大まかに理解した火泥が訝し気な表情で言う。
「戦後、昭和の時代はそれでも通ってたんだよ。DNA鑑定も無ければ画像解析の技術も未発達。娯楽も少なかった」
「バブルの頃、芸術家同一個体化計画なんて代物が現実味を帯びる位には有効手段だった」
この計画を成功させるにはクローン本人以上のカリスマが現れた場合の事を考えなければならない。
芸能人だけではなく芸術家。
そういった者たちを国が管理する、という計画が裏で進み、そして頓挫した。
都市伝説に勝利した芸術家夫妻。
伝説の月影の名前は今でも語り継がれている。
「要するにね」
終夜が表情を崩さずに言う。
「なりふり構わず、なんて綺麗な話じゃない。逆ギレってやつだよこれは」
そう締め括られ、会議は終わった。




