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贄の巫女 禍津の蛇   作者: 凪崎凪
壱の章 禍ツ事ノ始マリ
1/20

壱の刻

 早く、早く外に逃げなければ。

だが、一階は三階よりもなお濃密な闇に閉ざされていた。

その濃密な闇の中、チャイムが鳴り響く。 (いびつ)にひび割れた様なその音は、学校を、教室を、そして少女が逃げ惑う廊下をその音で侵そうとしているかのよう……



日曜の学校は人気もなく、とはいえ体育館やグラウンドからは部活動をしているであろう生徒達の元気な声が校舎まで聞こえてはいるが。


七霧(ななきり) 秋華(あきか)はここ、私立弥津守(やつかみ)高等学校に転校のための書類を事務の人に提出しに来た。

家庭でのゴタゴタがあって書類が間に合わず学校に連絡をした所、日曜でも問題ないと言われやって来た。

その後ついでにと、明日編入する事になる教室を見に行こうと三階まで足を運んでいた。 

廊下には眩しい光が差し込んでいる。


今だ春とはいえ肌寒い気候の中の暖かな太陽の日差しを浴びて、秋華は気持ち良さに目を細めた。


152cm少々の、小柄な背丈に肉付きの悪い身体は秋華にとってコンプレックスの塊だった。

その顔立ちは整っている方であろうが、大き目の眼鏡で表情が隠れてしまうせいか野暮ったい印象を与える。

腰まで届くつややかな黒髪は、三つ編みにして一本背中に流していて更に印象を地味なものにしていた。

その身を包む真新しい制服は、今日学校に行くからと初めて袖を通した物だった。


その春の日差しの差し込む廊下に、ふとナニカが落ちている事に気付く。

あれはなんだろう?


最初はボールかと思った。

だがぼんやりとそれを見ていた秋華は、それがこちらに転がってくるのを見て不審に感じた。


コロコロ


その転がってくるボールは、秋華のいる場所からは薄暗くて(・・・・)よく見えなかった。


……薄暗い? おかしい。 今はまだ10時過ぎで、それにさっきまであんなに太陽が廊下を照り付けていたのに?


コロコロ、コロコロ


思わず窓を向いて外を確認していた視線を、再び廊下を転がってくるボールに戻した時、秋華は迷わず背を向けて駆け出した。


そのボールは、いやそれはボールなどではなかった。

何時の間にやら秋華の側まで来ていたソレは…… 人の頭だった。

それが逃げ出した秋華を追って転がってくる。


コロコロ、コロコロ、コロコロと。


なに? なんなの?

秋華は訳の分からない状況に混乱した、いや心当たりはあった。

育ての親から聞いていた事が現実となったのだ。


駆け出した先の廊下もまた薄暗く、ねっとりとした空気が支配していた。

まるで水の中を進んでいるかの様な感覚に秋華は焦る。

思わず涙があふれてくる。


いやに長く感じる廊下の先に、下へと降りる階段が目に入る。


ともかく下へ!

だが、階段へ向かう秋華の足は止まってしまった。



その階段のある方から、さっきの頭が転がって来たではないか!

