13章 夜が明けても
13章 夜が明けても
若美を確保。
一夜明け、ヘリでやってきたのは管轄の職員ではなく公安局の人間だ。
●
職員達が島中を走り回っている。
抵抗する者、呆然としながら運ばれる者。
儀式に関わり、若返った者達が次々と船に乗せられていく。
「……」
火泥はそれを何をするでもなく眺めている。
老いた子供達、その実親達。
かつてはこの島で無責任に、今は何処かで無責任に。
或いはその為にわざと産み落とす。
そうまで若さにこだわる理由など知りたくもなく、ましてや老いた子供達に接待をさせる神経などわかりもしなかった。
「おじちゃん!」
「お兄さん」
かけられた声を真っ先に訂正する。
火泥はまだ三十路を超えていない。
子供の目から見れば20歳越えはおじさんだとしても譲れない部分である。
呼ばれた声に振り返ると島の子供達が不安そうな顔でこちらを見ていた。
火泥はしゃがみ込み子供達と目を合わせる。
「わたしたち、どうなるの?」
「そうだねぇ……」
そう言って火泥は氷室から言われた言葉を思い出す。
まずは、と切り出して努めて判りやすく答える。
「君らは島の外の病院に行って、その後は児童養護施設って場所に行く。お父さんお母さんとは離れて暮らす事になる」
「……会えないの?」
「……それは御両親次第かな」
火泥は言葉を濁す。
会える可能性など皆無だろう。
そしてこの子達の記憶からも、彼らの事は無かった事になるのだろう。
そういう確信がある。
「そっか、そっか……」
火泥の言葉を子供達がゆっくりと嚙み砕く。
暫く悩んだ後、作り笑顔とも本物の笑顔とも取れる表情を見せた。
「島の外初めて」
「みんな同じ病院なんだって」
「えー? 何人もいるよ?」
「あの病院より大きいの?」
ある程度は誰かが説明していたのだろう。
伝え聞く島の外に子供達が好奇心を見せる。
「うん、うん……」
子供達の話を、火泥は聞くのが精一杯だった。
●
「おい、おじちゃん」
「お兄さん!」
「ん」
出港前。
夕日を眺めている火泥に氷室は声をかける。
「若美はこの後……」
「……」
どうなるんですか、の質問には答えない。
それを察したのか火泥はその先を言わなかった。
「火泥」
「なんです」
「泣いてるのか」
泣いてませんよ。
その言葉とは裏腹に、火泥が目を強く擦った。
●
夜、海上。
平和になった海上を船が進む。
見張りを残して皆が寝静まった深夜。
その見張りでさえも勝手知ったる公安局の人間。
人払いは簡単であった。
水引は若美が拘束されている部屋へと入る。
ドアを乱暴に開けたが若美は魂が抜けたようにぼんやりとした表情で空を見ている。
「……」
まだ薬が効いているのか未だに95歳の老人には戻っていない。
出会った当初の50そこそこ位の見た目だ。
最早戻れないのかもしれないが知った事ではなかった。
水引の姿を見つけ嘲笑を浮かべる。
「ノックもしないのが公安局か」
「違う、個人的な話だ」
「……確かに、何処かで」
若美が顎に手を当てる。
地下室の会話で若美は水引の正体を思い出しかけていた。
ならば、と水引は教えてやる。
「8年前の、新聞記者家族惨殺事件を覚えているか。
新聞記者とその妻が殺され、犯人は未だ不明の、お前らがやった事件だ」
「何?」
どこにそんな証拠が、と言いかけた口が止まった。
そして若美が思い出し、顔色が変わる。
水引は追い打ちをかける。
「蜥蜴人間とお前ら数人で妻から嬲り殺し、その子供を殺し、発狂した新聞記者を殺したんだ」
「……殺した筈だ!」
「下手糞が!」
そういって水引はナイフを出す。
若美を壁に追い詰める。
「俺があの時の子供だ!」
「ふざけるな! 公安局は何を考えてる!?」
「上の考えなんか知るか」
六道星の考えなどわかりはしない。
だが今が好機である事に変わりはなかった。
「吐け……! あれは何処に居る!?」
「冗談じゃ無い……!」
顔面にナイフを突きつけても若美は口を割らない。
ならば、と振り上げた手は止められた。
「そこまでな」
「……!」
水引を止めたのは土塔だ。
手を振り払おうにも体勢が悪い。
「寝てたんじゃ」
「流石にこの大音量じゃ起きる」
あの2人も起きてる、と興味なさげに返された。
「……!」
水引は思考を巡らせる。
火泥はただの善良な警官だ、間違いなく止めに来る。
氷室の思考は不明、どのような処分を行うのかも不明。
土塔は何故かこれから行う拷問を止めに来た。
この状況をどう動くか、水引は答えを出せずにいる。
「はぁ……、教えてやるよ」
「……何?」
「蜥蜴人間を殺した時の話だろ? 洗い浚い吐いてやるよ」
「はっ!?」
若美が土塔の言葉に目を剥いた。
しょうがねぇなぁ、という風に土塔が首を振った。
急な変わり身に水引はついて行けない。
土塔 金剛。
都市伝説の目撃者、蜥蜴人間を成り行きとはいえ殺した男。
水引は何よりその情報が欲しかった。
逡巡の後、観念したように水引は土塔にナイフを渡す。
「ん」
受け取ったそれは乱暴に海に投げられた。
ぼちゃん、と上がった水音は波に飲まれる。
●
『そう、処分しなかったんだ』
「問題か?」
『別にどっちでもいいからお兄ちゃんの好きにしていいよ、若美に聞きたい事が無い訳じゃ無いし』
「終夜」
『はーい六道骸警視、後はよろしくね』
気楽な声で通信は切られる。
船は何事もなかったかのように進む。




