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贄の巫女 禍津の蛇   作者: 凪崎凪
弐の章 惑ワス者ノ鎮魂歌
8/20

ふ(二)ノ歌

 「あんまり時間もないしサクサクいくわよ!」


そう言って、志乃(しの)の先導で一階から二階へ移動する。

二年の教室が立ち並ぶ廊下に、早朝の日の光が差し込んでいる。

その廊下には、まばらだが幾人かの生徒の姿もある。

知り合いであろう生徒に挨拶を交わす双子を見やりながら、このような平穏な学校にあんな悪霊が徘徊しているなどとは想像もつかない、がしかし秋華(あきか)は確かにソレと出会いそして襲われもしたのだ。

やがて校舎の端、隣の校舎との連絡路まで進みその扉を開ける。


この先は……


転校前に渡された資料の中、学校の案内図を思い出す。

たしか特別教室がある棟だったような?

秋華がそう思い出していると、双子はそのままズンズン進み一つの戸の前で止まった。

部屋のプレートを見て見ると、『小会議室』とあった。


「あの、ここは?」


秋華がそう尋ねると、志乃は戸の方を向いていた身体をクルリと秋華に向き直り説明を始めた。


「ここは小会議室、またの名を懺悔室よ!」


「懺悔室?」


その謎の別名に秋華は聞き返す。

その問いに、よく聞いてくれましたとばかりに志乃は理由を説明し出す。


「この会議室はあんまり使われないんだけどね? でも時々、この会議室に出入りする神父の姿が目撃される事から、懺悔室と呼ばれるようになったのよ」


なるほど別名の由来は判った。 だがなぜ学校に、そして会議室なんかに神父が?

その疑問は予想済みであったのだろう。 志乃はさらに続けようと口を開きかけたその時。

カラカラと軽い音を立てながら、懺悔室の引き戸が開く。

その音に、後ろを身体を捻り上半身だけ振り向いた志乃と、その志乃と目が合って驚き、目を白黒させている少年がいた。

その少年は黒いカソックを着ていた。

カソックとは、神父などが着用する立て襟の祭服の事であり、つまりはそうは見えないが彼は神父なのだろう。

外国の方であろうか? サラサラとした金髪を綺麗に整え聖職者らしく清潔感を感じさせる。

背はさほど高くなく、とは言え秋華よりは高く、そして志乃よりは低い。

しかし、目を引くのはその左手に持っている大きなトランクケースだろうか。

彼自身がスッポリと入ってしまいそうなほど大きい革製のトランクケース。

それを軽々と持っている。

そのような力持ちであるならその顔はよっぽど(いか)めしいのかと、その顔を(うかが)ってみれば、かなりの童顔で、むしろ少女然とした顔のせいでナヨッとした印象を与える。

やがてやっと驚きから立ち直ったのか、その少年が微笑みながら話し掛けて来た。


「ああ、ビックリしまシタ! あれ? これは志乃サンに静流(しずる)サン。 どうしましたこんっ!?」


まだ喋っている途中であったがその少年はそれ以上口に出す事は出来なかった。 なぜなら……


「ジョンッ! ひさしぶりー!」


それは、志乃が突然ジョンと呼んだ少年に飛び掛って抱き着かれたせいで。


「うわあ!? イケ、いけまセンよ! 志乃サン、婦女子が(みだ)りに異性にダキ着くのはっ!?」


そのようなジョンの言葉も聞こえないとばかりに、その柔らかな頬にほおずりをする志乃。


「はいはい、そこまで」


その光景に驚き固まった秋華の為に、静流はもみ合っている二人を引きはがす。


「久しぶりジョン。 なに? もうこっちに来れるの?」


再び飛びつこうと、手ぐすね引いている姉を牽制しながらジョンに話しかける。


「ああ、静流サン、助かりマシタ! ハイ、今日からこちらでゴ厄介になります」


どことなく怪しいイントネーションだが、なかなか日本語も達者なようである。

やがて抱き着くのを諦めた志乃は彼の紹介を秋華にする事にした。

何時でも抱き着けるようにしながら……


「彼はジョン! ジョン・スミシー。 隣の県にあるカトリック教会の神父さまなんだけど、たまに学校に来てくれるのよ。 んで、こっちは新しく仲間になった、七霧(ななきり) 秋華(あきか)さんね」


「オー! ナナキリ! 前回の巫女サンですネ? ご家族のカタですカ?」


「あ、はい、あ、いいえ、その空ちゃ、空音は私の保護者で……」


ニコニコと笑顔で話し掛けるジョンにペコペコお辞儀をする秋華をおもしろそうに見ながら、志乃は途中だった説明を再開する。


「で、話の続きだけど、この会議室を主に使用するのが私達の組織よ。 その為にこうやって神父さまに聖域にしてもらってるのよ」


そこまで話した所で、階下が騒がしくなってきた。

どうやら生徒が登校してきたようだ。


「ソウだ。 中でオ話しませンカ?」


そう言ってジョンが会議室の中へ誘ってくる。

三人は有り難くその申し出に従って中へ入る。

中は、懺悔室と別名がある割に、なんの変哲もない長机とパイプイスが並んでいるだけの部屋だった。

なんだか肩透かしを食らったような、変な気分になりながら秋華は勧められるままにイスに腰掛ける。

だが、ジョンが戸を閉めた瞬間、場の空気がガラリと変わった。

例えるなら神社や、それこそ教会で感じられる聖櫃な空気がここにはあった。


「分かる? それが聖域の感覚よ」


不思議そうにあたりをキョロキョロする秋華の様子を見ながら志乃が教えてくれた。


「一階でちょっとだけ説明したよね? 私達が”アレ”と呼ぶ存在、その名前を呼んでもいい場所の一つがこの会議室なの」


「ここが……」


でもなぜ名前を呼ぶのに聖域? とやらにする必要があるのだろうか?


