18章 電脳の不老不死
18章 電脳の不老不死
チェーンメールを止めた者、学校関係者やレストランの客以外の人間。
この事件の中で未だ触れられていない被害者。
それは常識故に見落とされ、利用されたものだ。
そしてその正体はそのまま犯人に繋がるものでありながら、
その犯行は行われなければならなかった。
●
「スーパーコンピューター?」
「ああ」
水引が運転する覆面パトカーの後部座席で氷室は説明する。
手に持っているのはスーパーコンピューターを導入している企業のリストだ。
スーパーコンピューターは手続きを経て国から貸与、或いは購入する。
周辺機器等、国の指導に基づき各法人は導入するのだ。
火泥が横からリストを覗き込む。
「最近は製薬会社も薬効を計算する為に導入してるって聞きましたね」
「じゃあアクラガスですか?」
「いや」
逸る水引を制止して氷室は智嚢学園へ向かうように指示する。
リストに書かれている名前でスーパーコンピューターの用途が見えない、
そして不審な動きが見られたのはここだ。
そう言うと水引が何かを納得したように声を上げた。
「だからあんなに寒かったのか……!」
「あぁ、そんな事言ってたな」
サーバーやスーパーコンピューターのような大型の機器は排熱も凄まじい。
故障を防ぐ為の冷房だ。
話をしている内に智嚢学園に到着する。
路上に止め、校内の様子を伺う。
「真っ暗っすね……」
火泥が小声で呟いた。
誰もおらずしんとしている。
校門を乗り越え、駐車場を進む。
周囲を警戒し、何も居ない事を確認する。
「!」
真っ暗な校舎、その入り口。
全ての照明が消されている中、1つだけ明かりが点滅している。
お誂え向きに扉は解放されていた。
他の3人がまだ周囲を見ている中、氷室は真っ先に校内へと侵入する。
「!」
氷室が奥に歩を進めた途端、バタンと音が鳴る。
扉が閉められガラガラとシャッターが下されている。
「警視!」
火泥が氷室に向かって手を伸ばす。
伸ばされた手はシャッターに遮られた。
●
蜥蜴人間。
世界の全てを裏から支配する不老不死の生き物。
水銀の様な液体金属の生物。
それらは悪意で行動し、服従する者に不老不死を授けると言われている。
都市伝説の巨悪である。
●
誘導灯が一部だけ点灯する。
こちらに来いと言う事だろう。
氷室は暗闇に目を慣らしながら奥へと進む。
ズズ。
「……」
ズズ、ズズ。
引き摺るような音。
氷室の歩調に合わせてそれは進んでいる。
廊下に教室から漏れ出た光が差し込んでいる。
教室に入ると沢山のモニターの中に1つだけ電源の入った物があった。
ブツ、と音がして教室のパソコンが点滅する。
趣味の悪い映像。
目玉や口がチカチカと表示される。
表示される画面が次々と忙しなく切り替わる。
『見ているぞ』
『六付き』
『前に警告したぞ』
被害者の携帯電話も同じように表示されたのだろう。
バックドア自体は外部からの不正な侵入を許すだけの物だ。
問題は何が入ってきたか。
「そうやって生徒を脅したのか」
氷室の声に映像が止まる。
『地下に来い』
その文章が現れると誘導灯が奥へと続く。
氷室は校舎を進み、地下へと向かう。
進むと背後の防火扉が閉じられる。
逃がすつもりは無いのだろう。
暗闇の向こうに明るい部屋があった。
氷室はそのまま進む。
部屋に入ると金属製の扉が閉じた。
自動ドアの様な2枚の金属だ。
「……」
寒い部屋だ。
広い部屋を簡単な仕切りで区切ってある。
片方はサーバーやスーパーコンピューター。
そして大きな画面や普通のパソコンがある。
もう片方にはベッドが沢山あり、何人かが眠っている。
恐らく行方不明者達だろう。
氷室は彼ら、彼女らの脈を取る。
痩せて冷たいものの、まだ生きているようであった。
頭や首に奇妙な機械が取り付けられている。
それはパソコンやスーパーコンピューターに繋がっていた。
男が氷室の手首を掴んだ。
「!」
背後から虚ろな目の男達が氷室を拘束する。
拳銃を死守する体勢を取る。
カチャン、と手錠がかけられる音がし、部屋の中で1番大きい画面が点滅した。
映っているのは仙薬だ。
資料にあった写真と同じ服装である。
『直に顔を合わせるのは初めてかな、六付き。私が仙薬だ』
「……」
画面の中の仙薬が氷室を見て話しかける。
傍目には録画された映像であるように見える。
『ここまで金をかけてようやく1人分だ。言ってる意味が分かるか』
「……人格の電脳化。それが出来上がるのはもっと後だと思っていた」
『だろうな。蜥蜴の協力がなければその通りだった』
人格、記憶の電脳保存。
今現在も研究されているそれは、ある種の不老不死の一端だ。
スーパーコンピューターであっても人間の脳の再現には至らない。
故にそれは不可能な筈だった、蜥蜴人間が与える不老不死の技術さえなければ。
「その見返りに幼体を産ませる母体の提供をしたと」
『そうだ、知っているだろう。何故か蜥蜴の幼体はすぐに死ぬ。安定した出産を欲しがった』
被害者の遺体から出てきた幼体もすぐに死んだ。
自我が発達して居ない事、液体金属故の不安定さだろうと見ている。
仙薬が余裕たっぷりに語りかける。
『未だ完成、とはいかないがインターネットや繋がっている所を庭にするくらいは出来るようになった』
「だろうな」
