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贄の巫女 禍津の蛇   作者: 凪崎凪
壱の章 禍ツ事ノ始マリ
3/20

参の刻

 秋華(あきか)が家にたどり着いたのはそれからすぐの事だった。

学校からおよそ10分程度の距離にその家はある。

保護者である空音(そらね)の実家であるそこは、築60年ほどの平屋であちこちガタが来てはいるが住む分には問題がないだろう。

秋華は玄関の引き戸に手を掛け軽く引いてみるが、予想通り鍵がかかっている事にため息を吐いた。


「やっぱり帰ってきてないか」


そう独りごちると、鍵を取り出し戸を開ける。

少々建て付けの悪い戸を開け中に入ると、秋華は玄関口で靴を脱ぎ、きっちり揃える。

そのまま自分の部屋に向かい、制服を脱いで壁に綺麗に掛けてから部屋着に着替えた。

そして居間で座布団に座り込み、ようやく人心地ついたのか張りつめていた緊張がほぐれていくのを感じた。


一週間ほどになるだろうか? 空音が、秋華の育ての親が居なくなってからそれぐらい経った。

今までも長期的に居なくなることはあったが、今まではどこそこに出かけてくるだとか何時ごろ帰るだとか連絡があった。

しかし今回に関して言えば、フラッと居なくなり今だ連絡もない。

警察に連絡すべきだろうか? 何度かそう考えたこともあったが、その度に空音から警察には頼るなという言葉が浮かんでくる。

転校の書類の準備が遅れた理由はこれであった。


ハアッと一つため息を吐きながらちゃぶ台に突っ伏す。

事件に巻き込まれてなければいいけど。 そう思ったが空音の事である、間違いなく事件に巻き込まれ、いや首を突っ込んでいるかもしれない。

むしろそんなシーンしか浮かんでこない事に秋華は苦笑する。

そうやっていると、何時の間にか時間が過ぎ夕方になっていた。

秋華は立ち上がり、冷蔵庫に行くと一本の注射器を取り出す。

そして綿布で消毒を済ますと、おもむろに自身の左腕に刺す。

液を全部注入し終えると、専用のゴミ箱に注射器を放り込むとお風呂の準備のためにお風呂場へ向かうのだった。






学校での哨戒任務が終わって家まで帰って来た静流(しずる)は夕飯の支度をするという姉を見送り、自分の部屋に戻るとPCを立ち上げた。

二重三重に掛けたパスワードを入力し、そしてまた厳重にガードされたあるサイトのパスワードを入力するとようやく調べ物に取り掛かる。

そのサイトとは、大原江市(おおはらえし)に本拠を置く日本有数の製薬会社である思金(おもいかね)製薬。 その裏サイトと言える物である。

とはいえ別に非合法で侵入した訳ではなく、静流はここのアカウントを持っているのだ。

そもそもこの双子は思金製薬の外部社員扱いであった。


そんな思金製薬の裏の顔、と言っても一般人が知らない程度で業界で知らぬものなどいない程度ではあるが。

それは、この大原江市で発生している呪的な問題を処理する組織を運営していると言う事だ。

双子はそのために幼少時より教育を受けていた。

燕子花(かきつばた)家は大原江市でも有数の名家でもあったし呪術界においても名門である。

静流は前回の封印戦の情報を調べていた。

第三十五次封印戦。 近年もっとも被害が出てもっとも戦果のあった闘い。

そう聞いていた。

六年に一度行われる闘い。 それが封印戦。

弥津守(やつかみ)高校に封印しているアレ(・・)の封印が六年周期で緩みアレの邪気に引かれて怨霊が集いだす。


そのために彼ら呪術師達はアレと対峙するため、この学校に集いそして封印を掛けなおすために戦うのだ。

その前回の封印戦で重要な役割を果たしたのが学校で出会った少女、七霧(ななきり) 秋華の育ての親、七霧 空音である。

彼女は封縛(ふうばく)の巫女と呼ばれ、アレの封印のために最下層まで行き封印を成功させた。

しかし空音は元々供犠(くぎ)の巫女候補であったと言う。

供犠の巫女、それはアレをおびき寄せるための贄。

だがなんの運命の悪戯か、供犠の巫女は当時なんの訓練も受けていないただの一般人だった須藤(すどう) 秋華が選ばれてしまった。

空音と秋華は親友同士であったと言う。


当時の報告書をしばし見た後、静流は背を仰け反らせ頭を振り気持ちを切り替える。

いたたまれない、これが静流の素直な感想である。

一般人を巻き込んだ事もそうだが、自分の親友を贄としてささげる儀式を執り行う巫女になった事はどう思っていたのだろうか?

