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陰謀論の住人  作者: 六年生/六体 幽邃
2部 人魚の肉 
12/22

11章 ひとでなし


 11章 ひとでなし

 

 都市伝説の誕生には類似した、或いはそのものの事件の発生が不可欠だ。

 白比丘尼島の人魚信仰の発生にも当然、何かしらの事件があったのだろう。

 

 現代ではもう影も形も無いものだ。


 ●


 氷室が再び火泥と合流したのは日が落ちかけた頃だ。

 差し込む西日の向こうから火泥がこちらを見てくる。


「警視、この事件は何なんです」

「……」

「わかりました、何聞いても突っ走りません、本当に」 

 

 火泥が公安局に来た経緯を思い出し、氷室は渋い顔をする。

 それを察したのか火泥がしどろもどろに言葉を紡いだ。


 だが、これ以上隠すのは無理だろう。


「まずこの島には人魚伝説があった」

「あぁ、島に石像ありましたね」

「そうだな。都市伝説自体は人魚の肉を食べると不老不死になるというメジャーなものだ」

「って割にはこの島……」 

 

 老人ばっかりですね、と言おうとしたのだろう。

 火泥が微妙な顔で頬を掻く。

 

「バブル当時はそれを売りにしていたようだが、今となっては、というのが大体の所だ」

「だけど何故か、ってのを探りに来たんですよね俺達。護送も無くは無いんでしょうけど」

「……」

「あの殺人事件もそれに関係している?」


 何か確信染みた声で火泥が言った。

 伝えていた任務は土塔の護送、護衛だけの筈だ。


「……何を見た?」

「えぇと」

 

 それが何を意味するのかは判らないが、と前置きを付け火泥が報告する。


 妙に年寄り染みた服を着た若者達の事。

 氷室達が来てから一度も船は来ていない事。

 

「……」

「すみません、報告が遅れて」

「いや……」

 

 つい先ほどの話であるし氷室と別行動をしていた時の話だ。

 火泥を責めるつもりは無い。


 そこまで見境が無くなっているのか。

 これでは護送、護衛どころの話では無い。


「……」

「警視?」

 

 どん、どん。

 火泥がこちらに来ようとするのを荒いノック音が遮った。


「なぁ、ちょっといいか」

「……どうした」

 

 火泥が返事をすると土塔が入ってきた。

 頭を掻き、眉間に皺を寄せている。

 

「警部補さん知らねぇか。さっきから見かけねぇんだが」

「……」

 

 突っ走るのは火泥だけでは無いようだ。


 ●


 もうすぐ日が落ちる。


 その表情を敢えて形容するならば憎悪、と言うのだろう。

 警察官の仮面を投げ捨て、水引は鳥居が続く階段を上る。


 血走った目、早鐘を打つ心臓。

 水引は興奮と疲労で上がった息を潜めながら奥へと進む。


 古びた鳥居、真っ赤な鳥居。

 神社を越え豪邸に辿り着く。

 

 しんとした邸宅。 

 格子の様な金属の門から中を覗き込む。

 

 中に居るのか、それとも誰も居ないのか。

 巨大なガラス窓から見える建物内に人影は無い。

 

 水引は門に手をかける。

 門には当然鍵がかかっている。

 

 生け垣を乗り越え、邸宅の中に入る。

 場違いな水色のプールが揺れている。

 

 窓に近付かないようにしながら入り口を探す。

 周囲を歩き回っていると、建物に似つかわしくない錆び付いた扉があった。

 

 可能な限り音を立てないようにドアノブを捻る。

 鍵はかかっておらず、キィ、と甲高い音を立てて扉は開いた。

 

 まず血の臭いに顔を顰めた。

 消毒の気配すら無い、錆びた部屋。


 明かりは無く、西日を飲み込む洞の様な入口が水引を迎える。


 足元に注意しながら階段を下りる。

 じゃり、とコンクリートを踏みしめる。

 

 明かりは無く、目を慣らしながら奥へと進む。

 足音を立てぬようにゆっくりと歩く。


 ざり、ざり、ざり、ざり。

 ざり、ざり、ざり、ざり。


 突然の明かりに目が眩んだ。


 裸電球の下に鉄枠を組んだような椅子。

 黒い革の拘束ベルト。

 

 資料通り、ここで実験が行われているのは間違いない。

 子供の脳から採取した成分、それを老人に与え若返らせる実験。


 島の伝説を隠れ蓑にした、本来起こりえない現象。

 悪趣味で、ショー的なそれは島の地主という支配者となって行われているのだ。

 

 だが水引の目的はそれでは無い。


「……招かれざる客だ」

「!」


 背後からタックルを食らう。

 掴まれた腰を振り回され壁に叩き付けられた。

 

 裸電球の下に若美が現れる。


 高級スーツ、40代後半程の高慢ちきな顔。

 忘れた事は無い。


「公安局か? あの六付きではなさそうだが」 

「……! 何の事だか!」

「ふぅん」


 余裕綽々という風に若美が椅子に寄りかかる。

 水引は若美の顔を睨み付ける。


「ん? お前何処かで」

「……!」

 

 若美が何かを思い出そうと顎に手を当てた瞬間、

金属同士が激しくぶつかり合うような音と、黒板を引っ掻いた様な嫌な音が部屋に響いた。

 

 ●


「お前な」

「見逃してくれよ、緊急事態だろ?」


 土塔のブーツ。

 蹄鉄が仕込まれたそれが鉄の扉を蹴破った。


 水引は何処だと目撃情報を追いかけてみれば、明らかに錆びた生臭い臭いの鉄の扉が半開き。

 緊急事態だが蹴破る必要は無かっただろう。


「警視はちゃっかり耳塞いでるし」

 

 塞いでいた耳を解放し、氷室が部屋の中に入る。

 火泥は足早にヒール音を追いかけた。

 

 打ちっぱなしのコンクリート。

 血の臭い。

 

 足早に階段を下りていく。

 地下の広い部屋に照明の下に若美と水引が居た。


「警部補!」

「な、なんで」

「バレたくないのならもう少し見られないように動け」

 

 水引の疑問に氷室がそっけなく答える。

 氷室の姿を見て動揺している若美が突っかかってきた。 


「れ、令状は」

「都市伝説の住人が法を語るか。お前が観光客……、

いや、顧客にばら撒いた物が何か、知らないとでも」

「……」 


 氷室の冷たい声が若美を口籠らせる。


「そうだろう、若美 蓬莱、95歳」

「……は?」

「……貴様!」

 

 一瞬の沈黙の後に困惑と憤怒。

 火泥は若美の顔をまじまじと見る。


 どう見ても50代程だろう。

 だが図星を突かれたかの如く若美の顔が物凄まじく歪んだ。

 

「だからどうした」

 

 低い声。

 それと同時に若美が懐に手を突っ込む。

 

「お前達さえ凌げばいいんだ……!」

 

 懐から取り出した注射器を乱暴に自分に刺す。

 中の薬液が減ると同時に若美の姿が変わっていく。

 

 50代、40代、30代。

 それは有り得ない早さで若返っていく。

 

「事件ファイル、し-16。白比丘尼、若美 蓬莱。ゼロイチゴサン、処理開始」

 

 氷室の言葉と同時に人ならざる咆哮が地下を揺らした。


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