『しかし君は真っすぐこっちに来たな。製薬会社という明らかに怪しいものがあっただろう』
「確証を得たのは部下から報告を受けた時だ」
水引の捜査報告。
校内で流行したチェーンメール。
水引や他の警察官は常識故にそれは行われた上で民間では不可能と勘違いし、見落とした。
学園はそれに乗じて隠蔽を図った。
管理されている端末だからこそ行わなければならない対処。
それを行ってしまえば犯人に辿り着いてしまうからこそ行わない対処。
「この犯行を完璧にする為に絶対に行わなければならない犯行がある」
『……ほう』
「チェーンメールを受け取った最初の人間」
発信元が辿られてしまうからだ。
だから被害者と端末が一緒に行方不明になった。
「事件発生時、それを学園で調査したという報告は上がっていない。
チェーンメールが犯行に関わっていると強い嫌疑が掛かっているにも関わらず」
『……アクラガスという隠れ蓑は最初から役に立たなかった訳だ』
画面の中で仙薬が嘆息する。
姿形は20代のそれだったり、50代のそれだったりと忙しない。
「警察の介入を拒んだりとメールから事件の臭いを消そうとした事からも伺える。
このメールは自発的な要因以外で送る、送らないを決められては困るからだ」
『続けて』
「この犯行を行うにあたって警察の介入を可能な限り遅らせる被害者とは誰か」
メールに仕込まれたバックドア。
送受信を盗み見出来るそれで何を見たか。
この現代、携帯電話とは個人のプライベートであり、全ての人間関係が入っている物だ。
「最後の1人、つまり誰かと関わりがない、或いは友人が少ない、家族との関わりが少ない孤立した人間。
それを見つける為のチェーンメール」
『……』
仙薬が嫌味たらしく拍手をした。
『君、名前は』
「六道骸」
『……その冗談は面白くないな』
初めて仙薬の顔から余裕が消えた。
氷室は更に追い打ちをかける。
「それより重大な事がある」
『何だ?』
「蜥蜴の成体であっても死ぬ」
『……何だと?』
分厚い扉を貫通する程の破壊音。
それはシャッターが破壊された音だろう。
『!?』
仙薬の画面が乱れる。
外から分厚い防火扉を突き破る音が聞こえてくる。
それは徐々に地下のこの部屋に近付いていた。
ガン!
部屋の扉が叩かれた。
当然、そんな事で扉はビクともしない。
ガン! ガン!
ガン! ガン! ガン! ガン!
扉の中央が出っ張ってきた。
真ん中から向こう側が見える。
男達の拘束が緩む。
氷室から離れ、新たな侵入者に備える。
ガン! ガン! ガン! ガン! ガン! ガン!
バキィ!
ギギギ、と音を立てて扉が強引に開かれる。
ふたつに割られた扉から土塔が姿を現した。
当然、この手の扉は非常用に手開き出来るようになってはいる。
そういう問題ではないが。
「警視! 無事ですか!」
土塔の後ろから火泥が叫んだ。
ずんずんと部屋に入った土塔が氷室に近付く。
「おいおい警視さん、先に1人で進むんじゃねぇよ」
「……どっちがホラーかわかったもんじゃない」
「向こうだろ」
土塔が向かってきた男の頭を掴み放り投げた。
巻き込まれた他の男達が吹き飛ばされる。
幾ら長いコードとは言えどもそんな激しい動きには対応していなかったのだろう。
端子が抜けたり折れたりしたのが見えた。
糸が切れたように男達が倒れる。
それを気にせず土塔が氷室の手錠を見た。
鎖を強引に引っ張り、千切る。
氷室は立ち上がり仙薬を見上げた。
「証拠だ。蜥蜴人間を殺した人間」
『……!』
氷室の言葉に初めて仙薬がたじろいだ。
成体の死、それは全ての前提の崩壊だ。
蜥蜴人間特有の悪意。
それ故に隠された情報に仙薬は踊らされたのだ。
「事件ファイル、ち-36。チェーンメール、仙薬 丑夫。ニイチゴロク、処理開始」
●
氷室は警察手帳を仙薬に見せびらかすように開いた。
中身を見たであろう仙薬がたじろぐ。
『……っ! 本物!?』
仙薬の声に合わせて男達がスーパーコンピューターの前に立ち塞がる。
虚ろな目は全くこちらを映していない。
氷室は男の後ろに回り、首のコードを引き抜いた。
コードを引き抜かれた男が音も無く倒れる。
「彼らは機材が出来上がるまでの外部保存端末か。出所は例の寺か?」
『黙れ!』
部屋の奥から更に男達が現れる。
うぅ、と呻き声を上げながら氷室達に近付いてくる。
「……ゾンビ?」
「生きてはいる」
土塔の声に氷室は答えた。
火泥が被害者達の機材を外しながら叫んだ。
「警視どうします! これだと連れてけませんよ!」
「……」
氷室は拳銃を取り出す。
照準をスーパーコンピューターに向けた。
べちゃ。
明らかな水音。
氷室は音の方向を見る。
銀色の液体が天井から落ちている。
落ちた液体はスーパーコンピューターの中に染み込んでいく。
「蜥蜴!?」
「いや」
火泥の警戒を氷室が抑える。
真っ赤な警告灯と真っ赤な画面が点滅する。
冷房が効いている筈の地下室の温度が上がる。
スピーカーからは仙薬の叫び声が流れる。
音割れ、ハウリング。
ブツッ。
切断音、後にしん、とした沈黙と熱気が地下室に籠る。
スーパーコンピューター、並びにモニターはうんともすんとも言わない。
「今のは……」
「……」
水引が釈然としない表情で氷室を見る。
「撤収する」
そういって氷室は壊れた扉の方を向いた。




