伍の刻
図書室に飛び込んだ静流が見たのは、秋華が右手を悪霊に向けて突き出し、その手のひらから伸びる霊力の光で出来た杭が悪霊を貫いている所だった。
「なっ!?」
その光の杭は悪霊ごと本棚までも刺し貫いていたが、本棚、ましてや本には一切傷すらついていない事に静流は気付いた。
やがて悪霊の身体はコナゴナに、そして光の粒子になって天に昇るかのようにして消えて行く。
そして秋華がこちらを見た、と思った瞬間には膝から崩れ落ちた。
「七霧!」
静流は慌てて彼女の元に駆け寄る。
少し遅れて入って来た前川と麻宮の両名は、秋華が使った光の杭に心当たりがあった。
「霊撃兵装、だよなあれ?」
半ば呆然としながら前川は麻宮に尋ねる。
「ええ、霊撃兵装、タイプPRZ-08 通称”架音”。 まだ試作段階のヤツよあれ?」
麻宮はどこか嬉し気にそう説明してくれる。
しまった。 こいつマッドだった。
前川は麻宮の性癖を思い出しゲンナリする。
だが、まあ今は……
「保健室…… だよなぁ」
そう呟いて頭を掻くのだった。
静流から連絡を受け、保健室に到着した志乃は部屋に入り室内を見渡すなり。
「なんか、既視感?」
と、なぜか前川を睨みながらそう言った。
「なんで睨むんだよ…… まあ昨日の今日だしなぁ」
と前川はなげやりに答える。
「で? 態々呼び出してなんなの?」
志乃は、行儀悪く足で椅子をひっかけ引き寄せると、ヨッと言いながら腰を下ろす。
その姉の行動に眉を潜めつつもあえて何も言わず、静流は用件を切り出した。
「七霧が悪霊に襲われた」
「はあ? また? 運が悪いなんてもんじゃないわよ。 それで? 悪霊はちゃんと祓ったんでしょうね?」
静流なのそれとも先生? と志乃は言うが、そのどちらも頷かない。
「どうしたのよ? まさか逃したんじゃ!? だから私を呼んだのねっ!」
志乃は、勢いよく立ち上がりそう声を荒らげる。
「落ち着け! 眠ってるヤツがいるんだぞ」
そう前川に窘められると、志乃はシブシブ椅子に座り直す。
勿論、前川に睨み付けるのも忘れない。
「なあ? お前の姉が俺にすごく厳しいんだが?」
前川はこっそりと双子の弟に物申してみたが……
「デフォなので諦めてください」
デフォかぁーと、ぼやきながら肩を落とす前川を横目で見つつ、静流は志乃に説明を続ける。
「祓ったのは七霧だ」
「はあー!?」
その言葉に驚き目を見開くが、すぐに昨日の事を思い出す。
そういえば、霊力が覚醒していたようだったが、まさか実戦で使えるほどなの?
志乃は、昨日と同じベッドで眠る秋華を見ながらそう考える。
「つまり即戦力ってこと?」
この人手不足の解消のためだ。 多少の事、一般人であろうとも使ってやるとの思いを込めて聞いてみたが。
しかし、前川はため息を吐きつつ答える。
「事はそう単純じゃないんだよなあ」
その言葉に、志乃はムッとした表情で前川を睨む。
「何ですか先生っ! 私が単純みたいに言って!」
「だから志乃、声大きい」
志乃の大声で秋華がピクッと身体が動いたのを見て静流が窘める。
「ムググッ!」
そう言われ、流石にマズイと思ったのか腕組みをして大人しくする事にした。
だが、やはり前川を睨むのを忘れない。
「だから、なんでだよ……」
前川は相変わらずの理不尽さに盛大なため息を吐くのだった。
「で? 結局、面倒な事ってなに?」
その後、秋華が起きる様子がないのを確認すると志乃は再び質問をする。
その声で、奥の机で秋華のカルテを書いていた麻宮が手を上げる。
「それは私が説明するわ」
そう言ってチラリと寝ている秋華を見ると、全員を自分の側まで呼んだ。
ベッドを遮るカーテンをきっちりと閉めると、机まで戻り話しだした。
「まず、彼女は一般人とは言いがたいわね」
「七霧 空音の養女だから?」
志乃は麻宮の言葉に納得いかないのかそう聞き返す。
その言葉に首を左右に振り否定する。
「それは関係ないわ。 そこの男二人は見たから分かるでしょうけど、彼女の腕には霊撃兵装が仕込んであるわ」
「はあっ!?」
今日何度目になるか分からない志乃の驚愕の声に、静流と前川は苦笑する。
しかし、他人事なのはそれまでだった。
「そして、彼女の身体のほぼすべてが疑似生体、つまり疑体ね。」
「「はああああぁぁ!?」」
双子らしく声をハモらせ叫ぶ。 前川は口を押さえ、眉をしかめつつ虚空を睨んでいる。
「ちょっ! ちょっと麻宮先生!? そんな、それって完全全身疑体ってことですかっ!? そんなバカなことっ!!」
志乃がありえない情報に、半ばパニックになりながらも麻宮に食って掛かる。
それを見て、落ち着きを取り戻した静流が麻宮に尋ねる。
「先生、完全全身疑体の成功例は今だ無い…… ハズですよね?」
「そうね。 公式ではそうなっているわ」
つまり非公式では分からない。 そう言っているのだろう。
「でも本当なんですか? 先生の見立て違いってことも……「ちょっ! バカッ!?」 あっ!」
静流の不用意な一言を聞いて麻宮はニマリと笑う。 しかし目は笑っていない。
「このっ! 私がっ! 人体のっ! いやさ疑体をっ!! 見間違うですってっ!?!?」
「スイッチ入っちまった」
前川はこの後の惨状を思い顔を覆うしかなかった。
