5話 クレハって呼んでください!
さて、俺たちは魔物を倒したが、いまだ森のなかだ。
転移した直後だし、この後どうすればよいかわからない。
俺はクレハに尋ねてみる。
「次はどうすればいい?」
「ええと……魔王を倒してください?」
「いや……いきなり魔王を倒すのはできないからさ。まずどこに向かえばいいかなと思って。」
クレハは困ったように微笑んだ。
「すみません。わたし、この世界のこと、あんまり知らないんです」
クレハはこの異世界『アルカナ』の女神だ。
けど、この世界の一般常識の類はある程度知っていても、具体的な地理とかはよく知らないらしい。
「地上に降りたのもはじめてですし……役立たずですみません」
俺は慌てて手を横に振った。
「いや、謝る必要はないよ。べつに君は何も悪くない。ただ、どうしようか。とりあえずご飯と宿はほしいところだ」
クレハはこくっとうなずいた。
まあ、クレハは女神といっても、女子高生なわけで、野宿なんて嫌だろう。
俺はさっき倒した魔物を眺めた。
狼みたいな体のなかに、赤く輝く宝石みたいなものが転がっている。
ちょうど手のひらに乗るぐらいのサイズだ。
俺はその石を拾い上げた。
「それ……どうするんですか?」
「なにかの役に立つかなと思って。もし冒険者ギルドみたいなものがあれば、売れるかもしれない」
「あっ、たしかに……」
「この世界には魔王がいて、それを倒すための冒険者がいる。なら冒険者の集団が助け合いのために何らかの組織を持っていてもおかしくない。日々生きていくための手段もあるはずだ」
「そ、そうですね。街には……冒険者ギルドがあると思います」
「なら、とりあえず、さっき見た城壁の街へ行こう。野垂れ死にしないのが最優先だ」
「……はい! そうですよね。わたしたち二人がここで生活できるようにしないと……!」
クレハは勢いよくうなずいた。
俺の提案に、クレハは文句なく賛成らしい。
気になったことがあるので、ついでに聞いてみる。
「君は俺なんかについてきていいの?」
「それは、どういう意味ですか?」
「いや、どうして君は、俺の『特典』として同行することにしたのか気になってね」
仮に『天の鍵』……つまり、魔王の持つ絶大な力を手に入れることが目的なら、女神自身がついてくる理由がない。
自分自身は異世界に降り立たずとも、地球から冒険者を送り出し、彼ら彼女らが魔王を倒すことを期待していても良かった。
実際に、他の冒険者は転移の特典として武器かスキルを手にしているはずだ。それで、待っていれば、クレハは魔王の力を手に入れることができたと思う。
仮に他に異世界に転移する何らかの理由があったとしても、話はそれほど変わらない。
異世界に転移した時点で、俺から離れて行動しても良いはずだ。
クレハはくすっと笑った。
「だって、わたしはロッカクさんに与えられたチートな特典なんですよ。だったら、ロッカクさんについていかないといけません」
「そういうものかなあ」
「わたしはロッカクさんのものってことですね」
クレハはふふっと微笑んだ。
この少女が何を考えているのか、俺にはよくわからない。
ただ一つ言えることは、少なくとも俺は嫌われていないらしい、ということだった。
「ね、ロッカクさん。『君』なんて呼び方じゃ……嫌です」
「……えっと?」
「クレハ、って名前で呼んでください」
どうしてクレハがそんなことを言い出したのかわからないが、名前で呼んでほしいというなら、そうしよう。
「……クレハ?」
ちょっと恥ずかしい。
けれど、クレハは嬉しそうに微笑んだ。
「はい、ロッカクさん。……わたしがロッカクさんの特典として異世界転移したのは……わたしがそう望んだから。ただ、それだけです」
「異世界に来たかった?」
「それもありますけど、もう一つ理由はあるんです。今はまだ、秘密ですけど。だから、ロッカクさんと一緒に行動させてください」
「俺みたいな男についてきても、クレハにいいことはないと思うけど」
「そんなことないですよ。ロッカクさんは大人ですから、頼りにしています」
クレハはいたずらっぽく片目をつぶってみせた。
大人、か。
たしかに俺は25歳で、ちょっと前までは社会人として働いて給料を得ていた。
だけど、本当の意味で大人になれたのか、というのは、いつも疑問だった。
子どものころは、大人になれば、もっとましな自分になれると思っていた。
ともかく、俺たちは街にむけて歩き始めた。
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