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贄の巫女 禍津の蛇   作者: 凪崎凪
弐の章 惑ワス者ノ鎮魂歌
9/20

み(三)ノ歌

 状況は最悪と言ってもいい。

眷属(けんぞく)】に対するには、まるで準備が足りていないのだ。

本来なら学校の地下、黄泉(よもつ)迷宮の奥深くに現れる存在。

それが学校に現れるなど聞いた事もない。

だが、と志乃(しの)は霊刀の柄を握りしめる。

だから何だと言うのだと。 それが敵であるならば。


「倒すだけよっ!」


そう叫ぶと床を蹴り、【眷属】へ突き進む。

そのまま勢いを乗せて霊刀を振り下ろす。 そこで初めて霊力を込め、刃を発生させる。

強い光を放ちながら生成される刃は、【眷属】の身体に見事命中し、そして弾かれた。


「なっ!?」


致命傷になるなどとは思ってなかった。 しかし受肉した悪霊をも両断する霊刀の刃が傷一つつけれないなんてっ!?

だが、すぐに気持ちを切り替えた志乃は、バックステップで下がり一旦、間合いを離した所で【眷属】が左手を向ける。

その手刀は志乃の喉を狙って突いてくる。 志乃はさらに床を蹴って後ろに下がるが、そこで【眷属】の腕が蛇のよう、いやまさに蛇となってグンッと伸び間合いを詰め追ってくる。


「くっ!?」


再度、床を蹴りつけるが間に合わないと知ると、ヤツの手刀と喉との間に霊刀の刃を差し込む。

衝撃を予想して身体をこわばらせたが、その衝撃はこなかった。


「ヴァーユっ!」


静流(しずる)の、双子の弟の援護攻撃が襲い掛かる手刀を弾き飛ばしたのだ。


「サンキュ静流っ!」


「油断するなよっ!」


静流は、志乃の霊刀の威力を知っている。 よほどの相手でなければその攻撃を防ぐことなど出来ない事も。

なら、なぜ防げた? 相手が強すぎる? それもあるだろう。 だが、ヤツには自分の攻撃、風の斬撃も効かなかった。 単純な威力では志乃の霊刀にも負けない。 それがまったく効いていない。

傷一つ付いていない。

二人の攻撃の共通点。 それは……


「斬撃かっ!? ならばっ! 水よ清浄なる水よ。 来りて、(はし)れっ! クラルス ・アクアム・クーリエ!」


静流が人差し指と中指を揃え、【眷属】に向け呪を唱えると指先から勢いよく水の奔流が【眷属】に向かい襲い掛かる。

それは、細いが勢いのある物であり【眷属】の身体をやすやすと貫通した。

ヤツに斬撃は効かない。 だがっ!

しかし、その喜びはすぐに驚愕に取って変わられる。

ゴボゴボと音を立てながら、身体に開いた穴がみるみる治っていくではないか。

【眷属】はクルリと自分を傷付けた静流を見、次の目標はオマエだと言わんばかりに睨み付ける。



「ナナキリさん! 僕の後ろニ!」


ジョンはそう言って秋華(あきか)を背に庇うと、大きなトランクケースを床に置き開け放つ。

向きから、秋華の方からはなにが入っているのかは分からなかった。


「起きてクダサイ。 僕の聖女人形(ヒロイン)


ジョンがそう呟くと、トランクケースからギギギと音を立てながらナニカが起き上がってくる。

それは、大きいとはいえトランクケースには入りきらないであろうほどの、全長が2m半を超える人形だった。

その人形は女性のカタチをしていた。 物憂げに細められた目、その頭には花嫁のヴェールが被せられ、身体は真っ白な女性用の法衣、その右手には剣が、左手には本が握られている。

足には王冠をあしらった意匠の靴を履き、その靴の下には車輪を踏んでいた。


「いきますヨ! 聖カタリナ!」


ジョンがカタリナと呼んだ人形と、ジョンの指の間に光の糸が数本結ばれる。

それを操るように動かすと、人形は足元の車輪をギャリギャリと走らせ【眷属】へ向かう。

静流の攻撃を見て理解したのか、ジョンはカタリナの持つ剣を突きの形にして突っ込んだ。

突き込んだ、と思った瞬間には走り去り後ろに回っている。

そして背後からもう一度!

【眷属】はなすすべもなく衝撃で吹き飛ぶ。


「さすが!」 「あいかわらずすごいなその人形って」


双子が称賛するのを聞きながら、ジョンは油断なく人形を手元に戻す。

やはりダメかっ! ゆったりと起き上がってくる【眷属】を見てジョンは唇をかみしめる。

勢いが足りていなかった。 狭すぎるのだここは。

元々カタリナは速度重視の人形だ。 広い場所でスピードに物を言わせて一撃離脱。

それがカタリナの持ち味なのだ。

だがここでは、この狭い会議室の中ではその速度を生かしきれない。

ジョンは人形の選択を間違ったのだと知る。

学校に行くのだ。 狭い場所での戦闘は、考慮してしかるべきだったのに!

