15章 私立智嚢(ちのう)学園
15章 私立智嚢学園
T都MB区。
清々しい朝日とは裏腹に持ち込まれた事件は暗いものだ。
水引は適当な場所にパトカーを止める。
公園には誰もおらず、考え事にうってつけである。
昨日、六道星から言い渡された任務。
最近都内で多発する行方不明事件の捜査。
行方不明になった人間に共通点は無い。
年齢も10代後半から上は上限無し。
しかし、このMB区が最も被害者が多い地区である事は判っている。
それしか判っていないとも言う。
助手席から降りてきた土塔がやれやれ、と言った風に資料を覗き込んできた。
「オタクの上司は無茶振りすんのが仕事なのか?」
「……」
捜査の命令を受けた後、2人で何か話していたらしい。
その後、土塔の同行も命じられた。
有無を言わさずである。
六道星の胡散臭い笑顔を思い出し頭を抱える。
切り替えよう。
公安局の仕事である以上、以前の様な何かがあるのだろう。
しかし今回は完全な手探りだ。
どこから捜査するべきか。
「すみません」
「ん?」
管轄署を差し置いて大っぴらに聞き込みをする訳にも行かない。
どうしたものかと悩んでいると何人かの学生に声をかけられた。
確か近くの私立高校の制服だ。
智嚢学園、可もなく不可もない普通の高校である。
「警察の人ですよね……? あの、桜ちゃん見付かりました?」
「あ、いや……えぇと」
恐らく被害者のクラスメイト達なのだろう。
まだ午前中の筈だが授業はどうしたのだろうか。
水引の言いたい事を悟ったのか学生達が補足する。
「あ、僕ら今日は早く帰れって言われてて」
「事件があったから授業も無いんです」
「あぁ成程」
それなら危ないし早く帰った方がいいのでは、と言うと学生達が顔を見合わせた。
その様子に水引は首を傾げ、土塔が納得したように頷く。
「センセイ達が捜査に協力してくんないんだろ」
「そうなんですよ!」
「お巡りさんが最後桜ちゃん何処で見た? って聞いてくれてるのに答えさせてくれないんです!」
「あー……」
土塔の発言に首がもげる程に頷く学生達。
大学自治に代表されるように歴史的経緯から学校とは得てして警察の介入を嫌がるものだ。
だが子供達には関係の無い話である。
これは話を聞いた方がいいだろう。
水引はメモ帳を取り出し、聞き取りの体勢に入る。
「えーっとじゃあまず、その桜さんを最後に見たのは」
「2週間前です、家が近所なので一緒に帰ったのが最後で」
「次の日には学校に来なかった?」
「はい」
用意していたのだろう手帳のカレンダーを見せながら女生徒が証言する。
水引は許可を得てそのページの写真を撮る。
どのような生徒であったか、と聞く。
真面目で少し融通の利かない子であったと証言が取れた。
次に失踪する心当たりを聞くと言いにくそうに何人かが口を開く。
「やっぱあれじゃない? 呪いのメール」
「呪いのメール?」
水引が疑問を口にすると女生徒が携帯電話の画面を見せた。
●
拡散希望!
あなたは幸運のメールに選ばれました!
このメールを消さずに、願いをメールの下書きに書いて保存してね。
月の無い夜にミチビキ様が叶えてくれるよ。
でも。
このメールを5日以内に5人に回さないと不幸になっちゃうぞ。
絶対回してね!
●
「すごい懐かしい」
「そうなんだ……」
土塔の発言にそうとしか返せなかった。
火泥と負けずとも劣らない強面にそんなメールが回ってくる事があったのだろうか。
取り敢えずメール画面の写真を撮る。
気を取り直して水引は学生達に向き直る。
「流行ってるの?」
「うーん、流行ってるっていうか……」
「?」
水引の質問に女生徒が口籠る。
どう説明するべきかを悩んでいる風であった。
「これが流行ってすぐ事件が起きたからなんか……」
「あぁ成程」
どうしても関連付けてしまうのだろう。
人間の心理とはそういうものだ。
それに、と言葉が続いた。
「桜ちゃんどう見てもおかしかったし」
「おかしかった?」
どんな風に、と聞くと更に悩む。
事件の証言は難しいものである。
「なんか怖がってたみたいな……、寝れてない? みたいな……」
「んー……成程」
「このメールも馬鹿にしてて送らなかったんですけど、居なくなる前はなんか」
「居なくなる前に何かメールで相談とかあった?」
「いえ……」
信じ込んでいたのだろうか。
推測を立てるも証言そのままメモを取る。
ここは深く突っ込まない事にした。
人は断言に弱い。
あまり口を出しすぎると、見た事、感じた事ではなく水引の言葉を借りてしまう恐れがある。
それは証言の正確性を欠き、捜査や裁判にも影響する部分だ。
「なんかPTAの人も行方不明って聞いたよね」
「そうなのか?」
突如、現れた証言に土塔が聞き返す。
これは明らかに異常事態だろう。
そちらも含めて捜査の必要がある。
「うん、取り敢えずはこのくらいで……、何かあったら警察に電話してね」
「はい……お願いします」
そう言って一同は解散する。
「智嚢学園か……」
「明らかに怪しくねぇか?」
「……まずは調べられる所から調べよう」
そう言って水引はパトカーを発進させた。