秋華が振り向くとそこにはなにもおらず、どうやら先回りされたらしい。

どうやって? だがその疑問に答えてくれる者はいなかった。

そして頭は秋華から2、3mほどの位置でピタ、と止まるとゴボゴボという音と共に廊下から湧き上がる様にしてその身体が出て来た。


「ひいっ!?」


思わず悲鳴が漏れてしまったのは仕方ないだろう。

ソレは、人の姿をしていた。 辛うじて、と注釈がつくが。


(いびつ)に歪んだ手足、ポッコリと突き出たお腹だけがコミカルな印象を与えるが、そのお腹からも腕が伸びているのを見ればその様な事は言ってられないであろう。

どこか揺らめく影のようなソレは、薄暗い廊下にあって輪郭がはっきりとしなかった。


その化け物はバクリと口、口であろう。 少なくとも捕食器官であることは疑いようのない物を開き秋華ににじり寄る。


余りの事に足がすくみ動けない秋華の元に、しかし救世主は現れた。


(りん)(ぴょう)(とう)(しゃ)(かい)(じん)(れつ)(ざい)(ぜん)!」


裂帛の気合いの声と共にナニカが秋華の身体をすり抜けた感覚。

その声がした方を振り向くと、そこには一人の女生徒がいた。


栗色の髪をショートにして、左の前髪をピンで留めて活発な印象を与える、秋華よりは背の高い少女。

その少女が、右手の人差し指と中指を合わせ空中に縦、横、また縦と格子状になるように振るっている。


あれは…… 突然の事態の変化に呆然とする秋華だったが、少女の叱責の声に我を取り戻す。


「逃げなさい!」


どこに? 前にはあの化け物がいる。 後ろに戻るか?