不断の努力による説得により、おもに双子の努力で。 麻宮をなんとか落ち着かせる事に成功した。
麻宮は軽く咳をすると、話の続きを再開する。
「どこまで話したかしら? そうそう非公式でなら分からないって事だったわよね。 疑体研究については、今は私も外れて新しいチームが立ち上がっているんだけど、元々は私ともう一人、椋木 辰之助という男と二人で始めた研究だったの」
彼女が思金製薬の研究者であった事は知っていたが、まさか疑体の開発者であったとは。
双子はその事に驚き、そのまま話を聞く体勢になる。
双子の無言の催促に気をよくした麻宮は再び口を開く。
「研究が実用段階に入る寸前の事よ。 椋木が失踪したのは」
「それは…… ライバル企業の引き抜き、とかですか?」
「上もそう考えて、あらゆる手を使って他の会社や企業に探りを入れて見たけど、結局今も見つかってないわ。 あるいはすでに死んでいるのか」
そこで一旦話を切り、双子が理解しているか確認すると話を続ける。
「でも、今日その生存が確認出来たわ」
そう言って秋華が眠っている方を見る。
「そもそも疑体とはなにか? 疑体、疑似生体とはこの学校地下深くに封印されている”アレ”に集う悪霊が受肉したものを見て、私と椋木がヒントを得て開発した物ね」
かなり乱暴な言い方をすれば、ものすごく高性能な義手や義足のような物である。
そう麻宮は言う。
そもそもは医療目的であったが、新たに椋木が開発した物によっておかしくなった。
霊撃兵装。 疑体は普通の義手などと違って、霊力の流れを阻害しない。
そこに目を付けた椋木は、疑体に仕込む霊的な攻撃手段。 つまり兵器を開発した。
それが霊撃兵装である。
「上は狂喜したわ。 だってそうでしょう? 疑体に身体を変えれば誰もが最低でも一般的な術者なみの力を得る事ができるのだから。 これで簡単に兵力を増やせるとね。 でも、彼らが思ってもみない欠点があったのよ。 それが拒絶反応」
拒絶反応。 例えば腕一本、足一本であれば殆ど問題はない。 そのかわり能力者としての力は殆どないが。
しかし、これが身体の2割を超えた時、身体が疑体を受け入れず、最悪死んでしまう。
やがてその拒絶反応を抑える薬もまた開発されたのだが。
それは、不完全な物であったが。
それが呪血と呼ばれる物だった。
「まあ疑体に関してはそんな所よ。 で、椋木の事なんだけど彼は今では指名手配されているわ。 表立ってではないけどね」
「それは分かりましたけど、それが七霧とどう関係が?」
静流は要領を得ないとばかりに麻宮に問いかける。 志乃はすでに聞いてるふりをしているのを静流は分かっている。
「椋木は失踪する寸前まで、疑体研究と並行してある兵器を開発している途中だったわ。 それが、タイプPRZ-08 通称”架音”よ」
「それって、七霧の腕に仕込まれてるっていう……」
そう静流が口にした時。
「しっ!」
志乃が口を閉じる様に警告する。
「ん、ん…… ここ、は?」
カーテンの向こうで、秋華の覚醒の声が聞こえる。
「とりあえずさっきの話は内緒に! 七霧さんにもね?」
麻宮はそう言ってカーテンに近づき、秋華に声を掛ける。
「七霧さん? 入ってもいいかしら?」
「あ、は、はい」
了承を得た麻宮はカーテンを薄く開け滑り込むようにして入っていく。
中に入ってみると、秋華が背を起こしている所だった。
「あら、起きても大丈夫なの?」
麻宮は秋華の手や首筋に触診しながら尋ねる。
「は、はい、なんとか……」
とはいうが顔色は悪い。
「うーん、どうも霊力を一度に放出したのが原因かしらね」
「えっ!?」
いきなり学校の保健室で、保健医に霊力などと言われれば驚くのも無理はない。
驚き固まってしまった秋華を、苦笑して見ていた麻宮だがこのままでは埒が明かないと実力行使に出た。
おもむろに、パンッと秋華の目の前で手を叩き合わせた。
「ひゃっ!?」
いきなりの音に驚き、秋華はベッドの上でビクッと身体が跳ねる。
「ふむふむ、後はこれかな?」
そう言うと、あらかじめ用意してあった注射器を取り出す。
「呪血を注射しておきなさい。 それとも私がやさし~くしてあげましょうか?」
まるでいたずらっ子のような表情を見せる麻宮に毒気を抜かれた秋華は、素直に受け取り注射を済ます。
「さて、自己紹介! 昨日はいなかったけど、私はここの保険医の麻宮 百合よ」
よろしくね? と麻宮は手を差し出す。
「あ、は、はい。 よ、よろしくお願いします」
秋華は、その手を恐る恐る握りペコペコとお辞儀をする。
「先生、もういい?」
待ちきれないのか、志乃がカーテンの外から声を掛ける。
「大丈夫かしら?」
麻宮の言葉に大丈夫と返事してカーテンの方をを見つめる。
カーテンを開け入ってきたのは昨日の双子だった。
「昨日ぶりね。 そういえば自己紹介してなかったよね? 私は二年の燕子花 志乃よ。 んでこっちは双子の弟の……」
「弟の燕子花 静流。 同じく二年」
「あ、はい、ど、どうも。 一年の七霧 秋華です」
静流は、なんとなく気恥ずかしくてつい、つっけんどんな話し方をしてしまう。
そんな不器用でへたれな弟を生温かい目で見る姉だった。
続