せめて防御が得意な、聖バルバラを持ってくるべきだった。

師匠に言われた事を思い出す。 お前はカタリナに頼り過ぎていると。

そうであろう。 と思う。 

カタリナは、操作に癖がなく扱いやすい。 それゆえについ頼ってしまう。

だから人形の選択を間違えた。

これが別の人形だったなら。

例えば、聖バルバラ。 塔のバルバラとも呼ばれる人形で、タワーシールドを持ち、ジョンの持つ人形の中でも随一の防御力を持つ人形だ。

そのバルバラが守り、双子が攻撃に専念すればもっと……

ジョンは自分が庇っている少女を見る。

恐怖で震えている。 無理もない、【眷属】など新人の彼女には荷が重いだろう。

自分だって恐ろしい、逃げ出したい。 だが、ジョンにも誇りはある。

婦女子を置いて逃げるなど許されない。



秋華は恐れ恐怖に震えていた。

【眷属】が恐ろしい。 勿論(もちろん)それもある、だがそれよりも自分が役立たずであるこの状況。

それが秋華を震えさせていた。

役に立たない自分は捨てられるのではないか? だって今、誰も私を見ていない。 気にしていないではないか。

秋華は恐怖に震えていた。 なにも出来ない自分に。



”ことほぎ”が警報を発してからどれぐらい経ったろうか?

その警報を聞いて、教師が【眷属】に対抗するための装備を調えてここに向かうまで、単純に、いや希望的観測で10分はかかるだろう。

10分…… なんと絶望的な時間!

志乃は、パラシュート無しのスカイダイブと今、どっちが生き残れる確率が高いのだろうと考え。

くだらない。 志乃はそんな考えを捨て去る。

生き延びるしかないのだ。

だって死にたくないじゃない!

美味しい物も食べたいし、友達とも遊びたい。

それに…… 好きな人に告白だってしていない。

それどころか印象は最悪だろう。

どこかで逆転の一手を打つ必要がある。

そのためにも、なにがなんでも生き残る!


静流は、姉が背中越しにハンドサインを出しているのを見てすぐさま詠唱を始めた。

志乃は、それを確認する事なく駆け出した。 静流が理解しないなんて事はないのだから。

志乃が接近している事に気付いた【眷属】が、志乃の間合いの外から腕を伸ばし攻撃してくる。

だがそれよりも早く、静流の攻撃が【眷属】を、いや志乃の足元に炸裂した。

足元で吹き荒れる風が、志乃を舞い上がらせ天井まで吹き飛ばす。

それを、志乃は空中で半回転し天井を蹴りつける。


(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)っ ふっ飛べっ!!」


そして九字を唱えながら霊刀に霊力を注ぐ。

バチバチと許容量以上の霊力により、発振器が過負荷を起こしながらも刃を形成する。

志乃は天井を蹴った勢いのまま弾丸の如く【眷属】に迫り、巨大な刃でもってその頭を吹き飛ばした。

そのまま床に激突するかと思われた時、優しい風がフワリと志乃の身体を受け止める。


「サンキュー! 静流。」


「あまり無茶するなよ……」


志乃は煙を吐いて使い物にならなくなった霊刀を投げ捨てる。

どうだ? これでダメなら……

頭が綺麗に丸々消滅した【眷属】を睨みながら志乃達は、そして絶望する。

まるで、映像が逆再生するかのごとく、その吹き飛んだはずの頭が再生していく。

どうする? 手元にもう武器はない。 後ろに下がって術での遠距離攻撃に切り替えるしかない。

前衛はジョンの人形に任せるしかないが……

そんな一瞬の意識の隙間、その刹那の隙を縫って【眷属】は動く。

何時の間にか伸びていた左腕が秋華の足首を掴み、引き戻しだした。


「キャアア!?」


突然の事にバランスを崩し床に倒れてしまう。

そのままズルズルと床を引きずられながら徐々に【眷属】へと近づいていく。


「秋華さんっ!」

「七霧っ!?」

「ナナキリさん!?」


静流が秋華に飛びつき、その【眷属】の手を引きはがそうとするがびくともしない。

ジョンは人形を動かし、その腕に切りかかるがやはり効かない。


(おん)阿爾怛(あにちゃ)摩利制曳(まりしえい)莎訶 (そわか)!」


志乃が摩利支天真言(まりしてんしんごん)を唱え、呪を【眷属】にぶつける。

彼女は近接戦闘が得意で、呪による攻撃は苦手であるのだがそんな事言っている暇はない。

だが、やはりその身を揺るがす事すら出来なかった。

そうしている間にも、秋華の身体は【眷属】へと近づいていく。

秋華は必至で辺りを見渡し、掴まれる物がないか探したが、周りにあるのは吹き飛んだ長机やパイプイスのみだった。

【眷属】はその恐怖を楽しむかのように、わざとゆっくり引き寄せているのだろう。


しかし、希望は現れた。


「全員いるかっ!?」


会議室の外から中に向けて声がする。 この声はっ!


(さかき)さんっ!」

「はいっ全員います!」

「榊さんっ! 七霧がっ!」


その返事に、戸の向こうから巨大な霊力が高まるのを感じた。


「戸の前にいるヤツはどけっ!」


丁度、戸の側にいた志乃は慌てて飛びのく。

その志乃が飛びのいた瞬間、戸が吹き飛び反対側の壁にぶつかって止まった。


その開け放たれた入口から、作業着を着た初老の男がヌッと入ってくる。

作業帽を目深にかぶった白木の棒を手にした男。

(さかき) 夜刀(やと)であった。


【眷属】は新たに現れた男に最大限の警戒をする。

なぜなら、自身の結界をやすやすと破ったのだし、それにこの男に見覚えがあったのだ。

この男相手に片手が使えないのはマズイと、引きずっていた秋華を放すと男に向き直る。

静流はすぐに秋華を抱きかかえると壁まで退避する。

それを横目で見た榊は、スッと棒を構えると皆に声を掛ける。


「よく堪えたな。 後は俺がやる」


そう言うと、無造作にズイと一歩前に出るのだった。















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