「不思議に思う? そうね、言霊(ことだま)ってわかる?」


それは空ちゃんから聞いた事がある。 秋華は頷き答える。


「たしか言葉には力が、神さまが宿るって信仰の事ですよね?」


「まあ簡単に言うとそんな感じかしら。 言葉には感情がこもるわ。 いい感情であれ悪い感情であれね。 ”アレ”はその感情を喰らいその力にするの。 恐れを持って”アレ”の名を口にすれば、それはアレの糧となる、という訳」


なるほどそう言う事であったのか。 


「ダから、僕のような者がこういった場所を聖別して、アレに力が流れ込まない場所を作るト言う訳デスよ」


そうジョンが引き継いだ後、志乃は秋華に改まった表情になり、秋華の目を見据えながら語り掛ける。


「秋華さん、今から言う名前を忘れないで、いえたぶん一生忘れられないと思うけど」


そう言って一度口を閉ざした後、意を決した様に、その名前を口にする。


「その名前は…… 禍津姫(まがつひ)


「禍津姫……」


思わず口からこぼれたその名前は、秋華におぞましいなにかを感じさせる。

頭の奥がガンガンと痛む。 ような気がした。


「いい? 外では絶対その名を口にしないで! 独り言でもダメよ?」


「は、はい!」


志乃の常にないその剣幕に慌てて返事をする。


「そろそろ教室にいこうか? もういい時間だろう」


静流が腰を上げながら提案する。 そうね、と志乃も賛同した所でまた放課後という事になった。


が、しかし。




「警告、この部屋に向けて強力な呪詛を感知。 繰り返します。 警告、この部屋に向けて……」


突然、部屋の後ろにあった掲示板から”ことほぎ”が現れたかと思うと、警告を発してきた。

いきなりな状況に、しかし双子はすばやく周りの確認をし、ジョンは懐から小さな十字架を取りだした。

どうしていいか分からない秋華はオロオロするばかりであったが、状況はすぐに動いた。


部屋の四方の天井。 そこに黒い(もや)のような物が漂い出した。

そして、部屋中にパキンパキンとなにかが割れるような音が響く。


「今朝聖別しタばかりなのになぜ!?」


驚愕に声を荒らげながらも、臨戦態勢を整えるジョン。

その間に引き戸に取りついた静流は力を込めても動かない戸を睨み付ける。


「やっぱり戸も開かないよ」


「閉じ込められたって訳ね!」


忌々し気に吐き捨てるように言いながら、志乃はポケットから短い棒のような物、霊刀 タイプTK-02を取りだし構える。


「ジョン! お願いっ!」


「了解デス!」


そう言うとジョンは、右手に十字架、左手に水の入った小瓶を手にして両手を前に突き出し屋。


「東にラファエル、北にアウリエル、西にガブリエル、南にミカエル! 御身の手の内に御国(みくに)と力と栄あり…… 永久(とわ)に尽きる事なく。 アーメン!」


素早く聖水を四方に振りまき小瓶を投げ捨てると、神への祈りを捧げながら、左手で十字架を持っている右手を包み込む。

すると、部屋の隅で増殖していた黒い靄がジワジワと消滅していっているではないか。

気付けばあのなにかが割れるような音、ラップ音とも呼ばれる音。 も聞こえてこないようだ。


「ふう、さすがジョン!」


「はあー、ビックリしまシタ!」


ホッと息を吐く二人だが、静流は油断せず、”ことほぎ”に確認を取る。


「もう問題はない?」


「肯定。 現在、呪術的な脅威は認められません。 これより通常の  ……否定、否定、ひてい。 現在この部屋に強大な呪的反応が顕現(けんげん)しようとしています。 すみやかに迎撃、もしくは退避を推奨。 繰り返します……」


戸に向かって手を伸ばしていた志乃は驚きその手を引っ込める。

その戸にはびっしりと赤い、赤黒い文字が浮かんでいた。 その殆どは意味をなさない物であったが、一つだけ志乃の目に飛び込んでくる文字があった。 それは……


      【 ニ ガ サ ナ イ 】


「志乃っ! 中央注意してっ!」


静流の警告に、むりやりその文字から目を引きはがすと部屋の中央に意識を向けた。

そして、それを待っていたかのようなタイミングで床からゴボゴボと泡を立てながらナニカが浮かんでくる。



それは人のカタチをしていた。

それは蛇の姿をしていた。

蛇に人間の手足を付け、二足歩行させ、そして平安時代に貴族が着ていたような狩衣(かりきぬ)を纏ったソレ。

狩衣はどこまでも暗く黒く、見ているとそのまま闇に飲まれそうなほど。

小さな蛇の頭に烏帽子(えぼし)が載っている姿はコミカルだが、その烏帽子に一面に目が並んでいるのを見ればそんな事は言えないだろう。


秋華はあまりの事にまったく身動きが取れないでいた。

あれはいったい、いったいなんなの!?

そして、その名を口にしたのは、呆然とした静流だった。


「なんで…… なんでこんな時期に【眷属(けんぞく)】が出てくるっ!?」















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