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陰謀論の住人  作者: 六年生/六体 幽邃
2部 人魚の肉 
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9章 不信或いは不審


 9章 不信或いは不審


 その島では悪徳の限りが行われていたという。


 個人が所有する孤島。

 そこには金持ち達が集まり、悪魔崇拝や児童虐待が行われていたという都市伝説。

 

 島の所有者は逮捕の後、自殺。

 未だ真相は解明されていない。

 

 ●


 氷室は検視の為に島にある病院に来ていた。

 ベッドの上に寝かせられた遺体の前に立つ。

 

 検視とは事件性がある可能性のある遺体に対して検察官や、

検視官の資格を持った警察官が行う手続きである。

 

 通常は医師立ち合いのもと資格を持たない警察官が行うが、慎重を期す遺体の場合、検視官が手続きを行う。

 事件性が認められた場合、各所轄署に連絡を取り司法解剖へと進む。


 通常は警視庁や各都道府県警捜査第一課の鑑識官に所属している。

 だが公安局に通常など有って無い様なものだ。

 

 氷室は遺体を見聞する。


 被害者は水仙 トキ子。

 氷室達が宿泊していた民宿の老婆。


 死亡推定時刻は昨晩、夜中。

 氷室達が眠った後。


 白い手袋を着用し、皺だらけの瞼を開け、ポケットライトで眼球を照らす。

 水引が見つけた痕跡。


 それは眼球に空いた穴であった。

 細い何かで眼球に開けられた穴。


 白くなった眼球に血液が付着している。

 この傷からの出血だろう。


 遺体の表情と傷跡から察するに生前に開けられた穴。

 顔に所々、小さな痣が出来ているのは泣き叫んだからだろう。


 そして、この傷を付けられた際、被害者は動けなかった。


 傷跡に乱れがなく、上腕部にベルト幅の痣がある。

 太腿と足首にも同様の痣が見つかった。

 恐らくは椅子に縛り付けられたのだろう。


 加齢に伴って皮膚が薄くなり、皮下出血が起きやすくなる。

 その為、激しく泣いたり、軽く掴んでも痣が出来る。

 顔や手足の痣はその典型だ。

  

 死体発見場所にそのような物は見当たらなかった。

 そして悲鳴らしき物音を聞かなかった事からも事件現場は別の場所だろう。

 

 氷室は傍に控えていた駐在に言伝を頼む。


 事件性を認め、殺人事件として所轄警察署に司法解剖要請。

 連絡を入れればヘリで遺体を引き取りに来るだろう。 


 ●


 カシャリ、カシャリとシャッター音が聞こえる。

 水引が持ち歩いていたインスタントカメラの音だ。


 検視前に遺体の写真を数枚。

 遺体を運んだ後はひたすら現場の写真を撮る。


 気になるもの、気にならないもの。

 現場の状況をそのまま撮るのだ。


 カメラが吐き出す写真を丁寧に、日光に当たらないようにひっくり返してテーブルの上に置く。

 土塔がテーブルの上をじっと眺めていた。


「今時デジカメでもいいだろうに」

「ん? あぁ……。デジカメ、というかデータだと裁判で使えない事が多くてな」

「へぇ?」

 

 偽造防止、偽造の疑いを避ける為である。

 これは刑事訴訟に限らず民事訴訟でも同様だ。

 

 インスタントカメラ、あるいはフィルムカメラとネガ。

 これらが捜査、裁判で証拠として使われる。


 また民事訴訟では相手の同意を得ない会話の録音が許されるが、刑事裁判では論争の種になる事が多い。

 刑事裁判で使われる証拠品は合法な手段で手に入れた物でなければならない。

 それ故、一部の事情、犯罪を除き囮捜査は禁止されているのだ。


 そうそう見る事も聞く事も無い話に土塔が物珍しさを隠さない。

 テーブルの上に広げられた写真をそっと持ち上げながら1枚1枚眺めている。


「まだ見れないだろ?」

「いや、これなんかはもう見れるぜ」


 そう言って1枚の写真を手に取る。

 水引は再び作業を始めた。


 インスタント写真の現像はカラー写真で10分から15分。

 最初に撮った写真はもう現像されているだろう。


「……だったらもうちょっと綺麗に撮った方が良いんじゃねぇ?」

「は?」

 