だが少女がその逃げ道を作ってくれた。


秋華の横をすり抜けた少女は、化け物に近づき、先ほどの呪文を唱えると化け物が教室側の壁に叩きつけられた。


ギュギイィィィ

気色の悪い悲鳴を上げ床にのたうつ化け物。


「早くっ!」


その少女の声に秋華は階段に向かって駆け出した。

階段に消えていくその姿を認めると、少女は、燕子花(かきつばた) 志乃(しの)は改めて化け物に対峙する。


「今だ封印が解かれてないのにも関わらず、気配に釣られてこんな雑魚まで引き寄せられるなんてね」


ようやく起き上がった化け物に素早く印を組むと、志乃は呪を叩きつけた。


「さっさと滅びなさい!」








足を何度も階段から踏み外しそうになりながらも、ようやく一階までたどり着いた。


濃密な闇の気配に恐怖で身体が震え、ともすれば止まってしまいそうな足を叱咤しながらも出口を求めて走る。


そこで、目が合った。 合ってしまった……



秋華の心臓がこれまで以上に早鐘を打つ。 その慎ましい胸を飛び出してしまうかと思えるくらいに。

余りにも純粋な、余りにも圧倒的な怨念、だがどこか懐かしさをも覚えるソレ(・・)は、少女の姿をしていた。


長い、長い髪で顔は見えない。

あれはセーラー服だろうか? 学校の指定のブレザーとは違う黒い、いや赤黒い色のその制服はどこか古めかしい。


ソレと目が合った。

思わずよろめいた事で視線が外れ、何時の間にか止まっていた呼吸を再開させる。

そして再び目を向けた時には少女は消えていた。


慌てて周りを見渡すが、さっきのように回り込んでいるということはなかった。


ホッと息を吐くと頭を振り、さっきの事を頭から追い出すと出口に向かう。

やがて、朝入って来た正面玄関が見え……


そこで秋華は自分の不運を呪った。

その視線の先には、また化け物の姿があった。


三階で出会った物とは違う、さっき見た物とも。

三階にいたのはまるで影のようであったが、これは輪郭がはっきりとしていた。

さらにこちらは、はっきりと人の顔だと分かる。

顔にニタニタとした笑みを浮かべ、こちらに近づいてくる。


秋華の精神は恐怖で崩壊寸前だった。

あと少しの切っ掛けで気絶してしまうだろう。 


そしてそれは死を意味する。







志乃は雑魚を始末し終えてスカートのポケットからスマホ、この呪的妨害の中でも通話が可能な特注品、を取り出しどこかに掛ける。

ワンコールで出た相手に、成果を報告しようとしてどこか切迫した少年の声が志乃の耳を打つ。


「……なんですって? もう一体っ!? 一階ね? すぐ行く……って一般人? 眼鏡って、さっきの子っ!」


どうする? 事は急を要する。

このまま階段を下りて行ったのでは間に合わないだろう。


志乃はチラリと窓を見る。


静流(しずる)、今から飛ぶわ! サポートよろしくっ!」

そう言って慌てる相手に構わず通話を切ると、窓を開け放ち窓枠に足を掛けそのまま飛び出した。


当然、鳥ならぬ人の身では重力に逆らう事が出来ずそのまま落下する。

あわや地面に激突するかと思われた時、フワリと身体が浮きそのまま校舎へ引き込まれる。


その引き込まれた先にいたのは、少年だった。

志乃と似たような顔だちから双子だと思われる。

少年の方は志乃より知的な印象を受けるのは落ち着いた雰囲気ゆえか?


「サンキュー静流!」


「あまり無茶するなよ……」


静流と呼ばれた少年は印を解き、手助けしてくれた風の精を解放すると呆れたようにそう言い、すぐに表情を改める。


「こっちだ」


そう言うと、双子の姉である志乃を伴って駆け出す。



そこには……




怨念が凝り固まった様なモノ、この学園の結界から漏れ出すアレに引かれ集まったモノだろう。 とそれの前に倒れ伏す先ほどの少女。

正面玄関の手前で志乃はそれを見つけた。


「早く助けないとっ!」


そう言って駆け出す志乃を、だが静流は引き留める。


「待てっ! 様子がおかしい」


静流にそう言われ焦りからイラつきながらも志乃も様子を窺う。


……確かにおかしい。 なぜあの怨霊は動かない?

身動きの取れない獲物を前にして。


そしてあの少女だ。 倒れ伏す彼女から感じる力は。


「霊力?」


そう少女の身体からは強い霊力が感じられた。

それは先ほどからは感じられなかったものだ。


このような状況で霊力が目覚める事例は確かにある。 しかし、仮にあの少女がそうだとしてもこのままでは。


そう思った志乃と静流は目を疑った。


倒れていた少女に対してどこか戸惑っているかのような感じであった怨霊だったが、少女からその身を離したのだ。


なぜ? との疑問は後に取っておく。 まずはこの好機を逃す手はない。


志乃はポケットから、短い棒の様な物を取り出した。

剣の柄だけのように見えるソレは、霊体や受肉した怨霊などにダメージを与えることが可能な武器だった。


志乃が霊力を込めると、その棒の先から淡い光の刃が生み出された。


霊刀 タイプTK-02 現在の最新モデルのそれを手にした志乃は倒れたままの秋華の前に躍り出る。


「消えなさい!」


裂帛の掛け声と共に怨霊に振り下ろされる光の刃。

この濃密な闇の中にあっても、志乃の霊力の輝きは揺らぐ事なく悪霊を切り裂いた。

縦に切り裂かれた悪霊はしかし、直ぐには消えずおまえも道ずれだとばかりにその腕を志乃に伸ばす。


勢いよく振りぬいた事で体勢を崩していた志乃は、だが全く焦りはしていなかった。


「風よ巻き起これ。 ヴァーユ!」


静流の呪と共に志乃の周りに風が巻き起こり、悪霊を弾き飛ばし細切れにして消えていった。


「ナイスアシスト静流!」


「まったく油断すんなよ」


そう言いながら倒れている秋華を抱き起す。


「君、大丈夫?」


「あ、あの……」


なにが起きたのか理解できないのだろう。

混乱している秋華を安心させるように、静流は優しく微笑んだ。


それを見てようやく安心し、緊張の糸が切れたのか彼女は今度こそ気を失って静流の胸の中に倒れこんだ。


「ちょっ! ちょっと!? しっかり!?」


先ほどまでの余裕はどこにいったのか静流は腕の中の少女に慌てて声を掛ける。

意識が戻らないと知った静流は助けを求めるように頼れる姉の方を見やる。


「あいかわらず女の子に弱いのね。」


我が弟ながら情けないと嘆息しながら、ポケットのスマホを取り出すのだった。






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