その事に思いをはせてしまう。

しばし天井を見つめた後、もう少し資料を調べようとした所、自分のIDでは見られない情報がある事に気付いた。

ならばと、そのガードを潜り抜けようとした所で階下からごはんが出来たと声が掛かった。


「今行くよ」


しかたなく静流はブラウザを閉じ、PCをシャットダウンさせてから部屋を出た。



静流が部屋を出た少し後、PCのディスプレイから突然青白い女性の物らしき腕が突き出し、今まで静流の首があった辺りを掴みそのまま握りつぶすような仕草をする。 しかし、なにも感触がない事に戸惑ったかのような動きを見せると再びディスプレイの中へ引っ込むのだった。







前川(まえかわ)は職員室へ帰ってきてすぐに喫煙室へ向かったが、満員だったためガックリと肩を落とし、自分の席へおとなしく戻っていった。

気晴らしにと明日の授業の準備でもするかと引き出しに手を掛けた時、同僚から校長が呼んでいると言われた。

前川は頭を掻きながら立ち上がり、校長室へ足を進める。

職員室と校長室は隣同士であり、職員室から直接入れる扉がある。

前川が扉をノックする。


「前川です」


名前をを告げると、中から女性の声で、お入りなさい。 との返事が返ってきた。

失礼しますと言いながら前川は校長室に繋がる扉を開けて中へ入る。

中には二人の男女がいた。

一人は老女。 この学校の校長を務める早瀬(はやせ) (しのぶ)

歳は今年で65、今だ現役で校長を務める女傑である。

少々ふくよかな身体を今は応対用のソファーに置いていた。

その対面に腰を下ろしているのは、この学校の理事の一人で沢村(さわむら) 剛史(ごうし)

歳は今年で37であり理事としては今だ若い年齢である。

彼はまた前川の一つ上で高校の先輩でもあった。 前川にとって頭が上がらない人物である。


「校長、お呼びと聞きましたが?」


前川がそう尋ねると、早瀬はニッコリと笑う。


「ええ、前川先生まずはお座りなさいな」


と言ってイスを、この場合はソファーだが、を勧める。

そこは、苦手意識のある沢村の隣だが仕方なしと素直に着席する。

沢村は学生時代柔道で鍛え上げた身体を揺らしながら前川の背中をバンバン叩いた。


「おう! 明坊(あきぼう)、久しぶりだな元気にしてたかっ!」


沢村はいかめしい顔つきではあるが、つねに柔和な笑顔を絶やさないためその印象を和らげている。

まあ知り合いからすれば暑苦しい笑顔となるのだが。


「先輩、明坊はやめてくださいって!」


彼を苦手にしているのはこういった態度や、学生時代無理やり柔道部に入部させられた事が原因だろうか。

そのバカ騒ぎが一段落した所で、校長が今回の要件を切り出す。


「さて前川先生。 現状の問題点の報告をしてもらえるかしら?」


そう早瀬が言うと二人は表情を引き締め、沢村は聞く体制になる。


「まず一番の問題からですが、人手が足りません。 現在生徒の協力を仰いでいるのが現状です」


「燕子花の子達ね?」


前川の報告を聞いて早瀬は心当たりのある双子の苗字を言う。

それに頷いて報告を続ける。


「はい。 それと他にも何人か協力してくれてますが、それでも手が足りませんね」


それに対して、沢村は苦虫を噛み潰したような表情になり愚痴めいた事を吐き出す。


「まったくアイツラはこっちの状況を理解しとらんっ! なにが前回がこの人数でいけたのだから十分でしょう。 だ!! 封印戦まであと3ヶ月しかないんだぞ」


前回の封印戦では、人手の補充がままならないままアレとの戦闘になってしまい、多大な犠牲を出しながらなんとか封印を成功させた。 この三人はその時、共に戦った戦友であった。


「その人手関連ですが、今だ封縛の巫女や…… 供犠の巫女候補すら送られてきていないのですが」


「アイツらは封印を成功させる気があるのか?」


沢村は腕を組み憤懣やるかたないと言った調子である。

しかし彼ら、再封印管理委員会の考えは分かる。 彼らにとってアレがもたらす利益は途方もない物なのだった。

本来は組織の運営維持のために立ち上げた製薬会社であったが、手段と目的を間違えるほどには利益がでるのだ。

時折手に入るアレの受肉した細胞を研究し新しい薬が出来。 新しい概念の霊具が製作されたり、それらを販売する事によって莫大な富を得たのである。

本来はアレを討伐するのが目的であったのに何時からだろうか? 封印を維持すると言う事になったのは……


「まあ、今はしつこく補充を訴えるしかないですね。 それと……」


と一度区切ってから話を続ける。


「つい先ほど燕子花の双子が受肉した怨霊と対峙しました」


ありえない情報に二人は戦慄した。


「オイオイ、まだ封印戦まで3ヶ月あるんだぞ。 それなのに……」


本来は最終段階、封印が完全に緩んだ際に起こる現象である。 現段階で受肉が起きるのはおかしい。


「”ことほぎ”からの報告でも封印の緩みは検知されていないようでした」


そう前川が締めくくると、早瀬はため息を吐き深くソファーに座りなおした。


「今年は前回にもましてイレギュラーやトラブルが多いわねえ。 あとは、あの子……」


「前回、七霧 空音が最下層より連れ帰った子供、ですか?」


沢村が顰めた顔のままそう聞いてくる。 沢村からしたら得体のしれない存在は不気味でしかない。


「空音さんが引き取って育てているんだったかしら? 名前は……」


早瀬が名前を言おうとするのをさえぎるように前川が告げる。 自分が言わなければいけないような気がしたのだ。 その思いは彼女への……


「七霧 秋華です」


沢村は盛大なため息を一つ付くと天井を仰ぎ見る。


「七霧は何を考えてるんだ?」


その沢村を見ながら早瀬はホホと上品に笑う。


「まあ空音さんの事ですからね。 なにかしらの理由があるのでしょう」


その後も細々とした報告を済ませ、前川は退出を許された。

校長室を出て、前川は喫煙室が空いているのを見ていそいそと飛び込むのであった。






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