 そう言って土塔が1枚の写真を差し出す。

 僅かにその表情は引き攣っていた。


 水引は現像された写真を見る。

 

「っ……、なんだこれ」

 

 本来、遺体の写真であるそれには真っ黒な手形がびっしりと敷き詰められていた。


 ●


「ん?」


 ヘリコプターが上空を飛んだと思ったら、何やら大勢がやってきた。

 見るからに刑事、警察官と、そうでない人間。

 

 火泥は敬礼をし、刑事らしき男に挨拶する。

 どうやら何かしら話は通っているらしく、平静に返される。


「お疲れさんです」

「ああ……、この島の駐在は?」

「ウチの警視と一緒ですよ。検視終わったら戻ると思いますが」

「そっちか。いや、検視は済んで司法解剖しに引き取りに来た所」

「成程」 

 

 そんな話をしていると、男が割り込んで来た。

 中年の高級スーツを着た、明らかに警察官では無い人間だ。

 

「それよりもだな、朝から連絡も無しにどういう事だ!」

「は?」

「……」

 

 火泥の声に若美がたじろぐ。

 この顔である、そういった反応は慣れている。


 何の話だ、と刑事の方を見ると、コッソリ耳打ちされた。

 

「ありゃ若美さんっていうここいらの地主さんでね、

ヘリポートがお宅にあるから使わせて貰ったんだけど何か機嫌悪くて」

「あー、そういう」


 朝から無遠慮に電話が入ったのだろう。

 恐らくは何度も。

 

 日が昇っているとはいえ、そこそこ早い時間である。

 不機嫌になるのも無理はない。


「火泥さん、何が――!?」

「あ、いえ」


 声を聞きつけたのであろう水引が若美の姿を見て固まる。

 明らかに冷静さを失った表情。

 火泥は急いで水引を民宿の中に仕舞う。


「え、ちょっ……」

「警部補はこっちにいてください」


 殺意の入り混じった表情など警官が市民に見せていいものでは無い。

 明らかに面倒臭い相手とは言え限度がある。


「……とにかくだね!」 


 火泥が引っ込んで調子を取り戻したのか若美が再び声を上げる。

 まぁまぁ、と刑事が立ち塞がった。


「若美さん、落ち着いて」

「ええい、現場の刑事じゃ話にならん! とにかく君らの責任者をだね」

「何か」

 

 怒鳴り声を突如現れたヒール音と声が遮る。

 現れたのは氷室だ。


 まずは現場の警官の奇異の目。

 すぐさま警察手帳を見せながら入って来る氷室に向けられる敬礼。

 

 平静を取り戻す水引。

 敬礼をする火泥。


 そして。

 

「……!」


 怒りから恐怖へと若美の表情が変わる。

 

 後ろ暗い所がある人間の表情。

 目隠しをした男、という異形の姿ではなく、その存在に怯える者。

 

 氷室は自己紹介などしていない。

 この男が警察庁の官僚である事など、若美が知る由も無い。


「……! 次からは気を付けてくれ!」


 そう吐き捨て、若美は現場から立ち去った。


 ●


 鑑識の捜査が始まった。

 現場に関する詳しい情報は暫くしたら手に入るだろう。


 火泥は煙草を吸いながら氷室に話しかける。


「お疲れ様です、警視。遅かったですね」

「……」

「何です?」

 

 氷室が何も言わず、火泥に紙を差し出した。

 火泥は笑いながら受け取る。

 

「は?」

 

 渡された紙には被害者の情報が書かれていた。

 名前、住所、年齢。

 

 被害者、水仙 トキ子。

 年齢、15歳。

 

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